LII.ミカエル・ヒサミトラールは家族を守りたい 前編
短めですが、どうぞ。
キードゥル82年4月
ある、慌ただしい春の日のことだった。何故か、武官たちは総出でいなくなっていた。
「ルネーメヌ様ぁっ!」
「あぁっ、ルネーメヌ様……なんてこと……」
部屋の中――母上の部屋から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
先程、母上に呼び出された父上と母上の介添え主任――アイリスの声ではない。
(なんで……?どう、してこんなことに……)
私の名前はミカエル・ヒサミトラール。ほんの五年くらい前までリック・オルコットだった者だ。
「ミカエル様、そろそろお休みになられた方が……」
仮介添えのレックスが心配そうにそう言った。
今は零の刻。四歳の体には眠くなる時間だろう。
「……いいよ、別に」
そう言ったのにも関わらず、私はその後眠ってしまった。
◇◆◇
翌朝。レックスから、のうのうと自分が寝ていた間に、母上が亡くなってしまったことを聞いた。
「っ、ぐ。んっ、う……」
私は声を押し殺して泣いた。
(神様は白状だ)
前世で、私は父を失った。今世でも、私は母を失うことになった。
幸せで幸せな家族がほしかっただけだ。ただ、それだけだったのに。他にも、もっともっとしんどい人生を送ってきた人は多分いるだろうけれど。それでも、私は幸せに生きたかった。
それに――のことだって。
それから、父上と共に、アイリスが出てきた。
父上はいつも通りだ。アイリスは腫れた目だけど、覚悟を決めたような顔をしている。
「ミカエル」
「……はい、父上」
父上は後ろにいたアイリスに目を向ける。
アイリスは私と目線を合わせるように、膝をついた。
「……ミカエル様、わたくしが……次の領主夫人になることが決定いたしました」
(……はっ?)
早い。早すぎる。そういうことを決めるのは早くても、一か月。せめて、葬儀が終わった後だ。長年、次を娶らない場合だってあるのに。
(まるで……まるで……)
「……そう……ですか」
(父上も、アイリスも、誰も……母上の死を悲しんでいないみたいじゃないか)
この日から、「アイリス」は「アイリス様」になった。
「ミカエル様、ルネーメヌ様が亡くなろうと、貴方が次の領主です。私がお約束いたしましょう。ご安心ください。それと……アイリス様にはお気をつけて」
(私が次の領主?だから、何だという?母上が帰って来てくださるのか?地位に興味がない私には本当にどうでもいい約束だ。……そんな約束、いらない)
母上の派閥の人間だ。
誰も彼も、私のことなど見ていない。ヒサミトラールの第一領子という肩書としてだけ。
――ミカエル・ヒサミトラールのことではないんだ。
しばらくして、父上とアイリス様の婚姻が決まった。結婚式は執り行われず、アイリス様は城に住むことになった。
アイリス様は廊下でときどきすれ違うと、微笑んで挨拶をしてくる。
「ミカエル様、ごきげんよう」
「……アイリス様」
「あの、もしよろしければ……」
「用事がありますので。失礼します」
(あぁ、やっぱり。きっと、アイリス様は母上のことが嫌いだったんだ。……だって、全然悲しくなさそうだもの)
側近だった頃のアイリスは、私の目には明るくて母上のことが大好きであるかのように見えた。母上の執務の最中に遊びに来ていた私にだって、優しくしてくれていた。
(きっと、私の勘違いだったんだろうな)
私は仮介添えのレックスを撒き、外に出た。城の離れの森の近くだ。
一人になりたかったのだ。
現在は領主一族でのただ一人の後継者。そんな者には一人の時間など与えてはくれない。夜だって、武官たちが巡回している。だから、もういい子はやめた。誰も、心から褒めてくれることはないんだし。
「あぁ、やっぱり。風が心地良い」
久しぶりの一人での日向ぼっこは楽しくて、暖かい。母上の腕の中みたいな感じがするんだ。
精神年齢が十二歳なのに、こんなにも母を追い求めるとは……。やはり、ミカエルの身体年齢の方に引っ張られているんだろう。
その時だった。
「シャァアアアアアッ!」
猫のような見た目をした魔獣だった。体は小さめだが、杖を持たぬ自分が立ち向かえば簡単に死ぬだろう。
(と、とりあえず、逃げないと!)
全力で走った。――だけど、まだ森の奥まで行ったことのない自分では森の構造は把握していなかった。
この辺りから、だんだんと大きな石が多くあり、歩きにくい。ついでに、本来自分が履いている靴は野外での活動には向いていないのだ。
「あっ……」
(あ、転ける……!)
ガツン!と腕を石に擦る。血が滲んだ。足も擦りむいているし、服も汚れている。
(服……。レックスに怒られるかな)
その時、魔獣は何故か逃げるように走り去ってしまった。
「た、助かった……のかな」
すると、カサカサと葉が揺れる音がする。
(また、魔獣?)
私は警戒心を強めた。
「グアアアアアアアッッ!!」
私は言葉を失った。自分の身体の倍を軽く超える――熊のような魔獣だ。
「ミカエル様!?」
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