第20話 祓い屋からのメール
数日後の木曜日、午後。
つきしろ骨董店には、いつものようにレジカウンターの上で書類整理をしている湊の姿があった。そこから少し離れた場所では、紫呉がのんびり商品を並べている。
湊にとってはすでに慣れた光景だった。
ちょうど書類の整理が終わった時である。店内に軽快な音が鳴り響いて、湊は顔を上げた。
一瞬、店の電話が鳴ったのかと思ったが、どうやら違うようだ。
音のする方に視線を向ければ、すぐ傍にスマホが置いてある。正体はこれの着信音らしい。
湊は反射的に自身のポケットを探り、そのスマホが自分のものではないことをしっかり確認すると、紫呉に声をかけた。
「紫呉さん、スマホ鳴ってますよ」
「ん? この着信音はメールだな。ちょっと誰からか見てくれ」
湊の声に、紫呉は背中を向けたままでそう答える。
持ち主に言われた通り、湊は素直にまだ明るい画面を覗いた。
「あ、はい。えーと、シュウ……さん?」
「ああ、あいつか」
「お友達ですか?」
まだ背中を向けている紫呉に問うと、紫呉はすぐさま否定する。
「ちっげーよ。仕事仲間っていうか、知り合いの祓い屋だ」
「祓い屋……?」
湊は紫呉の言葉を思わず繰り返し、大きく首を捻った。
どこかで聞いたことのある単語だな、と懸命に考えていると、紫呉が端的に情報をよこす。
「こないだ話したろ。モノに悪霊が取り憑いてる場合に祓ってもらうってやつ」
「あっ、そうだ! そういえば、そんな話ありましたね。確か依頼料がすごい高いんでしたっけ」
宙を睨んでいた湊は、ようやく思い出して手を打った。
以前、紫呉が「あいつには頼みたくねぇ」などと、苦々しく言っていたのを改めて思い返す。腕はいいが、依頼料が相場の倍以上とすごく高いらしい。
その祓い屋が、メール相手のシュウという人物のようだ。
「そう。あいつからの連絡なんて、ロクな用事じゃねーだろ。どうせツムギの写真送れとかそんなんだよ」
さらに紫呉は溜息の交じった声を返してくる。
その言葉に、湊はまたも不思議そうに首を傾げた。
「ツムギ? シュウさんって猫好きなんですか?」
「そういや湊にはまだ言ってなかったか。ツムギの母猫がシュウの飼い猫なんだよ」
「ええ! そうだったんですか!?」
思わず大声を上げてしまった湊が、慌てて口を塞ぐ。
今は仕事中である。さすがに店長の紫呉に怒られてしまうだろう。
そう思ったのだが、紫呉は意外にも怒ることなく、商品を並べていた手を止めると、湊の方へ戻ってきた。
「ああ。たくさん子猫が生まれたらしくて珍しくすっげー困ってたから、俺がツムギを引き取ったんだ」
「へえ、そうだったんですね」
ツムギを引き取った時の紫呉のことを思うと、何だか微笑ましい。つい湊の頬が緩んだ。
(普段の態度は問題あるけど、やっぱり優しいところもあるんだよな)
そんなことを考えていると、紫呉はさらに続ける。
「で、その代わりに俺は『シュウを一回タダで働かせる権利』をもらった」
「へえ、そうだったんですね。……って、ちょっと待ってください! それ明らかにおかしくないですか!?」
やっぱり微笑ましい話だな、などと頷いていた湊の瞳が、途中で大きく見開かれた。
すぐに先ほどよりも声を荒げてしまうが、
「何が?」
紫呉は「こいつは何を言ってるんだ?」とでも問いたげに、首を傾げる。
その姿に、思わず前のめりになった湊が早口でまくし立てた。
「ツムギって血統書付きの猫ですよ!? 普通はこっちからお金を払って譲ってもらうものです! ペットショップで買うとそれなりの値段しますよ! ちゃんと相場とか調べました!?」
「いや、調べてねーな。でも、一匹引き取ってやるってその話したら、少し悩んでから『いいよ』って言われたけど?」
「ほら、シュウさん少し悩んでるじゃないですか!」
紫呉がさらにきょとんとした表情を浮かべると、ついに湊は額に手を当て、天井を仰いだ。
しかし、湊の言いたいことを理解できていないらしい紫呉は、
「けどよ、こっちは善意だぞ?」
まだ納得のいかない様子で腕を組む。
「どうして善意が『タダで働かせる権利』に変わるんですか! むしろこっちがタダ働きしなきゃいけないんですよ!」
湊は仕事中であることも、紫呉が店長であることもすっかり忘れて、必死に叱りつけた。
それに対して、紫呉は相変わらず怒ることはせずに、何やら困ったように頬を掻いている。
少しして、
「んなこと言われてもなぁ。まあ双方の同意を得てんだから別にいいだろ」
とうとう開き直った。
「まったくもう……」
そんな紫呉に、湊が呆れて嘆息する。
これ以上はもう何を言っても無駄だ。それにすでにシュウの同意を得ているのなら、自分の出る幕ではないだろう。
そう考えて、「わかりましたよ」と諦めたように返せば、途端に紫呉の表情がいつもの明るいものに戻った。
気を取り直した紫呉が、早速レジカウンターに置かれたスマホを手にする。着信音はとっくに止んでいた。
「さて、最近のツムギの写真を大量に送りつけてやるか」
「それって、もはや嫌がらせですよね」
いたずらっぽい笑みを浮かべてメールを確認する紫呉に向かって、湊はじとりとした視線を投げつけながら、またも大げさに溜息をついてみせる。
「……ん?」
だが、メールの内容を確認したらしい紫呉の表情が、突然真剣なものに変わった。
急に様子の変わった紫呉を不思議に思い、湊はその顔を覗き込むようにして問いかける。
「どうしたんですか? 何か変なことでもありました?」
「湊、仕事だ」
紫呉は低い声でそれだけを告げて、顔を上げたのだった。




