LV.フィリップの処遇
キードゥル93年9月
「そんな、ことがあったのですね……」
「うん、まぁね。いろいろと困難な道のりではあったよ」
ミカエルは軽い昔話をしたかのように笑った。
(いろいろと、で片付けられるものではないと思うのですけれど!)
「それで……クリスティーネ、君はフィリップの処遇をどうしたい?」
「え……?あ、わたくしは……罪は軽いものでいいと思っています。元はといえば、悪いのはわたくしですし」
ミカエルは何か言いたげにクリスティーネを睨んだ。
「君の体が犯したことを、違う生を歩んでいた君が償うのはおかしいよ」
「……お兄様。そう言ってくださるのは嬉しいですけれど、フィリップから見ても……いえ、クリスティーネの悪行を知る者たちからは、わたくしはそう見られるのですから」
「……そう」
クリスティーネは眉を下げて微笑み、ミカエルは悔しそうに唇を噛んだ。
クリスティーネの記憶喪失に関しては、かなり領主一族に近い人間しか知らされていない。勘づいた者はいるかもしれないが、特に口に出されることはなかった。
「……それじゃあ、アダルベルト様とスウェート様のところに行こうか」
「へっ?お兄様、何を考えて……。というか、先程までのお話と何の関係が!?」
「レーニアティータ皇国の方々と決めた方が友好国って感じがするでしょ?」
ミカエルは意地悪く笑ってそのままアダルベルトとスウェートが泊まる宿までクリスティーネを連行した。
「……お体に問題はないのかい?」
「えぇ。私もクリスティーネも傷も負っていませんから」
アダルベルトはいつもの調子でそう問い、ミカエルは微笑んで答えた。
「そうか。それはよかった」
「それで、何の御用でしょうか?」
スウェートはこちらを真っ直ぐと見つめ、そう問う。
ちなみに、残りの日程は今日を含め五日。基本的に、上級貴族の屋敷でのお茶会に、アダルベルトとスウェートは参加する。そして、最終日にはクリスティーネとミカエルも参加することが決まった。
「私たちを襲った者に関しての処遇を決めたいと思いまして」
「……それは、そちら側が決めることなのでは?私たちは特に被害を受けていませんし」
「あぁ、スウェートの言う通りだ。しかも、ミカエル殿はご自身の側近を私たちのために置いて、クリスティーネ嬢を助けに行ったのだろう?私たちは感謝しているよ」
スウェートは少し驚いたように言い、アダルベルトは笑った。
その反応に、ミカエルは目を瞬かせた後、ニヤッと笑う。
「その方が友好国らしいでしょう?」
今度は、アダルベルトとスウェートが目を瞬かせる。
それから、声をあげてアダルベルトが笑った。
「そうだな。友好国……。まだ同盟もしていないのに、一介の領主一族がそんなことを言ってもいいのかな?言質をとってしまえるのだぞ?」
「……ご存じないのかもしれませんが、レーニアティータ皇国は一部を除き、他国から憐れみの目を向けられているんですよ。支援の話だってある」
笑っていたアダルベルトは目を見開く。
「支援……」
「どうでしょう?他国へ――いえ、レッフィルシュットの皇族たちにアピールでもしておけば、支援も……」
「あぁ、そうだな。……では、話し合いをしようではないか」
アダルベルトはミカエルを見つめて、ニッと笑った。
話し合いは円滑に行われた。基本的に罪は軽くする方向で。
そして、上位貴族用の牢に一年間。ということ決まった。
「私はそれで構わないのだけれど、クリスティーネ嬢はそれで良かったのかい?怖い思いをしたのでは?」
「そう……ですね。怖くなかった、といえば嘘になります。……けれど、フィリップの事情も含めての判断です。後悔はありません」
「なら良いのだけど。……本当に、この国の人間は君に似ているな。そう思わないか、ジアンナ」
アダルベルトはフッと笑い、何か独り言を口にする。それがクリスティーネたちの耳に届くことはなかった。
◇◆◇
「あの、お願いしたいことがあります」
「どうしたんだい、クリスティーネ?」
クリスティーネはアダルベルトたちとの話し合い後の夕食の席でそう口にした。今日は珍しく、家族全員が揃っている日だった。
「わたくしに、フィリップとお話しする許可をいただきたいのです」
全員が驚愕に目を剥いた。
「何を言っているんだっ。フィリップを刺激するのは良くない」
「お姉様、駄目ですよっ」
「そうよ。貴女には記憶がないのだもの。無理に……思い出さないで……っ!」
アイリスは泣きそうに顔を歪め、懇願するような声を上げる。ミカエルからの話での通り、前のクリスティーネにはかなり苦労させられたのだ。前のクリスティーネには戻ってほしくないだろう。
(思い出すも何も、わたくしにはそんな術はないのだけれどね……)
クリスティーネの中にいるのが、アイシェと知られて失望されてしまうのが怖い。また、今の家族たちから、エミリエールの時のような冷たい態度を取られたら、もう生きていく自信がない。だから、言えない。
「……この問題は、放っておくべきではないと思っています。ですから、それを解決しておきたいのです」
「本気か?」
レトルートは、クリスティーネを真っ直ぐ見つめる。覚悟はクリスティーネにあるのか?
