LIX.メリアティードのお茶会
久しぶりに更新できました……!
キードゥル93年10月
「クリスティーネ様、ごきげんよう!お久しぶりですね」
「ファミリア様、ごきげんよう。ご招待ありがとう存じます」
ファミリアはやってきたクリスティーネを見て笑顔でそう言い、クリスティーネも微笑んだ。
今日のクリスティーネは少し涼しめの格好だ。メリアティードとヒサミトラールは気候が変わってくる。まだ10月の今でも軽く暑さを感じる。
「いえいえ、お会いできて嬉しいです。こちらこそ、ご足労いただきありがとう存じます」
ファミリアとの挨拶が終わり、二人は兄たちに目を向ける。
「お久しぶりです、ファーラレンス殿。ご招待どうも」
「えぇ、お久しぶりですね、ミカエル殿。招待したのはファミリアなのですがね」
ファーラレンスの言葉に、ミカエルの眉が笑顔のままピクリと動く。
(細かいことを、とか思ってるんだろうなぁ……)
「お、お兄様!クリスティーネ様たちを案内しますよっ。クリスティーネ様、ミカエル様。こちらです」
兄が余計なことを言ってしまったと理解したファミリアは、ファーラレンスの手を引いて、席を勧めた。
そうして、和やかな(ミカエルとファーラレンスがピリピリしているが)談笑が始まった。
軽く近況などを話して一段落つくと、ファミリアは近くの介添えに視線を送る。
すると、介添えがお茶とお菓子を持ってきた。
白い何かに小さく切られた果物が乗っている。
「氷菓子ですわ。お話していましたでしょう?」
「まぁ、これが?何だか可愛らしい見た目で素敵です」
「氷菓子?……懐かしいね」
ミカエルが眉を下げて微笑んだ。
(あ、そっか。イダニアは南側の領地だから……)
イダニアはメリアティードの北西に位置している。きっと、夏頃には同じように食べていたのだろう。
「どうぞ、召し上がってくださいまし」
クリスティーネは氷菓子をスプーンですくって、口に運ぶ。
「うん、美味しいね」
(……!美味しいっ。この味は何かしら。南方だけでの流通か、南側に面している国からの輸入?ヒサミトラールでも真夏は少し暑いし、出荷していただくのも手ね。あぁ、でも出荷中に溶けてしまいそうだわ……。それなら、レシピを買うか、料理人を買うか……)
「あの……クリスティーネ様、お口に会いましたでしょうか?」
「えっ、あ、申し訳ありません。少し考え事を……」
「そうですか。少しビックリしてしまいましたわ」
「本当に申し訳ありません。とても、とても美味しかったです。その、どうやったら領地でもいただけるか考えておりましたの。……お恥ずかしいわ」
ファミリアは目を瞬かせる。
「まぁ、そんなに気に入っていただけたのですか?良かったです」
(うぅ……食い意地が張ってるみたいだわ……)
クリスティーネがショボンと落ち込んでいると、ファーラレンスがミカエルに問う。
「そういえば、ミカエル殿は氷菓子を知っている様子でしたが、どこで知ったので?」
(……探られてる)
「そこまで私のことを知りたいですか?」
「えぇ、それは勿論」
ミカエルはニコリと微笑んだまま、青筋を浮かべた。
(なんて、答えるんだろう?流石に、転生者とは言えないし……)
「友人に教えていただきましてね」
「おや、いたんですね、友人。どちらの方かな?」
「ウジェートルの第二領女ですよ」
だんだんと、怒っている声に変わっていく。そして、ファーラレンスの「へぇ」というどうでもよさそうな声に、またピクリと眉が動いた。
熾烈な争いを見たクリスティーネは話題を戻した。
「ファミリア様は、夏の時期にお食べになるので?」
「あっ、はい。ずっと食べていたら……おか、あ様に一日一個までよ、と怒られてしまいました」
お母様。その言葉に、ファミリアは一瞬泣きそうな表情を浮かべた。本当に、一瞬。声の震えも注意深く聞いていなければ分からなかっただろう。
(そうだった。メリアティードの領主夫人は――もう)
クリスティーネが社交デビューをした前後くらいの話だ。社交デビューの時期とは言っても、まだまだ幼い子供だ。ファミリアはさぞ寂しかったであろう。
だが、それを誤魔化すように、ファミリアはパッと笑顔を作る。
「……あっ、そうそう。お兄様は冬の時期でもお食べになるのですよ。これはこれで美味しい、とおっしゃって」
「まぁ、寒くありませんの?」
「……ファミリア」
咎めるようなファーラレンスの声が響く。
ファミリアはふふっ、と笑うのにつられてクリスティーネも笑った。
「そういえば、ご存じでして?エミリエールの第五領子、アラン・エミリエール様を」
(え)
「とても美しいと評判なのですよ。ただ、アラン様とお話していた方からお話を伺おうと思ったのですけれど、はぐらかされてしまったのです」
そんな噂が流れているなんて、クリスティーネは知らない。
もっとも、ヒサミトラールで聞けるエミリエールの噂など、限られているので仕方がないのだが。
「えっと……」
「アラン様との茶会で、クリスティーネ嬢は倒れられたのではありませんでしたか?毒を盛られたという噂もあるとか」
「へっ、そうなのですか!?し、知りませんでしたっ。申し訳ありません、クリスティーネ様!」
「あっ……いえ。お気になさらず。それに、毒を盛られたわけではありません。たまたま、体調不良になってしまっただけです」
「そ、そうですか……」
