LVI.合わせる方が得意なのです
キードゥル93年9月
今日はショミトール家での接待だ。早いもので、既に接待は最終日である。まぁ、クリスティーネの参加頻度が少なかったのもあるが。
主な招待客はアダルベルト、スウェート、クリスティーネ、ミカエル。そして――フェルカッティルト・レッフィルシュット。皇太子だ。
(あぁっ、皇太子殿下なんてっ!!)
アダルベルトとスウェートがやって来る前に、挨拶することが決まっている。
ミカエルも、会ったことはないらしい。入れ違いで、入学と卒業をしたからだ。
そうして、クリスティーネとミカエルは会場であるショミトール家の屋敷にやって来た。
「ごきげんよう、クリスティーネ様」
「あら、リーゼロッテ、イディエッテ。ごきげんよう」
準備中の会場では、リーゼロッテとイディエッテがいた。使用人や当主であるリュネールナ、当主伴侶のオズワルトもいそいそと動き回っている。
ちなみに、今日は護衛のレニローネがいるだけなので、リーゼロッテやイディエッテは美しい衣装を身に纏っている。それに、髪も三つ編みハーフアップとなっていた。
「衣装、とても似合っていますね。二人の雰囲気に合っていて、可愛いです。あっ、髪もお揃いなんですか?」
「まぁ、光栄です。わたくしの髪はお姉様にしていただいたのですよ。ねぇ、お姉様」
「え、そうなんですか?」
イディエッテは不思議と髪やファッションなどは苦手そうなイメージがあった。
彼女を見上げると、嬉しそうに少しだけ口角をあげていた。
「髪をいじるのはそれなりに得意です」
「そうなんですね。今度やっていただこうかしら」
そうして、リーゼロッテとイディエッテは再び会場の準備に戻って行った。
「クリスティーネ」
「お兄様」
クリスティーネは名を呼ばれ、ミカエルの方を振り返る。
「もうすぐ殿下がいらっしゃるはずだから、一緒にいようと思って」
「そうですね……」
(うぅ……緊張してきたかも)
フェルカッティルトと話したことはない。クリスティーネとしてはもちろん、アイシェとしても。アイシェはフェルカッティルトと在学期間は被っていた。ただ、アイシェが四年生のときにフェルカッティルトが入学したため、前期しか被っていないが。ただ、公の場での挨拶などは見てきている。
「皇太子殿下がいらっしゃいました」
武官の声かけに、指示などでざわざわとしていた場はしんと静まり返った。全員が跪き始め、扉が開いた。
『ようこそいらっしゃいました、我が屋敷へ』
扉の前で待機していたリュネールナたちショミトール家全員がそう告げる。
「ショミトール家が当主、リュネールナ・ショミトールと申します。わざわざご足労をいただきましたこと、感謝いたします」
「あぁ。リュネールナよ、レーニアティータ皇国からの使者が来る前に準備を済ませよ。挨拶はもうよい。私は主役ではないのだからな」
「寛大なお心に感謝いたします」
リュネールナの言葉に再び、使用人たちが動き出した。
(わたくしたちの番ね)
ミカエルと頷き合い、クリスティーネたちはフェルカッティルトのところまでやって来た。
「殿下」
ミカエルの合図で、クリスティーネたちは跪いた。
「お初にお目にかかります、フェルカッティルト皇太子殿下。ヒサミトラールが第一領子、ミカエル・ヒサミトラールと申します。以後、お見知り置きを」
「同じく、ヒサミトラールが第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラールと申します。お会いできたこと、恐悦至極の所存でございます」
「あぁ、ミカエルとクリスティーネだな。覚えた。面を上げよ」
フェルカッティルトは基本的に無表情だ。顔立ちはかなり整っているので、無表情でも絵になると思うが。
「其方らの待遇には感謝している。励むように」
「ありがたきお言葉でございます」
そうして、しばらくすると、アダルベルトとスウェートがやって来た。
アダルベルトとスウェートがフェルカッティルトに挨拶をすると、和やかに談笑が始まった。
アダルベルトとフェルカッティルトとミカエル、スウェートとオズワルト、など各自で話している。
クリスティーネはその様子をお菓子をつまみながら眺めていた。
「クリスティーネ様は行かなくてよろしいのですか?」
護衛として後ろに控えているレニローネがそう声をかけた。護衛がこういう場で話しかけるのは珍しい。クリスティーネは誰とも話していないので問題ないが。
「そうですね……。アダルベルト様や殿下のお相手はお兄様がなさっていますし、スウェート様も、リーゼロッテやイディエッテもお話していますから。わたくし、会話に入っていく勇気はあまりないのです」
「……少し、意外です」
「そうですか?」
「はい、クリスティーネ様はなんでも完璧ですから」
「レニローネはわたくしを何だと思っているのです?完璧なんかではありませんよ。それに……いくら完璧な人であっても、人間は人間である限り、何かしら人間臭いところはあるでしょう」
クリスティーネがそう言うと、レニローネはクスクスと笑って「クリスティーネ様は面白い考え方をなさるのですね」と言った。
(そんなことはないと思うけどなぁ……)
「クリスティーネ様、そろそろダンスが始まるそうです」
「えっ……」
(こんなに早いなんて!)