きっと、罵倒はされるだろう。当り前のことだ。
「はい」
「分かった」
レトルートは頷いた。
◇◆◇
(まさか、本当に承諾してくださるなんてね)
今の家族はかなり過保護だ。それが嬉しくもあるのだが。
「なんで、そんなこと提案したんです?」
夜中、久しぶりにミアがやって来た。仕事が落ち着いたらしい。膨れっ面のミアがそう言えば、クリスティーネは眉を下げて微笑む。
「そういうのは、放っておけないもの。わたくしがわたくしである以上、そうするべきだと思うわ」
「そうやって、クリスティーネ様はいろんなものを抱え込むから……」
ミアは納得できなさそうにクリスティーネを見る。
「ハァ……意思が堅いことは理解しました。まぁ、武官がコリスリウト様なら安心でしょうね。ですが、わたくしも行かせていただきますよ」
「え……まぁ、いいけれど。ミアはわたくしのことを何でも知っている一番のお友達だし」
そんなクリスティーネの言葉にミアは目を見開く。だが、考え事をしているクリスティーネがそれに気づくことはなかった。
(立場上、お友達であるファミリア様にも、側近たちにも、話せないことはたくさんあるし。ミアは本当に心強い味方であり、お友達だもの)
ちなみに、フィリップのことに関してはレトルートがアイリスとミカエルを説得してくれて、次の日の朝、クリスティーネは塔に向かっていた。
地下牢とは違い、上位貴族用の牢は別館にある。
「本当に、大丈夫なのですか?」
呆れたような眼差しを向けてくるのはコリスリウト。ミカエルは接待のため、いないのだ。代わりにコリスリウトがやって来た。記憶喪失という設定を知っている一人でもある。
「えぇ、問題ないわ」
だんだんと人通りが減り、採取的にはコツコツと、二人分の靴の音だけが響く。
クリスティーネの肩にはいつの間にかミアが乗っていた。コリスリウトがいる手前声は出さなかったが、驚いた。
「ここです」
コリスリウトが重そうな鉄のドアを開け、クリスティーネたちは中に入った。
中は暗い。照明が暗めなのだ。
「誰だ」
「ごきげんよう、フィリップ・セグラ」
「なっ……!?何故お前が!!」
金属の擦れる音がする。フィリップが動いたことで、鎖が揺れたのだろう。
扉から少し歩いた先に、鉄格子が嵌められていた。人が通ることは不可能。だが、フィリップの顔はちゃんと見えた。正確には、髪が邪魔であまり見えてはいない。それでも、憎悪の表情を浮かべていることは明らかだった。
「コリスリウト、外してください」
「はい!?何を言っている!?罪人と……それも、クリスティーネに恨みを抱く相手と?私がそんなことを許すと思うか?」
「許す、許さないの問題ではありません。あまりしたくありませんけれど、これは命令です。外してください」
コリスリウトは唇を噛んで、渋々外に出て行った。
「ハッ、お前に忠誠心の高そうな武官を外して、本性を表す気か?……コリスリウト様には知られたくないようだな!」
「フィリップ……」
「クリスティーネ様、なんでコリスリウト様を外したんですか。何を考えているんです?」
肩の上に乗っているミアが抗議の声を上げれば、クリスティーネはミアに優しく微笑み小さく声を出す。
「……全部を話すつもりはないわ」
「えっ、それって――」
「さぁ、フィリップ。わたくしのお話を聞いてくださる?」
クリスティーネはミアの話を遮るように口を開いた。それに対して、フィリップはクリスティーネを嘲笑った。
「ハッ、お前の話?何故私が?」
「では、聞いてくれなくてもいいので、話しますね」
クリスティーネはフィリップを無視し、話し始める。近くに置かれていた椅子に腰かける。
「わたくしは、貴方の知る、クリスティーネ・ヒサミトラールではありません」
「は……?」
「名は言えませんが、違う領地の人間でした。わたくしが前世の記憶を持ったのは六歳頃の話です。それ以前のことは、記憶がありません。ですから、貴方のこともあの時は全く知りませんでした」
「は、はぁ……?どうせっ、また嘘を!!」
フィリップは大きく顔を歪める。
(きっと、フィリップは本来、優しい人間なのよね)
だって、クリスティーネと魂の違うクリスティーネであったことを知って、葛藤しているから。罪悪感が目に見えて分かった。
「疑うのは結構ですけれど、事実は事実です」
ぐ……とフィリップの声が聞こえる。
「本当か?」
「えぇ、嘘をついてまでこのようなリスクを犯す必要はありません」
「…………すまなかった」
え、とクリスティーネの腑抜けた声が漏れた。フィリップを見ると、彼は頭を下げていた。
「な、何故貴方が謝るのです?悪いのは、この体の前の持ち主であって、貴方ではないのですよ?」
「あぁ、そうだ。だが、それに貴女を巻き込んでしまった。本当に、すまなかった」
(フィリップは……何も、悪くないのに)
あぁ、クリスティーネの周りの人間は、どうしてこんなにも優しいのか。どうして、そんな優しい人たちが苦しい思いをしなければならないのか。
泣きそうだ。だが、泣くことは許されない。だって、クリスティーネは苦しい思いをしたわけではない。前のクリスティーネによって、クリスティーネは苦しい思いをしたわけではない。前のクリスティーネによって被害を受けたわけではないのだ。
「話してくださって、ありがとう」
フィリップは、かつての主に優しく微笑んだ。フィリップの目には今のクリスティーネと前のクリスティーネが別人にしか見えなかったのだ。
遅い、とコリスリウトに怒られたのは、また別の話――。
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