XLIX.レーニアティータ皇国からの使者 ユティーナ視点
キードゥル93年9月
「ようこそいらっしゃいました、アダルベルト・インディバナ様、ならびにスウェート・インディバナ様」
声が震えないよう、淡い桃の髪の少女は意識して声を発する。
その少女の名はユティーナ・ヴリーネ。下級貴族ながら、クリスティーネの側近に抜擢された一人である。そして、レッフィルシュット皇国を象徴する翡翠のローブを纏っていた。
目の前にいるのは、長身で藍色の髪の男性とキャメルの髪の少年だった。その後ろには、側近と思わしき人らが控えている。羽織っているのは、レーニアティータ皇国の国色である瑠璃のローブだ。
「初めまして、ユティーナ殿」
そう言って一歩前に出たのは、長身の男性だった。身長が低いユティーナはかなり首を曲げなければ、顔が見えなくなってしまう。
その男性はユティーナの前で跪き、甘く微笑む。
「私は、アダルベルト・インディバナ。どうぞよろしく」
「へ、へ、へぅっ!!?」
「おぅや、可愛らしい反応」
しかも、その男――アダルベルトはユティーナの手を取り、口付けたのだ。
しかし、アダルベルトはギリギリ触れていないのだが。
「すみません、うちの愚兄が」
後ろの冷静そうな少年がアダルベルトの首を掴み、引っ張った。
びくともしないアダルベルトに少年はピクリと目を細める。
「レッフィルシュット皇国にも噂広めますよ、兄上?」
ニコリと少年は微笑んだ。だが、琥珀色の瞳は笑っていない。
「……それは困ったな」
アダルベルトは対して困っていないような笑みを浮かべ、立ち上がった。
「申し訳ありません、ヴリーネ殿。私はスウェート・インディバナ。案内よろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
律儀にスウェートは頭を下げる。それに対し、ユティーナも深々とスウェートよりも深く頭を下げた。
「では、案内を始めさせていただきます」
アダルベルトやスウェートがやって来たのはヒサミトラールにある貴族用宿泊施設の離れだ。基本的に領地に各一軒ほど建てられているが、ヒサミトラールには二軒存在する。その中でも上級、領主一族が使用する宿泊施設だ。
そうして、案内が始まった。まずは一階。
「一階には厨房、食堂、浴場がございます」
次に二階。
「こちらは、側近様方が使用されるお部屋となっております。お部屋が足りなければ、一階、または三階のお部屋をご使用くださいませ」
最後に三階。
「三階にはアダルベルト様、及びスウェート様のお部屋がございます」
「こちらがアダルベルト様のお部屋でございます」
アダルベルトの部屋は青を基調としている。
「こちらはスウェート様のお部屋にございます」
スウェートの部屋は黄を基調とした作りだ。
「何かご質問はございますか?」
案内が終わったところで、ユティーナはアダルベルトらに振り向く。
アダルベルトは「うーん」と考えたところで、口を開いた。
「ユティーナ殿には婚約者でもいるのかい?」
「は、は、はぅっ!!?」
「では、想い人かな?」
この短時間で、何故分かったのだろう。自分は何かしていただろうか、とユティーナは頭を巡らせたが、何も思い当たる節がない。
「な、何故……」
「勘」
アダルベルトはキラキラした笑顔で一言。
ユティーナは何も言い返せず、そのまま案内は終了した。
◇◆◇
「……疲れた」
案内が終了し、ユティーナは城の馬車に乗って城に戻ってきた。ヒサミトラール内の移動にはそれなりに時間がかかるため、現在、陰十の刻である。
(……お城の馬車は揺れが少なくていいなぁ)
ヴリーネ家の馬車は城の馬車とは比べ物にならないほどに揺れるのだ。
ユティーナは一人城の廊下を黙々と歩き、クリスティーネの部屋の手前にある側近部屋に入った。
それから、ユティーナはアダルベルトのことを思い返す。
「なんでバレたんだろう……」
「何が?」
「へぅっ!?」
ユティーナの後ろから声がかかった。その少年の声にユティーナの心臓は跳ね上がる。
少年の――シリウス・スティーネルの声である。
「し、シリウス……」