申し訳なさそうに、ファミリアはクリスティーネを見上げる。
そのときだった。
バンッと大きな音を立てて、扉が開く。そこにいたのは、メリアティードの武官だった。
それに、ファミリアが顔を歪める。
「……クリスティーネ様とミカエル様に不敬ですよ」
「申し訳っありません。ファーラレンス様、ファミリア様、報告がございます」
「何ですか?」
「……森に魔族が現れました。そして、魔獣の群れも。第一師団は全滅。死者二名、負傷者十四名です……」
その武官の言葉に、全員が目を見開く。
(そんな……)
一体、どれくらいの人数がそう思わずにはいられなかっただろうか。
「……父上がいらっしゃらない今、私が師団を率いましょう。第二師団と第三師団は城の守りを。それ以外は私に」
「はっ!」
「ファーラレンス殿、私も行きましょう。人数は多い方がいい」
「わたくしも参ります。お手伝いはできますよ」
ミカエルに続いて、クリスティーネも声をあげる。ミカエルはそんなクリスティーネに驚いた様子だった。
そんな二人にファーラレンスは冷たい言葉を投げかける。
「参加させられません。貴方たちは他領の領主一族なのですよ?ご自分の立場をしっかり把握なさってください」
「しかし、ファーラレンス殿一人では、無理があるのでは?」
「いいえ、可能です。普段から、次期領主として、訓練は行っています」
「では、指揮の経験は?」
「……」
ファーラレンスの眉がピクリと動く。だが、ミカエルより先に口を開いた。
「ですが、私が前線に出れば問題ないでしょう?えぇ、ミカエル殿のおっしゃる通り、私に指揮の経験はありません。ですが、指揮の経験をしている上級武官など、いくらでもいますよ」
今度はミカエルが黙った。室内に沈黙が走る。そのとき、オズオズと手を挙げたのは報告に来た武官だった。ファーラレンスが発言を許し、武官は口を開く。
「第一師団が全滅し、生き残った者たちもほぼ全員が意識を失う重体です。魔力の多い方がいらっしゃるのは心強いかと。それに、ご本人も出陣の意思を示していらっしゃいますし」
「……分かりました。ミカエル殿には許可を」
渋っていたが、ファーラレンスはミカエルに許可を出す。
(わたしくは……!?)
「クリスティーネ嬢はまだ一年生でしょう。それに、まだ杖を持っていません」
(あ……そうだった。いつも疑似の杖を使ってるから全然気付かなかったけれど……。これじゃあ、流石に……)
そのとき、背後でボキィッ!と何かが折れる音がした。
後ろを振り向くと、イディエッテが太腿で杖を折っていた。
クリスティーネは一瞬、どれだけ硬いんだろう、と思ってしまった。
(え)
「い、イディエッテ……っ!?何をしているんですか!」
「三回までなら、杖は折れてもまた生えてくるのだそうです。これで二回目なので問題ありません」
「へ?あの、そういう問題ではなくてですね……?」
「……?クリスティーネ様は戦地に向かうのでしょう?疑似の杖は持ってきていませんので。多少まほーへんかんこーりつ?が下がるそうですが、どうぞ」
胸ポケットから何かの布を取り出し、クリスティーネが傷つかないように、杖が折れてトゲトゲした部分にグルグルと巻く。イディエッテはそれをクリスティーネに渡し、クリスティーネは何も考えず受け取ってしまう。
「イディエッテ……クリスティーネ様が向かうとはまだ決まっていないだろう!それに、行くとしてもせめて疑似の杖を借りるとか方法はいくらでもあった!」
「あぁなるほど。そうすれば良かったのですか。コリスリウトは賢いですね」
イディエッテは無表情のままそう言い、コリスリウトは「ハァ……」と大きなため息をついた。
「……それで、お話の続きですけれど、わたくしはレスツィメーアの開発者です。魔法についての知識や技術では……ファーラレンス様も上回るかと」
突然のクリスティーネの言葉に、ファーラレンスは放心状態で「はぁ」と呟くような声を出す。クリスティーネは少しだけイディエッテの奇行に慣れてしまっていたためである。
(まぁ、知識に関しては転生者だからなんだけど。でも、これくらい強気でいかないと!)
それでも、ファーラレンスは渋った。
「……では、わたくしのことは治癒者としてお使いください。それと、後衛の護衛としても使えますよ」
「……」
「あの、イディエッテ嬢が杖を折ってしまいましたし、お連れした方がよろしいのではありませんか?この埋め合わせはまた今度……ということで」
ファミリアが、渋るファーラレンスにそう言うと、ファーラレンスは「ハァ……」とため息をついた。
「仕方がありません。後衛の治癒者として、お願いいたしましょう。間違っても、前線には出ないようにしてください」
「はいっ」
クリスティーネは大きく頷く。
「わたくしはお供するわけには参りませんわ。ここで、皆様のお帰りをお待ちしております」
ファミリアは眉を下げてそう言った。クリスティーネと違って、魔法の訓練をしているわけでもないファミリアが戦場に出るのは危ない。賢い判断だろう。
準備が終わった。メリアティードの武官は回復薬やら攻撃魔術具やらが入った木箱を抱えている。
「では、参りましょう」
「いってらっしゃいませ、皆様。ご無事のお帰りをお待ちしております」
ファミリアはニコリと微笑んだ。
クリスティーネはそれに、笑って頷く。
「行って参ります!」




