第10話 霊の気配を探る
湊の前には、霊が宿っているらしい小さな絵画が一つ置かれている。先ほど来た客──田中が紫呉に預けていったものだ。
それを一度ちらりと見やったあと、湊は顔を紫呉の方へと向けた。
「紫呉さん、どうあってもおれに霊と会話させるつもりですよね?」
「それの何が悪い」
湊の低められた声を意に介すことなく、紫呉はそう答えてふんぞり返る。
その態度に湊が肩を竦めながら、呆れた様子でさらに続けた。
「もし、これに悪霊が取り憑いてたらどうするんですか」
「そん時はすぐに祓い屋を呼んでやるから安心しろ」
「それって、絶対間に合わないやつじゃないんですか……?」
明らかに胡散臭いとしか言いようのない紫呉の言葉に、じとりとした視線を投げつける。
「大丈夫だ。俺は貴重な人材を失わせるようなことはしねぇ」
「貴重な人材って、今聞くと何だか嫌な言葉にしか聞こえませんね」
湊が仰々しく長嘆しながら、がっくりとうなだれた。
しかし、紫呉にはそれを気に留める様子はまったくない。
「とにかく、俺の目に見えてねーってことは絵の中に隠れてんだろ。それか実際は宿ってないか。気配を感じるだけなら問題ないだろ?」
「本当ですか……?」
紫呉の言うことにも一理あるような気もしなくはないが、湊はまだその気になれていなかった。
今までずっと霊に関わることを避けてきたのだから、当然ともいえるだろう。
まさかこんな事態になるとは、一体誰が想像できたのか。
湊としては、ただ単に『つきしろ骨董店』という骨董屋のアルバイトとして雇われたつもりだった。
それがどうして、今は霊が宿っているかもしれない絵画なんてものを、目の前に置かれているのか。
「お前はこの俺を信じられないってーのか?」
「信じてもらえるような行動、これまでしてました?」
「当然だろ」
腕を組んだ紫呉がまたも胸を張ると、湊はもう何度目かもわからない溜息をついた。そのままうつむいて、諦めたように首を左右に振る。
これ以上はもう何を言っても無駄だ。
アルバイトとして雇われて数日、紫呉の性格はすべてとまでは言わないが、だいたいはわかってきている。
だから、今の湊に言える言葉はこれしかなかった。
「はぁ……わかりました。やるだけやってみます」
※※※
湊が瞼を伏せ、レジカウンターの上に置かれた絵画に意識を集中させる。
これまでずっと霊を避けてきた湊が、自ら霊の気配を探るなど初めてのことだ。
もちろん、コンタクトレンズをつけていても霊の気配を感じることはあった。しかし普段はそれを徹底的にスルーしていたのである。
少し緊張しながらも懸命に集中していると、ふと何かの気配を感じた。特に悪いものは感じなかったので、おそらく悪霊ではないのだろう。
そこまで確認した湊は、ほっとしながらゆっくりと瞳を開く。
「今はコンタクトつけてるんで見えないですけど、何となく気配は感じます」
「やっぱそうか。性別はわかるか?」
紫呉は顎に手を当ててわずかに考える素振りをみせると、次には前のめりになってそう聞いてきた。
「うーん、ふわりと柔らかい感じだったんで、多分女性だと思いますけど……」
「てことは田中さんの言った通りか。なるほどな」
湊の答えに納得するように数回頷くと、腕と足を同時に組んで椅子の背もたれに背中を預ける。
「紫呉さんには見えてないんですか?」
「やっぱり今は姿を隠してるみたいだな。俺にはまったく見えねぇ。お前みたいに気配に敏感でもねーからな」
「そうなんですか」
紫呉のよこした返事に、湊は「それなら仕方ないな」などと思う。
やはり気配の感じ方などは人によって様々らしい。
しかし、気配を感じて霊が宿っていることまではわかったが、このあとはどうするつもりなのか。
(さっき、紫呉さんは『霊の願いを叶える』とか言ってたけど、ホントにそんなことできるのかな)
湊が視線を紫呉の方に向けると、紫呉は腕を組んだままで天井を睨み、何かを考えているようだった。
さすがに考え事の邪魔をするわけにもいかないだろうと、湊はしばらく黙っていることにする。
少しして、顔を戻した紫呉が何かを思いついた様子で口を開いた。
「よし。湊、明日もバイトな」
さも当たり前であるかのように出てきた言葉に、湊は目を丸くする。
「ええ、明日は休みのはず……」
「うっせーよ。これは店長命令だ。それとも何か予定でも入ってんのか?」
「別に入ってないですけど、めちゃくちゃ横暴じゃないですか……」
『店長命令』と言われてしまっては、湊にはもうどうすることもできない。それに、必死に断った結果、アルバイト三日目にしてクビになるのはさすがに避けたかった。
そんな考えを瞬時に巡らせた湊は、大げさな仕草で溜息を漏らすのが精一杯だったのである。




