第30話 ランタンに宿った霊
『……一体何なの、あんたたち』
これが、ランタンから現れた女性の霊が放った第一声だった。あからさまに不機嫌そうな様子が見て取れる。
年齢は、湊とだいたい同じくらい。大学生といったところか。美人ではあるが、やや気の強そうな雰囲気を感じた。
コテージ内に備え付けられているテーブル。そこにランタンを置いた途端に現れたのだ。もちろん、今回は湊から声をかけたわけではない。
夜になってようやく食事を終えた湊たち三人は、バーベキューの道具やゴミを綺麗に片づけてからコテージに戻った。
コテージに入るなり、すぐさまコンタクトレンズを外した湊は、そのまま一息つこうとした。
少し休んでから、霊と話をしてみよう。三人でそう相談していたのだが、休憩をする些細な時間すら与えてもらえなかったのである。
「『何なの』って言われても、それは逆にこっちが聞きたいんですけど……」
女性の霊に対して、湊が返せるのはこれくらいだ。
どうやら、女性の霊はこれまでずっと存在をアピールしていたにも関わらず、無視されていたことが不満らしい。バーベキュー中に姿を現さなかったのは、一応は気を遣っていたのだろうか。
だが、こちらにだって言い分はある。
刻一刻と状況の変わるバーベキューを邪魔されかけていたのだ。少しでも目を離すと、食材が焦げて無駄になってしまう。
これでも多少はこの霊のことを考えて、急いで食べた方だ。
それなのに、現れてすぐにこの言われようはどうなのか。
ちなみに今の状況は、湊と紫呉には霊が見えていて、桜花はまったく見えていない。桜花の顔はしっかりランタンに向いているが、それは湊と紫呉の視線を辿っているからだ。
『……私が一生懸命になって訴えてるのに、無視するのが悪いんじゃない』
「だって、早く食べないと焦げちゃいますから」
『……それはわかるから、ちゃんと待っててあげたんじゃない。とにかく私を助けてよ』
偉そうに腕を組む霊に、どこか既視感を覚える。湊はちらりと隣の紫呉を見やって、小さく息を吐いた。
「じゃあ、まずは名前を教えてもらってもいいですか?」
とりあえず名前を聞かないと話しにくい。そう考えて、湊は霊に名前を聞く。
すると、緩くウェーブのかかったセミロングを耳にかけながら、霊が素直に答えた。
『……ああ、そうね。自己紹介は大事よね。私はアカネよ。茜色の茜』
「わかりました、茜さんですね」
湊は今聞いた名前をきちんと復唱して、確認する。
今回は素直に名前を教えてくれるし、願いごともはっきりしていそうなことには安心するが、どうにも性格が『誰か』に何となく似ているような気がしなくもない。
湊はまたも隣に視線を投げながら、通訳をすることにした。
視線の先には相変わらず紫呉がいるが、テーブルの上で両手を組んだその表情は真剣に見える。霊絡みの案件だからだろう。
「今回は見ての通り女性で、茜さんだそうです」
「で、願いごとは? 自分から出てきたってことは何かあるんだろ?」
紫呉は早速本題に入ろうと、湊を促した。
「何か助けて欲しいみたいなんですけど、それはこれから聞くところです」
「よし、任せた」
紫呉に軽く肩を叩かれた湊は無言で頷くと、改めて茜の方に向き直る。
「茜さん、助けるってどういうことですか?」
『……それなんだけど、ちょっと聞いてよ』
その後、茜から早口でまくし立てるように語られたのは次の通りだった。
まず、一年ほど前に友人たちと日帰りでここに来ることになっていたのだが、当日は現地集合だったこと。
その友人の中に好きな男性がいて、キャンプの間に告白するつもりでいたこと。
だが、茜はキャンプ場に向かう途中で事故に遭って亡くなってしまったのだという。
結果、「キャンプ場に行って、告白しなければ」と強い使命感のようなものに駆られ、そのまま霊になってここまで来たそうだ。
そして手近なところにあったレンタル品のランタンに宿り、今もずっと男性が来るのを待っている、というのが茜の話である。
また、先ほど不機嫌だったのは、自分よりもバーベキューを優先されたことだけでなく、来たのが待っている人間──好きな男性ではなかったことも大きかったらしい。
これらの情報を要約して紫呉に伝えると、紫呉は腕と足を組んで、椅子の背もたれに上半身を預けた。
「なるほどな。つまり、その男性とやらに告白できればいいんだろ?」
「簡単に言うとそういうことみたいです」
湊の通訳を聞いた紫呉が納得すると、湊もそう答えて首を縦に振る。
「よし、わかった。その男性とやらの情報をもっと詳しく聞いてくれ」
「はい」
こうして、湊はさらに茜の話を聞くことになったのだった。