クリスティーネは心の中で嘆いた。ダンスは苦手なのだ。アイシェとしては、側近であり幼馴染だったヤドハロートとしたことはある。クリスティーネとしては軽くミカエルと練習はしたが、忙しい中だったので練習時間はかなり少なかった。
(誘われませんように……!)
「クリスティーネ嬢」
やって来たのはアダルベルトだ。
「私と……踊っていただけますか?」
アダルベルトは微笑んでそう問うた。わざわざレーニアティータ皇国からやって来た使者相手に断れるはずもなく。
「は、はい……」
クリスティーネの願いは儚く散っていった。まず、この会場において、一番位の高い女性はクリスティーネた。誘われるのも当然なのであり、誘われませんように、というクリスティーネの願いは無理に等しいものだったのである。
アダルベルトは手を引き、クリスティーネと真ん中にやって来た。
「お、踊るのは苦手ですので、お、お手柔らかに……」
やがて、音楽が始まった。アダルベルトの動きに合わせ、クリスティーネは足を動かす。
(……なんだか、動き方が、違う……?)
「……異国ともなると、ダンスの動き方も多少変わるものなのでしょうか?」
「そうかい?難しいようなら……クリスティーネ嬢が動いてみてくれないか?私が合わせよう」
「えっ?」
先程まで、リードして動いていたアダルベルトが急に合わせるような動き方に変化する。
「あっ、あの、わたくし、合わせる方が得意ですので……」
「そうかい?でも、私が合わせていた方が、クリスティーネ嬢がたとえ失敗したりしたとしても誤魔化しやすいと思うけれど」
正論だ。だが、苦手なものは苦手なのである。
結局、そのままクリスティーネがリードする形になってしまった。
(あぁっ、早く……早く終わってぇ!)
