第22話 シュウが持ち込んだもの
「どうして今日はあんなに片づいてたの?」
リビングを通って客間に入ったシュウが、「珍しい」とでも言いたげに、驚いた声を上げた。
客間はさすがにツムギを入れないようにしているからか、綺麗に保たれている。
シュウが驚いていたのは、リビングについてだった。
「今日は湊に片づけを頼んだんだよ。お前も来るし、ちょうどいいかと思ってな」
「ああ、普段は片づけが間に合ってなかったもんね」
紫呉が簡単に説明すると、シュウは納得したように手を打ち、苦笑する。
どうやら、いつもシュウが来る時のリビングは、先ほど湊が片づける前の状態だったらしい。
それなら今の片づいている様子を見て驚くのも無理はない。
「で、俺たちに見せたいものって何だ?」
早速、座布団の上にあぐらをかいた紫呉が、単刀直入に切り出した。
紫呉の話では、シュウからのメールには『見て欲しいものがある』と書かれていたらしい。
湊は紫呉の隣で正座をして、背筋を伸ばす。今回はどんな依頼なのかと、緊張と不安の入り混じった表情だ。
テーブルの向こう、二人の正面で礼儀正しく正座をしているシュウは一つ頷くと、自身の横に置いていたショルダーバッグを開ける。
「これなんだけど」
そうして中から取り出したのは、宛名しか書かれていない、一通の真っ白な封筒だった。
※※※
「どっからどう見ても手紙だよな。これがどうしたって? てか、手紙なんて個人情報の塊だろ。ここに持ってきてもいいのかよ?」
紫呉が腕を組んで、怪訝な視線をテーブルの真ん中に置かれた真っ白な封筒に向けた。その宛名には『加奈へ』とだけ書かれている。
「ちゃんと依頼人の許可は得てるから大丈夫。手紙の内容は大したものじゃなかったけど、今回は同封されていたものが問題なんだよ」
シュウは封筒を手にすると、静かにそれを開けた。
出てきたのは、封筒とお揃いの真っ白な便せんと、とても小さな紙切れの二つだった。
テーブルの上を滑らせるようにして、それらを紫呉の方へと差し出す。
「つまり手紙の中身は見ても大丈夫ってことか?」
「うん、それも許可は取ってあるよ」
「じゃあ、まずは手紙から確認してみっか」
シュウが頷いたのを確かめて、紫呉は綺麗に畳まれた便せんの方を手に取った。躊躇することなく開き、テーブルの上に広げる。
手紙を見ようと前のめりになった紫呉と同じように、湊も隣から一緒になって覗き込んだ。
「えーと、『元気にしているか。あまり仕事ばかり頑張りすぎるな。今度お前が帰ってくるのを楽しみにしている。兼造』か。確かに大した内容じゃねーな」
紫呉が言った通り、角ばった文字で綴られたその内容は当たり障りのないものだった。
湊が顔を上げて、シュウを見る。
「宛名の人、加奈さんが今回の依頼人なんですか?」
「うん、そう。依頼人は山下加奈っていう二十代の女性なんだけど、仕事で世界を飛び回ってるような多忙な人でね」
湊の質問に、シュウがしっかりと頷いた。
「ああ。それでここに来られなくて、お前に代理を頼んだってとこか」
なるほどな、と紫呉が納得したように膝を打つ。
「手っ取り早く言えばそういうことだね。僕のところには最近、一時帰国した時に来てるんだよ」
「けど、お前のところってことは悪霊絡みじゃねーのか?」
シュウの説明に、紫呉はまたも怪訝そうな表情を浮かべると、あぐらをかいている足を組み替えた。
「加奈さんはそう思って僕のところに来たんだけど、今回は僕の出番じゃなくてね」
「『出番じゃない』ってどういうことですか?」
今度は湊が首を傾げながら、シュウに問う。
悪霊専門の祓い屋が、わざわざここに持ってくるものとは一体何だろうか。まさか、目の前の手紙や紙切れに悪霊でも憑いているのではないか。
そんなことを考えて湊が顔を青ざめさせていると、シュウの返事を待たずに、紫呉が何かに気づいたように口を開いた。
「ああ、これには『取り憑いてない』ってことか」
すぐに理解したらしい紫呉に対して、
「そういうこと」
シュウは一言だけ答えると、真剣な眼差しを二人に向けたのだった。




