XLIV.リュネールナ・ショミトールは許さない
キードゥル85年5月
「お母様っ、どうしたら、いいのっ?お姉様が、おかしいのぉっ。どうしよぅっ!」
ショミトール家次女――すなわち、わたくしの娘、リーゼロッテ・ショミトールはひくっ、ひぐっ、と泣きながらわたくしにそう言った。
わたくしの名はリュネールナ・ショミトール。ショミトール家当主だ。
「大丈夫、大丈夫よ。リーゼロッテ、話してくれてありがとう。母親であるわたくしの責務だったのに。背負わせてしまってごめんなさい。後のことはぜーんぶ、任せなさい」
「お、お姉様はどーぉなるの?お姉様は――」
「大丈夫。わたくしが全部何とかして見せるから。リーゼロッテ、ありがとう。話してくれて」
そう言って、わたくしは笑った。
リーゼロッテのお部屋に行き、彼女を寝かせながらわたくしは思考を巡らせる。
……リーゼロッテは、イディエッテのために話を聞いた。母であるわたくしは?何もしていない。わたくしには何ができる?――後始末、ね。
「全部何とかして見せる」と言ったからには、母としての責務を全うしなければならないのだ。
◇◆◇
介添えの家である、ショミトール家。わたくし、リュネールナ・ショミトールはそんな家に生まれからには、介添えとなり、当主となるであろう兄や姉のための補佐を行うか、家の利益とするために他家の当主夫人になるのだろうと、漠然とした気持ちがあった。
それが、上級貴族として生まれた、自分の責務なのだろう、と。
だが、兄であるジェラード・ショミトールは他領の上級貴族の婿となり、残った姉――アイリス・ショミトールは領主の後妻となった。
……あの頃は、自分が当主になるだなんて、考えもしなかったわね。
けれど、今実際に当主となり、婿を取り、娘が二人。予想もしていなかったけれど、それなりに良い人生を送れている。
……絶対に、それを壊すわけにはいかないのよ。
わたくしはそう心に誓って、イディエッテの部屋へ向かった。
「早朝にごめんなさいね、イディエッテ」
「いえ……何のご用ですか、お母様?」
無表情のままに、イディエッテは首を傾げる。今ではこれが当たり前となっていたのだ。昔はこんな子ではなかった。
……それに気付かなかった――気付いてあげられなかったわたくしは母親失格ね。
それから、わたくしはポリマの方に目をやる。ポリマはわたくしの後ろにいる人物を見て、少しだけ眉をピクリと動かした。
「ごきげんよう、ポリマ」
「おはよう存じます、リュネールナ様」
鋭い眼光を持つ女性だ。傍から見れば、睨んでいるように見えている。
義妹であり、実の従妹でもあるスピカとは似ても似つかない。
対照的に、スピカはいつも優しく微笑んでいる女性だ。その場を和ませる力がある。
「イディエッテと話がしたいのよ。後で貴女も呼ぶから、少しだけ待っていてくれる?」
「この家の者はそればかりですね。昨夜もリーゼロッテ様が同じようなことを言いましたよ。本当に……似ていらっしゃることで」
「あら、そうだったの?知らなかったわ」
嫌味を軽く受け流し、ポリマを追い出すようにお部屋の外に出した。
「運んでくれてありがとう、貴女も」
「承知の上でございます、リュネールナ様」
そう言って微笑んだのはスピカ。わたくしのお部屋からイディエッテのお部屋に来るまで、これを運んでくれていたのだ。
「わたくしも失礼いたしますね」
そう言って微笑み、スピカはお部屋を出ていく。
「お母様、どうぞ」
イディエッテは自分が座っている方と反対の位置にある椅子を勧めた。
わたくしは礼を言いつつ、その椅子に座る。スピカに運ばせていた魔術具を机の上に置いた。
「貴女には、これを使ってほしいの」
「これ、何ですか?」
「……魔力属性を図る魔術具よ」
わたくしは笑顔で嘘をつく。本来は使用された者に魔法がかけられているか、を調べる魔術具だ。ちなみに、イディエッテの魔力は風。イディエッテが幼子のときに調べたのだ。基本的に、魔力属性は三歳から五歳くらいのとき、そして、貴族学院一年生の魔法の講義で行われる。
イディエッテは疑うこともなく、素直に手を入れ――ようとした。
その時だ。扉がノックもなく開いたのは。
「わたくしも、立ち会わせてくださいませ、お母様、お姉様」
リーゼロッテだ。息を切らしているから、急いできたのだろうか。昨夜泣きながら寝ていたので、スピカには起こさないようにと言っていたのだ。準備を終えてからすぐにやってきたのだろう。
「いいわよ。どうぞ」
わたくしはそう言って微笑む。後ろでスピカが慌てていたが、スピカにも微笑みを返しておいた。
イディエッテが席を勧めると、リーゼロッテは空いていた最後の椅子に腰を下ろす。
リーゼロッテには、イディエッテに例の魔術具を使うことをすでに話してある。
「イディエッテ、台の上に手を」
イディエッテはコクリと頷き、魔術具の台に手を乗せる。
すると、半透明だった魔石から黒い光が発せられた。
……やっぱり。
「……貴女の魔力は風ね。とっても、武官向き」
「ほんとう?……やった」
イディエッテは少しだけ俯いて口角をあげる。
わたくしが見たい笑顔はそれではないのだ。もちろん、イディエッテが笑ってくれることは素直に嬉しい。でも、感情をもっと表に出して、声をあげて、心から笑ってほしい。
貴族としては失格だ。でも、そうあってほしい。
まだ子供だ。されどイディエッテは上級貴族の娘。いつか感情を隠さなくてはならない日が来る。だけど、その日が来るまで、イディエッテにはたくさん笑っていてほしいのだ。
……だから、わたくしは、貴女を許さないわ、ポリマ・バーリ。
次のお話で、ショミトール家のごたごた過去話は終わるつもりです、多分。




