第17話 月城桜花という少女
翌日、午後。
つきしろ骨董店に湊の姿があった。
アルバイト中の湊はシンプルな青いエプロンをつけ、レジカウンターを拭いている。同時に、無造作に置かれている文房具も手際よく整理整頓していた。
エプロンはもちろん、紫呉から「お前も従業員だからな」と渡されたものである。色が青なのはきっと紫呉の好みなのだろう。
ちなみに、近くで商品を並べている紫呉はエプロンをつけていない。その日の気分によってつけていたり、そうでなかったりするのだ。今日は『つけない』気分らしい。
(カウンターの掃除が終わったら、次は書類の整理だな)
このあとにすることを色々と考えながら、湊がレジカウンターの上に転がっているボールペンを拾う。それをペン立てに戻すと、ふと思い出したように唇を動かした。
「骨董屋って着物とかのイメージありますけど、ここは全然違いますよね。紫呉さんまだ若いし」
何となくだが、湊にとって骨董屋とは着物を着た年配の人がやっているイメージが強い。
それに、紫呉の見た目なら着物も似合うだろうと思ったのだ。当然、思うだけで口にはしない。言えば、紫呉が調子に乗るのが目に見えているからである。
「ずいぶんと失礼じゃねーか。そもそも、若い人間が骨董屋やっちゃいけないって決まりはないだろうが」
しかし湊の真意を知らない紫呉は、いつものようにすぐさま湊の言葉に嚙みついてきた。
そのまま商品を並べていた手を止め、湊の方へと向かってくるが、すでに紫呉の口や態度の悪さに慣れてきている湊はそれにも動じない。
「確かにそうですけど、紫呉さんはまた別の意味で違うっていうか」
「ああ? 喧嘩売ってんのか?」
いつでも買ってやるぞ、とでも言わんばかりに、紫呉は声を低めて凄んできた。
その姿に、湊は呆れたようにわざとらしく肩を竦めてみせる。
「別にそんなもの売ってませんよ。買うならおれ以外から買ってください。あ、でも他人に迷惑はかけないようにしてくださいね」
「お前……っ」
湊に軽くかわされた紫呉がまたも文句を言おうとした時だ。
その場には似つかわしくない、小さな鈴のような声が聞こえてくる。
「……紫呉くん、少し静かにして。外まで聞こえてるから。……お客さん?」
はっとして顔を上げた湊の瞳に映ったのは、ドアの隙間から顔を覗かせている中学生くらいの少女だった。
どうやら湊を客だと思っているらしい少女は、そのまま静かに店のドアを開けると、迷うことなく店内へと足を踏み入れる。
ブレザー姿の小柄な少女は、肩まであるストレートの黒髪と白磁のような肌、そしてぱっちりとした大きな瞳が印象的な美少女だった。
清楚な見た目と同じように、性格もおとなしそうである。
ブレザーはおそらく制服だろう。
紫呉は少女の姿を認めるなり、すぐさま否定した。
「残念ながらこいつは客じゃねぇ。こないだ話したろ、新しくバイトに雇った湊」
「そうなの?」
紫呉の言葉に、少女が目を見開いてゆっくり首を傾げる。その姿はとても可愛らしく、まるで小動物のようだ。
「あ、はい。古賀湊です」
少女が何者かはまだわからないが、紫呉の知り合いだということまでは理解できたので、湊は素直に自己紹介をしておく。
一礼して顔を上げると、今度は紫呉が口を開いて少女を親指で示した。
「こっちは俺の従妹の桜花だ。中学二年。たまに店の手伝いをしてもらってる。今日もそう。ほら桜花、自己紹介」
「……月城桜花です」
桜花は透き通るような声でそれだけを紡ぐと、ぺこりと頭を下げる。同時に、艶のあるサラサラの黒髪が肩先で揺れた。
なるほど、紫呉と桜花はどちらも美形だということは共通しているようだが、性格はまったく違うらしい。
そこまで把握して、湊は柔らかな笑みを浮かべる。
「これからよろしくね。えーと月城さん?」
「あぁ?」
湊の声にすぐさま反応したのは、桜花ではなく紫呉だった。
「いや、今のは紫呉さんを呼んだんじゃなくて。あ、そっか。二人とも同じ苗字なのか……」
紫呉に言い訳のようなものをしながら、湊は二人が同じ苗字であることに、どうしたものかと悩む。
そもそも紫呉が苗字に反応しなければいい、とは思ったが、どうせ言ったところで無駄だろう。
そこで珍しく助け船を出してよこしたのは、今まさに悩みの原因になっている紫呉である。
「別に桜花のことも下の名前で呼べばいいだろ」
紫呉の提案に湊が思わず桜花の方に視線を向けると、桜花は湊を見ながら無言で頷く。
確かに紫呉のことも名前で呼んでいるのだから、その通りだ。
「じゃあ……桜花ちゃん?」
湊は少し緊張しながら、桜花の名前を呼んでみる。苗字ならまだしも、女の子を名前で呼ぶことには慣れていないのである。
名前を呼ばれた桜花は、またも小さく首を縦に振った。
「……うん」
「だったら、おれのことも名前で呼んでくれていいよ。もちろん敬語もいらないし」
「……わかった。えっと、湊くん……でいい?」
またも小首を傾げながら名前を呼んだ桜花に、湊は「めちゃくちゃ可愛い」と心の中で悶えそうになる。
一人っ子なので、「もし妹がいたらこんな子がよかった」などとつい考えてしまったのだ。
そこで、桜花の前髪についているヘアピンに気づく。
「つけてるヘアピン、可愛いね。もしかして桜の花?」
「……あ、ありがとう。うん、ちょっと季節外れだけど気に入ってるの。名前にも『桜』って入ってるから」
湊が無意識に褒めると、桜花は照れているのか、うつむきがちに小声でお礼の言葉を述べた。
「そっかぁ。すごく似合ってるよ」
改めて優しく微笑む湊に、桜花もつられるように可愛らしい笑みをみせたのだった。




