第11話 『店長命令』
翌日、午後。
紫呉に言われた通り、湊はきちんとアルバイトにやってきた。今日も大学から直行である。
「詳しく話を聞いたら、さすがに断れなくなっちゃったしなぁ」
店の前でドアを見上げた湊が、静かに呟いた。
昨日の『店長命令』のあと、紫呉は絵画に宿っているであろう霊について、紫呉自身の予想も交えて簡単に説明してくれた。
少し前に、田中が恋人を病気で亡くしたこと。
紫呉に預けていった絵画は、その恋人が生前に描いて田中にプレゼントしたものだということ。
田中に聞こえているのは、おそらく絵画に宿った恋人の霊の声ではないかということ。
それらの情報を説明したうえで、紫呉は改めて『店長命令』を下したのである。
さすがに「断ったらクビにする」とまでは言わなかったが、元教員らしからぬ鋭い眼光を向けてきたので、湊は黙って頷くことしかできなかったのだ。
「……おはようございます」
昨日よりも覇気のない声で挨拶をしながら店に入ると、紫呉がすでに待ち構えていた。
「よし、ちゃんと来たな」
両手を腰に当てている紫呉は、満足げな笑みを浮かべて湊を迎える。
「そりゃ仕事ですもん。ちゃんと来ますよ」
「今日の分はちゃんと特別手当出してやるから。な?」
わざとらしく不機嫌そうに湊が返すと、紫呉は苦笑しながら宥めるように言った。
その言葉に、湊は首を傾げて聞き返す。
「特別手当?」
「ああ。霊絡みの仕事の時だけに出す、まあ臨時の残業手当とかボーナスみたいなもんだ。もちろん、普段の時給に上乗せでな」
「へえ、意外と待遇いいんですね」
紫呉の端的な説明に、湊は驚きながらも瞳を輝かせた。
まさか時給に上乗せしてもらえるとは。どの程度かはわからないが、これは素直に嬉しい。
そこで、紫呉がレジカウンターのところに置いているいつもの椅子に、どっかりと腰を下ろす。
「当たり前だろーが。というわけで、お前には早速働いてもらうからな」
そう言うなり、カウンターの上に置かれていた少し大きな蓋つきの木箱から、昨日の絵画を取り出した。
ちなみに、この木箱は依頼ボックスと呼ばれていて、霊関係で依頼されたモノを保管しておくためのものらしい。
湊はその様子を眺めて小さく息を吐くが、ここまで来てしまった以上、もう引き返せないことはわかっていた。
困っている田中の事情も知ってしまったし、特別手当も出る。
何より、自分の能力で田中と、場合によってはその恋人を救ってあげられるかもしれない。これまで疎ましく思っていた能力が、初めて役に立つのかもしれないのだ。
そんなわずかな期待が、湊をここ──つきしろ骨董店までやって来させたのである。
(こうなったら乗りかかった船だ。きちんと最後までやってやる)
開き直って、力強い足取りで紫呉の傍まで行く。近くにあった椅子を持ってきて隣に座ると、真剣な表情で絵画をじっと見つめた。
「とりあえず、おれは何をしたらいいですか?」
「まずは姿が見えないと話になんねーからな。姿見せろって言え」
明らかに態度の大きな紫呉の注文に、湊の両肩ががっくりと落ちる。
「何でそんな上から目線なんですか……」
そう呟いて、呆れることしかできなかった。まだ始まったばかりではあるが、すでに心が折れそうだ。まさかこの調子で進んでいくのだろうか、と思うと不安しかない。
しかし、そんな湊の心中を察することのない紫呉は、腕を組んでいつものように自慢げにふんぞり返った。
「俺は霊と会話できねーし。あくまでも見えるだけだからな」
「でも、もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかと……」
確かに紫呉の言う通りではあるが、ほんの少しだけでも言葉をオブラートに包むことはできないのだろうか。
依頼人の田中には、きちんと敬語を使えていたのに。
そう思って湊がやんわり指摘してやれば、
「ああ?」
紫呉は下から睨むようにして凄んでくる。
それに怯んだわけではないが、湊は大げさに溜息をついて頷いた。
「……わかりましたよ。ちょっと声かけてみます」




