第15話 梅公園にて・夜
その日の夜。
梅公園には、二人の男の影があった。
改めて訪れた湊と紫呉である。今度はその手にそれぞれ懐中電灯を持っていた。
「夜に男二人で公園に来たって、何にも楽しくねーな」
ほとんど人の姿が消えた公園を歩きながら、紫呉がブツブツと文句のようなものを零す。
「そんなの当たり前じゃないですか。だいたい今は仕事中です。で、作戦変更ってどういうことですか?」
湊はそんな姿に呆れながらも、「ちゃんと説明してください」と問いかけた。
するとすぐに顔を湊の方へと向けた紫呉は、
「聞き込みじゃいつになっても見つかんねーだろうからな」
そう答えて、真面目な表情を浮かべる。
「でも、聞き込み以外で情報を得るのって難しくないですか?」
「聞き込みには頼らねぇ」
一歩一歩、足を前へと進めながら、紫呉がはっきりと答えた。
その横に並んだ湊は、不思議そうに首を捻る。
「どういうことですか?」
「夜だったらネックレスが懐中電灯の明かりを反射して、光って見えるかもしれねーだろ」
だからわざわざ夜に出直してきたんだよ、紫呉はそう言って口角を上げる。
「なるほど、確かにそれなら夜の方がいいですもんね。でも、そう簡単に見つかりますかね?」
紫呉の言うことはもっともだが、この広い公園で見つけられるだろうか。そもそも本当にここにあるのか。
気弱になりながらも、湊が確認すると、
「意地でも見つけるんだよ」
紫呉はいつになく真剣な表情を浮かべた。その瞳は自信に満ち溢れたような輝きを宿している。
紫呉の強い意志を感じ取った湊は、思わず目を見張って息を呑む。
「……どうして紫呉さんは霊に対してここまでしてあげられるんですか? おれは何もしてあげたことないです。ずっと避けてばかりで、ちゃんと話をしようとも思わなかったんですよ」
うつむきがちにそう聞くと、少し上から紫呉の声が降ってきた。
「俺は今まで霊が見えるだけで、そいつらの望んでることがさっぱりわかんなかったからな。だから何もしてやれなかった。それが悔しかったんだよ」
「……そうだったんですか」
神妙な面持ちで湊が顔を上げ、それから紫呉の顔を見やる。
湊の双眸に映った紫呉の表情は、暗い公園の中でもはっきりとわかるほどだ。
「だから、今はこうやって願いを叶えてやれるかもしれねーことがすっげー嬉しいんだよ」
それは、湊と初めて出会った時と同じような、無邪気な笑みである。心から今の状況を楽しんでいる、そう言いたげな表情だった。
紫呉を見上げながら、湊は少しばかり呆気にとられてしまう。
霊の願いを叶えられることが嬉しい。
湊は今まで、そんな考え方をしたことはなかった。そもそも、霊をまともに見ようともしていなかったのだから、当然の話である。
(この人、やっぱりホントはすごく優しい人なんだ)
そう思うと、何だか胸の中が温かくなるような気がした。
(口と態度はめちゃくちゃ悪いけど、きっと不器用なだけなんだよな)
つい苦笑してしまい、紫呉におかしな目で見られるが、湊は気にしないことにして、顔をまっすぐ前に向けたのだった。
※※※
湊と紫呉はエリカの記憶を頼りに、公園内の辿ったルートを念入りに調べていくが、まだネックレスは見つかっていない。
「あ、紫呉さん。ガムでも食べます?」
湊が思い出したように口を開くと、紫呉は途端に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「いや、ガムはいらねー」
「好き嫌いのない紫呉さんがいらないって珍しいですね」
今は食べたくないのかな、などと考えながら湊が首を傾げる。
すると紫呉はそのままの表情で、盛大な溜息を零した。
「ガムだけはダメなんだ」
「ガムだけ?」
それは一体どういうことなのか。湊は頭の上にたくさんの疑問符を浮かべながら、さらに深く首を捻る。
不思議に思ったまま、紫呉の返事を待っていると、
「ああ、あいつだけはいつ出していいかわかんねーから食わないようにしてる」
何とも大人らしからぬ答えが返ってきた。
そんな紫呉の姿に、湊は腹を両腕で抱えつつも必死に笑いを堪える。
「いつ出していいかわからない、って子供ですか。しかも『あいつ』って」
「うっせーよ。とにかくガムはダメだ」
「じゃあ飴ならいいですか?」
「飴なら食える」
ガムだけでなく、飴も持っている。湊がそれを告げると、紫呉は素直に頷いた。
湊は持っていたバッグのポケットから、一つだけ入っていた飴を取り出す。
「はい、どうぞ」
それを紫呉に手渡すと、紫呉はすぐに袋を開けて中身を口に放り込んだ。
口の中で飴を転がす音が小さく聞こえてくる。
湊は「これからはガムだけでなく飴も持っていよう」と思いながら、まだ買ったばかりのガムのパッケージを開けた。




