第29話 キャンプとバーベキューとランタン
七月、ある土曜日のこと。
「よし、来週はみんなでキャンプに行くぞ!」
唐突にこんなことを言い出したのは、当然のことながら紫呉である。
あまりにも予想外すぎる台詞に、湊はきょとんとして首を傾げると同時に、書類をめくる手を止めた。
「キャンプって、現地でコテージやテント借りるんですか? だったらもうどこも予約いっぱいじゃないかと思いますけど……」
「この俺を侮るなよ。聞いて驚け、すでにネットで予約済みだ! 運良くコテージに空きがあったからな。俺の強運に感謝しろよ!」
誰も頼んでいないはずなのに、紫呉はなぜか胸を張っている。
その姿に湊が呆れた様子で、溜息を一つ落とした。
「これ、すでに拒否権ないやつじゃないですか……。でもまあ別にいいですけど」
ちょうど予定も入ってないですし、と素直に答えて、また書類をめくり始める。
淡々とした態度の湊ではあるが、心の中では「ちょっと楽しそうだな」などと、密かに思い始めていた。
そんな湊に、紫呉がさらに良い意味での追い打ちをかけてくる。
「キャンプ飯は格別に美味いからな。楽しみにしとけ」
湊は反射的にキャンプ場で食べるバーベキューを想像してしまった。ついよだれが出そうになって、慌てて想像するのをやめる。
そこであることに気づいて、湊は紫呉に問いかけた。
「あ、でも、ツムギはどうするんですか? さすがに連れていけないですよね?」
「それも問題ねーよ。シュウが一晩預かってくれるからな」
ツムギの心配をする湊に対して、紫呉は「すでに対応済みだ」とまた偉そうにふんぞり返る。
その姿に、大人としてどうなんだとは思いつつも、湊は手をぽんと打った。
「なるほど。シュウさんはツムギと一緒に過ごせて、おれたちはキャンプができる。一石二鳥ってやつなんですね。いや、ツムギはお母さんや兄弟に会えるんだから一石三鳥かな」
湊が顎に手を当てて納得していると、紫呉は近くで棚の掃除をしていた桜花に声をかける。
「もちろん桜花も行くだろ?」
「……うん、行きたい」
紫呉に満面の笑みを向けられて、桜花も静かに、けれどしっかりと頷いた。
桜花の答えに満足したように、紫呉が大きく声を張る。
「よし、決定な。二人ともちゃんと来週の土日は空けておけよ。絶対に予定入れんじゃねーぞ」
こうして急な話ではあるが、三人でキャンプに行くことが決定したのだった。
※※※
翌週の土曜日は快晴だった。まさにキャンプ日和だろう。ちなみに天気予報では明日も天気はいいらしい。
「ここで一泊するんですね!」
楽しそうな湊の声に、隣の桜花が黙って頷いた。桜花は相変わらず口数が少なくおとなしいが、その表情はいつもより明るく見える。
そんな二人に向けて、紫呉が目を細めた。
「いい所だろ?」
紫呉の声を受けて、湊は辺りをぐるりと見回す。
ここは札幌市定山渓自然の村。紫呉がコテージを予約したというキャンプ場だった。その名の通り、木々に囲まれた自然豊かな場所だ。
紫呉の車でここまでやってきた三人は、ほぼ手ぶらである。色々と準備をするのが面倒だったので、道具はレンタルすることにして、バーベキュー用の食材くらいしか持ってきていなかった。
それから、夕方になってコテージの外でバーベキューを始めたところまではいい。
今は、テーブルに置かれたレンタル品のランタンが、その炎を不自然に揺らめかせていた。
「霊ってやっぱ俺らに引き寄せられるようになってんのかねぇ」
ランタンを前にした紫呉が、いい感じに焼けた肉を頬張る。
「ずいぶん霊に会う頻度が高いと思いますけど、おれがバイトに来る前からこんな感じだったんですか?」
湊も同じように食べながら、その美味しさに頬を緩める。舌鼓を打っていると、ランタンの炎が何かを言いたげに、また揺らめいた。
「そこまで多いって記憶はねーけど。な、桜花?」
「私には見えないからわからないけど、紫呉くんからはあまり見たって話は聞いてなかったと思う」
紫呉に顔を向けられた桜花が大きく頷く。その手にある皿の中身には、大量のコショウとタバスコがかけられていた。
コショウとタバスコは、辛いもの好きの桜花がわざわざ持参したものだ。
辛いものが少々苦手な湊は、桜花の皿とその持ち主を尊敬の眼差しで見つめながら、「うーん」と首を捻る。
三人を急かすかのように、ランタンの炎がまた揺れた。
そう。今回は現地でレンタルしたランタン、これが問題だった。
先ほど借りてきてすぐに霊が宿っていることが判明したのだが、湊たちはすでに肉や野菜などを焼き始めていたので、霊のことは後回しにしてまずは食べることに専念した。
そうしないと、食材が焦げてたちまち炭になってしまう。バーベキューはある意味、時間との戦いなのだ。
「じゃあ、霊によく会うのってもしかしておれのせいですかね……?」
食べる手はほぼ止めることなく、湊が不安そうな表情をみせる。
だが、紫呉は程よく火の通ったピーマンを皿に取りながら、朗らかに笑った。
「仮にお前のせいだとしても、そんなことは気にすんな。それだけ多くの霊の願いを叶えてやれるってことだろーが。むしろ俺たちにとってはいいことだ」
「そうですよね」
いつも通りの紫呉の台詞に湊はほっとして、そろそろ焦げそうな気配のするソーセージを割り箸で掴んだのだった。




