第12話 霊の願い
湊が左目のコンタクトレンズを外して、絵画に視線を落とす。
霊の気配は昨日と同じように感じられるが、湊の目でもその姿は見えない。どうやら、まだ姿を現していないらしい。
姿勢を正すと、思い切って絵画に声をかけてみることにした。もちろん恐る恐るではあるが。
「こ、こんにちは……。ちょっと話したいことがあるんですけど、いいですか……?」
湊の発した小さな声は震えていたような気もするが、それはどうでもいいことだろう。
気配は相変わらずで、やはり姿を現さないし、返事もない。
これはどうしたものかと、隣に座っている紫呉の指示を仰ごうとした時だった。
『……あなたは誰?』
女性のか細い、儚げな声に、はっとする。
湊は慌てて絵画に視線を戻すと、正直に名乗った。
「あの、おれは古賀湊っていいます。あなたと話がしたいんで、少しだけ姿を見せてもらえませんか?」
そう告げた次の瞬間、湊の目の前にわずかに透き通った女性の姿が現れる。明らかに絵画から出てきた霊だった。
セミロングの髪に、色白な肌。可愛いというよりも、綺麗系の美人である。霊ではあるが、きっと生前の姿とほぼ変わりないだろう。
突然のことに、湊が思わず息を呑む。本当に会話が成り立ったことに、少々驚いた。
霊と簡単な会話ができることはわかっていたが、自分から進んで声をかけたのは今回が初めてである。
霊が反応してくれたことが、ほんのわずかではあるが嬉しいと思った。
そんな湊の様子を見守っていた紫呉が目を見開いて、声を上げる。
「おお、ホントに霊が出てきやがった。会話できるってすげーな!」
今の紫呉には、きっと真っ白なワンピース姿の霊が見えているだろう。
湊が紫呉の方に顔を向けて、苦笑してみせる。
「まだ、まともな会話にはなってませんけどね。霊が一言だけ反応してくれたんですよ」
「それでも話が通じるってすげーと思うけどな。とりあえず、何が望みなのか聞いてみてくれ」
「わかりました。聞いてみます」
紫呉に言われて、湊はしっかりと頷いた。
ここからが本番だ。霊の願いを聞かないことには、これ以上先には進めない。田中の依頼も解決できないだろう。
絵画の上に立っているような状態の霊を見上げ、改めて口を開く。
「おれたちはあなたの願いを叶えたいんです。何か望んでることがあって、この絵に宿ってるんですよね?」
『……叶えてくれるの?』
「はい。そのためにおれたちがいるんです。まずは名前を聞かせてもらえませんか?」
さすがに『幽霊さん』や『霊さん』などと呼ぶわけにもいかないだろう。
それに名前を聞けば、田中の恋人だったのかも判明するはずだ。
『……わたしは、エリカ』
「エリカさんですね、わかりました。紫呉さん、名前合ってます?」
湊が紫呉に聞くと、紫呉はいつの間にか出していた書類に素早く目を通す。
「ああ、田中さんの恋人の名前で間違いねーな。見た目も聞いてた通りだ」
紫呉が頷いたのを確認して、湊はエリカにまた話しかけた。
「さっきも言いましたけど、おれたちはエリカさんの願いを叶えたいんです。詳しく話してもらえませんか? きっと力になれると思います」
湊の言葉に、エリカはわずかに逡巡するような様子をみせてから、おもむろに唇を動かし始める。
『……見つけたいものがあるの』
「探しものってことですか?」
湊が問うと、エリカは素直に頷いた。
どうやら、今回は『探しものを見つけたい』というのが願いらしい。
『……そう。探したいんだけど、ここから離れられないから探せないの』
「なるほど、絵から離れられないから探しに行けないんですね」
『……ええ』
ここまでは順調に会話ができていて、湊はほっとする。
あとは願いごとの詳しい内容が、自分たちに叶えられるものであれば問題ないだろう。
「それってどんなものなんですか?」
『……ネックレス』
エリカはそう答えると、今にも泣き出しそうに両手で顔を覆ったのだった。