「やぁ、ユティーナ」
シリウスは軽快に笑った。業務中や周りに人がいるときはこんな感じではないのだが、幼馴染であるユティーナの前ではこれが普通となっている。
「案内は終わった?」
「うん。シリウスは?」
「九の刻くらいに仕事が終わってな。それで、さっきまでは実技の勉強をしてた。帰ったら姉上がうるさいからなぁー」
「へぇ~、お疲れ様。シリウスはもうすぐ帰る?」
ユティーナはできるだけ自然を心掛けて微笑んだ。
「ユティーナは?」
「わたくしは、準備が終わったら帰るよ」
「そっか。なら、馬車一緒に乗っていくか?」
「いいの?ありがとうっ」
思ってもみなかったシリウスの提案にユティーナはパァと顔を綻ばせる。
それから、ユティーナは部屋に戻り、必要なものを取りに行った。
バタンと扉を閉める。
「……あぁああっ、好き……」
ユティーナは扉にもたれ、ズルズルと腰を落とす。
「でも、まだ、シリウスにこの気持ちを明かすわけにはいかない……」
シリウスは知らない。ユティーナを意識すらしていないのは、目に見えて分かっている。言ってしまえば、きっとこの関係は壊れてしまうだろう。ユティーナは、それがたまらなく怖い。だから、行動に移せない。今のままで、十分楽しいのだから。
ふんすっ、と気を引き締め、ユティーナは明日必要な小物を取り出し、部屋を出た。
部屋を出ると、シリウスは側近の共有部屋の椅子に腰かけていた。
「お待たせ、シリウス」
「いや、大丈夫。行こうか」
クリスティーネの部屋から出ると、シリウスはユティーナから荷物を取り、自身の腕を差し出す。
「へっ?シリウス……?」
「エスコート。去年もやっただろ?」
シリウスはニカッと笑った。
去年の講義での話をしているのだろう。お互いに相手がいなかったユティーナとシリウスは知り合いの方がいいだろう、という教師らの計らいの下、エスコートをしてもらった。だが、それとこれとでは大きな差である。
(あぁ、この人はもうっ!!)
ユティーナは口が緩みそうになるのを必死で抑え、笑顔を作る。
「……そうだね。ありがとう」
そう言って、ユティーナはシリウスの腕をとった。
(意外と固い。去年のときはもっと柔らかかったような……。あ、そっか。コリスリウトと訓練しているものね。あぁ、待って。駄目。そんなこと考えてたら、顔が赤くなっちゃうぅ……)
「……ユティーナ?大丈夫か?顔赤いけど」
「だっ、大丈夫!気のせいだよっ!きょ、今日はまだ残暑があるし!ね?」
「そ、そっか」
シリウスは微妙な顔をしつつも頷いた。ちなみに、現在の気温は夜ということもあり、それなりに低い。かなり苦しい言い訳である。
そうして、世間話を続けつつ、馬車にまでたどり着く。
ユティーナはシリウスに手を引かれ、馬車の中に入った。
「先にヴリーネ家に寄ってほしい」
「かしこまりました」
御者の人間にそう言うと、シリウスはユティーナを見て笑った。
「あ、そういえば、明日の話、決まったから報告しとく」
ユティーナはコクリと頷く。
「明日は、アダルベルト様、スウェート様、ミカエル様、クリスティーネ様の四人で平民街に降りるらしい。クリスティーネ様のお付きは私、ユティーナ、マルティオ、イディエッテだ」
「護衛はそれでいいの?」
「あぁ、私が代わり。コリスリウトとレニローネは城の準備に駆り出されるらしくて」
「そうなんだ」
ユティーナは驚きつつも、頷く。
(領主一族の方が平民街に行くなんて珍しいなぁ)
下級貴族でも、上位の貴族は平民街など足を踏み入れたこともないだろう。そういうユティーナも、行ったのは数回程度だが。
「あ、ついたよ」
「ほんとだ」
ユティーナは荷物を抱える。馬車が止まり、立ち上がった。
「今日はありがとう、シリウス。また明日ね」
「あぁ、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
ユティーナはふわりと笑い、馬車を降りた。
はにかみながら、想い人の乗る馬車を見送る。
「やっぱり、好きだなぁ」
そう思いつつ、ユティーナは自身の屋敷に帰った。
恋する乙女って可愛いよね。




