第21話 祓い屋・シュウという人物
翌日の午後、紫呉宅のリビングに湊の姿があった。
しかし、湊は今自分が置かれている状況に疑問しかない。
(おれ、ここで何やってんだろう……?)
昨日シュウからのメールを受け取った紫呉は、湊に対してまたも『店長命令』を発令した。
今回も休み返上で、シュウの話を一緒に聞けと言う。もちろん特別手当は出るらしいが、それはつまり『霊関係の仕事』であることを意味していた。
霊絡みなのは百歩譲ってまだいい。前回の件でほんの少しだけ慣れた気がしている。
それなのに、どうして自分は紫呉の家の片づけをしているのか。ここに疑問を持たない者がいたらぜひとも見てみたい、と湊は思う。
懸命になって足元にじゃれついてくるツムギを時々構ってやりながら、湊はツムギの散らかしたティッシュを拾う。ついでにその箱も一緒に片づけた。
紫呉曰く、「客間に行くにはここを通るから」らしいが、すぐ傍にはそう言った張本人がいるのである。
湊とツムギの様子を羨ましげに眺めている家主は、のんびりとソファーでくつろいでいた。
「ここって紫呉さんの家でしょう!? ちゃんと自分でも片づけてください!」
さすがに湊も声を荒げてしまう。
だが紫呉は湊の声を華麗にスルーして、
「ほら、俺がやると家電とか壊れるし」
そうのたまったのだ。
先日から湊が気になっていた家電の箱。あれの正体がつい先ほど判明したのである。
なぜかはわからないが、紫呉が普通に家電を使うだけで壊れることが多いらしい。
スマホや車は今のところ問題ないが、家電は基本的に一年と持たないそうだ。
その予備が、あのテトリスのできそうな箱たちである。ちなみに、家電が壊れるのは決してツムギのせいではない。
「まあ、家電って当たりはずれがありますからね……」
きっと運が悪いんですよ、と湊はこれには頷いておく。
紫呉の場合は当たりはずれの問題ではないような気もするが、さすがに少し同情してしまった。
「とにかく、今日は特別手当を少し上乗せしてやるから、頼んだ」
そう言って、紫呉は近くに落ちていた猫じゃらしを手にする。ツムギはそれを見てすぐに飛びついた。
紫呉も一応は片づけをしているらしいが、片づけたと思った次の瞬間にはツムギによってまた荒らされているのだという。つまり片づけが追いついていないのである。
「……仕方ないですね」
特別手当を上乗せと言われてしまっては、湊も渋々紫呉の言うことを聞くしかない。上乗せ分は『部屋の片づけ』という仕事になるからだ。
大きく息を吐いて、フローリングに落ちている新聞を拾おうとした時である。
玄関からチャイムの音が響いて、湊と紫呉は同時に顔を上げた。
※※※
「こいつが祓い屋のシュウだ」
玄関で紫呉がそう言って湊に紹介したのは、とても細身の若い男性だった。
年齢は紫呉と同じか、わずかに下くらいに見える。身長は湊と比べてやや高い。
湊よりも少し長めのストレートの黒髪は、艶があって綺麗だ。紫呉とはまた違ったタイプの整った容姿をしていた。
全身をモノトーンで統一した服装は、洗練された大人っぽさを感じさせる。
その姿に思わず萎縮してしまった湊は、ぎこちなく挨拶をした。
「は、はじめまして、古賀湊です」
しかし、シュウはそんな湊に優しい目を向けて、微笑む。
「はじめまして、紫呉から話は聞いてるよ」
右手を差し出されたので、握手だろうと湊も右手を出した。そっと握ったシュウの手や指はやはり細く、女性ほどではないが華奢である。
(よかった。祓い屋っていうから怖い人が来るかと思ってたけど、全然違ったな)
湊は優しそうなシュウに心底安心した。紫呉からは凄腕の祓い屋と聞いていたので、もっと年配の怖い人間が来るのではないかと心配していたのだ。
けれど、実際に目の前にいるのは、とても穏やかな青年である。
湊がほっとしていると、そこに紫呉の声が割ってきた。
「こいつは見た目以外のプライベートはほとんど明かそうとしねぇ」
「別に、仕事とは関係ないからね」
やや不満そうな紫呉に向けて、シュウは即答で軽くあしらう。
「ほらな。こういうやつなんだよ」
そう言って、紫呉が明らかにうんざりした顔で湊を見た。
まだ会ったばかりだが、二人はいつもこのような調子らしいことは湊にもすぐ理解できる。
決して仲が悪いとは言えないが、良いと言うのも少し違う気もした。そこで『腐れ縁』という言葉を不意に思い出して、何となく納得する。
シュウの湊に向ける態度と、紫呉に向けるそれは少し違うようだが、これはきっと付き合いの長さのせいだろう。あとは相性などもあるかもしれない。
(シュウさんって何だかかっこいいな)
湊は紫呉と同じくらいの若さで紫呉に頼られるだけの腕を持っていることと、シュウの醸しているミステリアスな雰囲気に憧れを抱いた。
「確かに、仕事とプライベートは別だって人は多いですから」
湊もオッドアイのことは紫呉に知られているが、プライベートなことはまだそこまで深く話していない。
そう思って湊が笑顔でシュウに同意すると、
「そういうこと。紫呉がオープンすぎるんだよ」
シュウは困ったように嘆息しながら、腕を組んだ。




