第25話 掴んだ記憶の糸
翌日は土曜日だった。
午後に店でシュウと待ち合わせて、湊たち三人は紫呉の車に乗り込んだ。向かう先は札幌市内にある加奈の実家である。
シュウも車を持っているし、今日もそれで来ていたのだが、今回は紫呉の車にした。
また当然ではあるが、店には『本日休業』の札をかけてきている。
午前中のうちに加奈の母親に電話をかけていたので、ここまではスムーズに進んでいた。あとはどれだけの情報が得られるかだった。
加奈の実家に着き、インターフォンを鳴らすと、すぐに母親が出迎えてくれた。
広々としたリビングで、シュウが母親に頭を下げる。
「いきなり押しかけて申し訳ありません」
紫呉と湊もそれに倣った。
当日の朝に「午後に伺ってもよろしいでしょうか」などと言われれば、普通は多少なりとも困るものだろう。
他の日にすることも考えたのだが、シュウとの予定があまり合わず、今日にしたというわけだ。
もちろん、できるだけ早く解決したいと紫呉が訴えたのもある。これも『霊の願いを叶えてやりたい』という、紫呉らしい行動だ。
あまりにも急な話に、母親から怒られることも覚悟していたのだが、
「別にいいのよ。一人だと寂しいから、ちょうど話し相手がいてよかったわ」
意外にも母親はそう言って、心底嬉しげに上品な笑顔を浮かべた。
どうやら兼造が亡くなってからは、ずっとこの広い家に一人で暮らしているらしい。確かにそれなら話し相手がいないと寂しそうだ。
兼造は亡くなるまで、この家で病気療養していた。重い病気ではなかったため、それほどかからずに元気になるだろうと思っていたが、急変してそのまま亡くなったのだという。
「ありがとうございます。それで早速なんですけど、『温泉』と『温泉まんじゅう』について何かご存じないですか?」
シュウが両手を膝の上で組んで、やや前のめりになった。そのまま本題について切り出す。
すると母親はすぐに思い当たったらしく、ゆっくり口を開いた。
「それでしたら、『元気になったら家族みんなで温泉に行くんだ』って言って、毎日のように旅行雑誌を眺めてましたけど。それに、『温泉には美味しいまんじゅうだな』なんて話してたこともあります。普段は気難しい人なのに、あの時は本当に楽しそうでした」
「なるほど。みんなで温泉に行って、そこで美味しい温泉まんじゅうを食べたかったってことなんですね」
湊たち三人が揃って納得すると、母親は大きく頷いて、手にしていたハンカチを目尻に押し当てる。
「きっとそうだと思います」
「でも、その前に亡くなってしまったんですね」
シュウがわずかにうつむいて、残念そうに息を吐いた。
おそらく、兼造はずっと楽しみにしていたことを叶えたいのだろう。それであの切り抜きに宿ったのだ。
「温泉で温泉まんじゅうを食べるって、すごくささやかなことだけど、いい話ですよね」
母親につられてか、湊も思わず涙ぐみそうになる。
その姿に、隣のシュウがそっと目を細めた。
「湊くんは優しいんだね」
「そんなことないです。って、つい感情移入しちゃってすみません」
湊は懸命に首を横に振りながら、目の端を指で拭う。
「じゃあ、この切り抜きに見覚えってありますか? 多分温泉と関係あると思うんですけど」
そこでこれまで黙っていた紫呉が、テーブルの上の封筒から切り抜きを取り出し、母親に渡した。
切り抜きに視線を落とした母親は、頬に手を当てて少し考えるような素振りをみせたあと、思い出したように口を開く。
「これ、もしかしたら洞爺湖温泉の花火じゃないかしら」
「……そうだ。これ、修学旅行で見た洞爺湖の花火だ……!」
母親の言葉に、湊もようやく記憶の糸を掴んだのだった。