クリスティーネがそう願いつつ、無心で踊った。
「もう終わりか」
そんな声が頭上から聞こえたかと思えば、既に曲は終わっていた。クリスティーネは安堵の息をはく。
(や、やっと、終わった……)
「お相手、ありがとう存じました」
クリスティーネはそう言って、アダルベルトからそそくさと離れて行った。
バルコニーが解放されているのを見て、クリスティーネは涼みに出る。
(夜風が気持ちいい……)
ようやく、肩の力が抜けたような気がする。
景色を見回していると、一際明るい場所が見える。
「わぁ……あれは……お城ね。外から見るとこんな感じなんだ」
城のどこもかしこも美しく光っている。別に装飾によってこうなっているわけではないのだ。だが、こうも美しく感じる。
(こうやって、夜の景色を見るのも悪くないわ)
他の屋敷も見える。そんなポツポツと光の見える光景もまた、美しい。
「何をなさっているのですか?」
ぼんやりと夜空や景色を眺めていると、クリスティーネに声がかかった。まだ変声期前の少年の声。
「スウェート様」
スウェートはゆったりとこちらに歩み寄り、隣に来たところで立ち止まった。
「踊らなくてもよろしいのですか?一曲目も、踊られていなかったでしょう?」
「私は問題ないですよ。兄上がいますし。そう言うクリスティーネ様は?」
「わたくしもあまり。踊りは苦手でして」
クリスティーネはヘラリと眉を下げて微笑んだ。
「意外ですね。非常に上手でしたが」
「そうですか?ありがとう存じます、スウェート様」
スウェートが真顔で褒めるのに対し、クリスティーネはニコリと微笑んで礼を言った。
「クリスティーネ様は想い人などはいらっしゃるのですか?」
「えっ?いえ、いませんけど……。作る予定も、ありませんし……。そう言うスウェート様はどうなのです?」
クリスティーネはからかうように、自分と同じくらいの身長のスウェートを見る。
すると、スウェートは少しだけ口角をあげて言った。
「いますよ」
「まぁ、どんな方か聞いてもいいかしら?」
「そうですね……。努力家な方ですよ」
「スウェート様がそうおっしゃる方なのでしたら、きっと、良い方なのでしょうね」
スウェートは少し驚いてから、小さく声をあげて笑った。
「ははっ、そうですね。本当に……」
「クリスティーネ!」
そのとき、大きな声がした。ミカエルだ。
「スウェート様、クリスティーネに何か?」
「いえ。少し夜風にあたりに。では、クリスティーネ様。失礼いたします」
スウェートはクリスティーネに礼をして会場内に戻って行った。
「お兄様。どうかしたのですか?」
「スウェート様に何かされていない?」
「いえ……全く」
きょとんとするクリスティーネに、ミカエルは少しだけ不服そうな顔をする。
スウェートとの婚約話も持ち上がっていることなど、この時のクリスティーネは知らない。
「ならいいんだけど。一応クリスティーネも主役なんだから、勝手にいなくなったら駄目だよ」
「はい、申し訳ありません……」
「さ、戻ろっか」
◇◆◇
「この度のこれ以上ない待遇、大変感謝いたしております。同盟の話も、我が国の陛下にお伝えしましょう」
アダルベルトは珍しくニコニコと作り笑顔で丁寧な言葉を述べた。
ショミトール家での接待を終え、翌朝である。
「こちらこそ、非常に有意義な時間を過ごせました」
挨拶も早々に、アダルベルトとスウェートは馬車に乗り込んでいった。
(案外、一瞬だったわね)
「婚約話はどうなるか……ね」
「婚約話?誰と誰のですか?」
独り言のように呟いたミカエルの言葉をクリスティーネが問い返す。
「君とアダルベルト様、それかスウェート様。まぁ、年が近そうなスウェート様の方が有力かな。あ、でも、アダルベルト様は第一領子らしいから、どっちとも言えないなぁ」
「えっ、いつの間にそんな話になっていたのですかっ!?」
「私も昨日知ったんだよ。まぁ、父上がクリスティーネの判断に任せる、という方針だからクリスティーネが決めればいいと思うけれど」
「わたくし……は……」
婚約話など、考えたこともなかった。といえば嘘になる。だが、いつも他人事で自分事として考えられていなかったのは事実だ。
「今は、いりません。時が来ることがあれば、領地の利となるようなお方を選びます」
「そう。でも、クリスティーネは自分の幸せも、ちゃんと考えてあげてね」
ミカエルは優しく微笑んで、帰りの馬車に乗り込んでいく。
(自分の、幸せ……)
復讐を望むクリスティーネにとって、婚約者という存在は足枷になるだろう。
きっと、情が湧いてしまえば、引き留められると躊躇してしまう。だから、今はいらない。
――復讐が成功する、その時までは。
踊らなかった主役二名
スウェート「想い人がいるので」
フェルカッティルト「婚約者がいるので」
何曲も踊った主役二名
アダルベルト「いやぁ、楽しいものだよ?レッフィルシュット皇国の皇太子殿下もスウェートも堅苦しいなあ」←遊び人
ミカエル「私をアダルベルト様と同じにしないでください」
一曲だけ踊った主役一名
クリスティーネ「だ、ダンスは苦手なんです……」




