XLIII.リーゼロッテ・ショミトールは何もできない
キードゥル85年4月
「ねぇ、リーゼロッテ。イディエッテは何が好きだと思う?」
わたくしの名前はリーゼロッテ・ショミトール。ショミトール家の次女です。
そして、わたくしにそう問うたのはリュネールナ・ショミトール。お母様です。
「しょっぱいもの、でしょうか?」
「……」
わたくしがそう言うと、お母様は固まってしまいました。
「……ごめんなさいね、わたくしの言い方が悪かったわ。イディエッテの好きなこと……ものや人っていうよりかは遊びかしら」
「お姉様の好きなこと……」
わたくしは少し考えてお母様を見ました。
「お姉様は外で遊ぶのが好きです」
「そうね。あの子は屋敷の中より外の方が好きね。それじゃあ、リーゼロッテが好きなことは?」
「わたくしは……いつもの実技、好きです」
わたくしが少し笑ってそう言うと、お母様も笑って「そう」と頷きました。
「イディエッテにはね、好きなことをさせようと思うの」
「……その方がいいと、思います。わたくしだけ、好きなことをするのは不公平、だから」
「……よく言ってくれたわ。リーゼロッテは優しい子ね」
そう言って、お母様はわたくしの頭を撫でました。
お母様が撫でてくれるの、すごく好き。
……でも、お姉様の方がもっと、もーっと優しい。
◇◆◇
「リュネールナ、話はまとまった?」
「えぇ、問題ないわ。イディエッテの希望も聞けたし。良かった」
オズワルト・ショミトール――お父様の問いに対してお母様はそう言って微笑みます。
……きっと、お姉様が武官になること、決まったんでしょうね。
お姉様が楽しく生きられるなら、それが一番ですから。
今、お姉様は黙々と食事をしています。その表情は無。何も感じていないようにすら見えました。
……昔はもっとお喋りだったのに。
お姉様やわたくしに家庭教師――スピカとポリマが付く前はもっと楽しくはしゃいで、感情が表に出ていました。
「ポリマには何か就職先を紹介してあげた方がいいかしら」
「そうだね。イディエッテもその方が安心だろう?」
「はいっ、いいところを探してほしいです」
お姉様は少しだけ口角をあげてそう言いました。それに対してお父様は「分かったよ」と頷きます。
……きっと、ポリマのことが大好きなんでしょうけれど……。
「お姉様、夕食の後、時間をくれますか?」
「……?いいけど、どうしたの?」
「お話があるのです」
お姉様は最後まで無表情に首を傾げていた。
……昔なら……。
――『なになに!?リーゼロッテ、教えてよぉ』
きっと、きっと……楽しそうに笑って、そう言ったでしょう。
そうして、夕食を終え、湯浴みを済ませます。わたくしはお姉様のお部屋に向かいました。
「スピカはここで待っていてください」
「……なぜですか、リーゼロッテ様?」
「秘密だからです。……人払いというやつよ」
スピカは不服そうに「困ったお方」と言って笑いました。
それから、扉を開け、ふわりと微笑みます。
「どうぞ」
「えぇ、ありがとう、スピカ。……失礼いたします」
わたくしはお姉様のお部屋に入りました。
お姉様は丁度湯浴みから出てきたようです。淡い紫で長袖の寝間着を着ています。
「あ、来たんだ。髪を乾かしながらでもいい?」
イディエッテは首を傾げる。
「いいえ、わたくしが乾かしましょう。今夜は二人きりでお話がしたいのです」
わたくしはお姉様に微笑んだ後、ポリマに目を向けました。
……スピカはともかく、ポリマは信用できません。
「ポリマ、人払いを」
わたくしは真っ直ぐポリマを見つめ、ポリマはニコリと微笑んだまま、ピクピクと眉をふるわせました。
「もう一度言いましょう。ポリマ、人払いを」
「……かしこまりました」
ポリマは椅子にタオルをかけ、お部屋を出ていきました。
「それで、話って?」
お姉様は首を傾げました。わたくしはタオルを手に取り、お姉様の紫の髪を手に取りました。
「ポリマ、ここをやめることになるんですね」
