第16話 見つけたネックレスと涙
「この辺りまで来て引き返したみたいですよ」
エリカの声を聞いた湊が、紫呉にそう通訳する。
湊がネットで調べてきた公園の案内図で確認したところ、『梅の広場』と書かれた場所の手前のようだ。
下に落ちているのではないかと、足元に注意しながらここまで来たものの、やはりまだネックレスは見つけられていなかった。
「そっか。だったら、また戻りながら探してみるか」
「そうですね」
紫呉の判断に従って、湊は素直に踵を返す。
「やっぱ下に落ちてるわけじゃねーのかな」
そんなことをブツブツ言いながらも、紫呉は時々しゃがみ込んでは地面を注意深く見ていた。
二人が来た道を真剣に眺めながら歩いていた時である。
「あっ!」
小さくつまずいた湊の手から懐中電灯が抜け落ちて、草の上に転がった。
「大丈夫か?」
「あ、はい。懐中電灯を落としただけなんで大丈夫です」
数歩先を歩いていた紫呉が振り返ると、湊は慌てて屈みながらそう答える。
傍に落ちている懐中電灯を拾いながら立ち上がった時、不意に懐中電灯の明かりで少し離れた梅の木々が照らされた。
薄闇の中、ほんのわずかに照らされた木たちは少々不気味と言えなくもない。
湊はそんなことを一瞬だけ考えるが、すぐに反対の手に持った絵画を思い出した。
落としたのがエリカの宿った絵画でなくてよかった、とほっとする。いや、落としたところで問題はないのだろうが、何となくエリカに申し訳ない。
そう思いながら湊が顔を上げると、目の前にはまっすぐどこかを見つめている紫呉の姿があった。
「紫呉さん? どうかしたんですか?」
湊は不思議そうに首を傾げ、紫呉に声をかける。
「ああ。今、向こうで何か光った気がしてな」
「鳥とか、動物の目じゃないんですか?」
「そうかもしれねーけど、そうじゃない可能性もあるかもしれねーだろ。ちょっと見てくるわ」
そう告げると、紫呉はすぐさま駆け出した。
「あ、待ってください!」
湊は懐中電灯をしっかり握り締めると、絵画を抱え、その背中を急いで追いかける。
紫呉が足を止めたのは、ある梅の木の前だった。
「さっきお前が懐中電灯を拾った時に、ちょうどこの辺が照らされて何かが小さく光ったんだよ」
「もし動物の目以外だとしたら、何が光ったんですかね?」
少しばかり息を切らした湊が、紫呉の隣に並んで問う。
紫呉は無言で辺りを見回しながら、手にした懐中電灯で傍の木を照らした。そのままじっくり眺める。
懐中電灯に照らされている梅の木は、夜のせいもあって近くで見てもやはり何となく不気味に思えた。
しかし湊はそれを口には出さず、ただ黙って紫呉を見守る。
しばらくして、紫呉が声を上げた。
「もしかしてこれか?」
「これ、って何ですか?」
「ちょっと待ってろ」
湊が聞くと、紫呉は木の方へとさらに寄っていく。腕を顔の高さまで伸ばすと、手で何かを取るような仕草をみせた。
「ほら、これ」
すぐに戻ってきた紫呉が、湊に向けて片手を開く。その上には綺麗なシルバーのネックレスが乗っていた。
「まさか、エリカさんの!?」
「木の枝に引っかかってた。ちょっと確認してみてくれ」
湊はすぐさまネックレスを受け取り、エリカに確認する。
「エリカさん、ネックレスってこれですか?」
『……そうだわ。これよ』
絵画から頭だけ出したエリカの声は、心なしか弾んでいるように聞こえた。
きっとこの辺で拾った心優しい誰かが、木にかけておいてくれたのだろう。湊は無事にネックレスが見つかったことと、拾ってくれた誰かに深く感謝する。
「このネックレスで合ってるそうです」
「じゃあ、これで成仏できるな」
湊が満面の笑みを紫呉に向けると、紫呉もまた心底嬉しそうに破顔した。
『……二人とも、探してくれてありがとう。あの人にも今までありがとうって伝えてくれる?』
さらに言葉を紡ぐエリカの目尻には光るものが見える。
「あの人って、田中さんですか?」
『……ええ』
「わかりました。必ず伝えます」
湊がしっかりと頷いた次の瞬間だった。
エリカの身体が、すうっと絵画から抜け出ていく。これまでみたいに絵画の上に留まることなく、エリカはさらに上空へと昇り、そのまま霧散するように姿を消した。
「……成仏したか」
エリカを見送った紫呉が、両手を腰に当てながら小さく呟く。湊が見たその表情は、とても清々しいものだ。
湊はエリカの消えた夜空にまた顔を戻して、静かに口を開いた。
「エリカさんの願いを叶えてあげられてよかったです」
「ああ、俺の初仕事はお前のおかげで大成功だな」
紫呉はそう言うと、湊の背中を思い切り何度も叩く。
「ちょ、紫呉さん! 痛いですって!」
いつものように痛がりながらも、湊は紫呉と一緒になって笑みを零した。
今は背中の痛みも忘れてしまうくらい、満足した気持ちでいっぱいである。
「無事に終わったし、俺たちも帰るか」
「そうですね」
紫呉が腕を大きく伸ばすと、湊も同意して頷いた。それから、手の中に残ったエリカのネックレスを握り締める。
こうして二人は初めて、『霊の願いを叶える』という大仕事を終わらせたのだった。
※※※
それから数日後。
つきしろ骨董店に田中の姿があった。
詳しい事情などはすでに紫呉が電話で伝えてあったので、特に問題はない。今日は絵画とネックレスを引き取りに来ているだけだ。
「これ、預かっていた絵画とエリカさんのネックレスです」
紫呉がエリカの宿っていた絵画と、ネックレスを田中に差し出す。
それを見て、田中は瞳を潤ませた。
大事そうに両手で絵画とネックレスを受け取ると、
「月城さんも、古賀くんも本当にありがとうございました」
小さく震える声でそう言って、深々と頭を下げる。
そこで、紫呉が静かに湊の背中を押した。
「ほら湊、お前からも言うことあるんだろ」
「あ、はい。エリカさんから田中さんへの伝言を預かってます。『今までありがとう』だそうです」
湊がエリカの言葉をそのまま伝えると、田中はとうとう堪え切れなくなったのか、絵画とネックレスを抱えたまま、無言で大粒の涙を零したのだった。