わたくしは当たり前のことから、そう言い始めました。
なのに、お姉様はわたくしの言葉を聞いて、動揺したように紫の髪が揺れます。
「そう、だね。さみしいなぁ」
お姉様は目を伏せ、寂しそうに眉を震わせました。
わたくしは髪を少し分け、背中を見つめました。お姉様には気づかれないように、手は動かします。
そこには、赤色や青紫色の痣がありました。
驚いて、髪を拭いていた手を止めてしまいました。
「リーゼロッテ?」
お姉様が軽く後ろを振り向いて、首を傾げました。
「お姉様はポリマのこと、好きなんですか?」
「うんっ、先生はね、凄いんだよ」
お姉様は少しだけ口角をあげてそう言いました。傍から見ていれば、幼いながらも完璧な淑女の微笑みに見えたでしょう。
……でも、お姉様がこんな風に笑うようになってしまったのは、また別。
「お姉様は、なんでポリマを『先生』って呼ぶんですか?」
「え……?先生は先生でしょ?リーゼロッテも、最初はスピカのこと、先生って呼んでたし。なんで最近変えたの?」
お姉様は純粋な目でこちらを見て、首を傾げます。
「それはわたくしたちの教育課程によるものですよ、お姉様」
「え?」
お姉様は眉を下げて、動揺していらっしゃるように見受けられました。
「わたくしたちは介添えとしての教育を受けていますけれど、アイリス伯母様がレトルート伯父様のお子を産み、わたくしたちはアレクサンド家と並ぶ領主一族の親族なのです。当然、それ以前に上級貴族としての振る舞いも求められます。なので、スピカやポリマには教育課程として、『主と介添え』の形として接するようにと命じられているのです。わたくしは実際に拝見しましたので、嘘ではありません」
「そ、それは……い、行き違いがあったのかも……」
「そうですね。ポリマはなんとでもいい訳ができるでしょう」
……お姉様を言葉で傷つけたくありません。でも、身体を傷つけられてほしくもありません。
「その傷は、誰にされたものなのですか?」
「……っ!」
お姉様は黙ったまま、桃色の瞳だけを大きく開きました。それから、唇をキュウと引き結びます。
これだけは、何も言い逃れができない事実です。
「せんせいは、わるくないの。わたくしが、わるいから。わたくしが、ばかだから、なの。せんせいはわるくない。せんせいは、わたくしをいためつけたいわけじゃないのよ。わたくしがわるいから、せんせいはわたくしにばつをあたえるの。そうなんだよ、りーぜろって。ね?だから、せんせいはわるくない。わたくしがばかだから、しかたがないんだ」
……これ、おかしいです。
お姉様はこんなこと言いません。こんな風に言いません。
「……何かが、おかしい」
「ね?わかってくれたでしょ?せんせいはわるくないって!」
お姉様は最近見たことがないほどに笑っていました。
嬉しいことのはずです。貴族としては駄目なのかもしれないけれど、お姉様が心から笑ってくださることが。わたくしには、その笑顔に怖い、と思ってしまったのです。
子供のわたくしではどうにもできないのです。無知なわたくしではきっと、どうにもできないのでしょう。
……悲しい。わたくしには、何もできない。
こうなったら、お母様に相談するしかないでしょう。
「……お姉様、この話はまた」
「そっか。じゃあ、また明日」
お姉様はまたいつもの無表情に戻って、そう言った。
「はい、また明日。おやすみなさいませ、お姉様」
……わたくしには大人を頼ることしかできないんだわ。
それでも、お姉様のためにできることは全部したいのです。
「お母様っ!」
前回の投稿で333pvをいただきました!本当にびっくらこきました。ちょっと泣きました……。
ありがとう存じます。
これからも、クリスティーネたちの復讐までの物語を見守っていただければな、と思います。
感想、リアクション、ブックマーク、評価などなどじゃんじゃんお待ちしております!レビューも書いてくれると嬉しいな。
では、また次のお話で!




