XXXVIII.フェルーネの死について
キードゥル93年8月
「それで、何の話だい?」
「エミリエールが第二領女、フェルーネ・エミリエールについてお聞きしたいです、お兄様」
ミカエルは衝撃を受ける。そして、指を組み、そこに頭を乗せた。
「これまで、クリスティーネが何も言わなかったから、もう知っているのかと思っていたんだけど……でも、そうだよね。クリスティーネはその時、生きていないんだった。クリスティーネはどこでその話を?」
「……先日、エミリエールの第六領養女、アリスフィーヌ様にお聞きしました」
ミカエルは「エミリエール」という言葉に、ピクリと眉を顰める。
「その方と、前世の時点で面識はあったのかい?」
「いいえ、会ったことはありません」
クリスティーネはアリスフィーヌの姿を思い出す。金髪に、青緑の瞳。そして、少し太めの眉が特徴的だった。
……記憶には、ないんですよね。誰かに似ているとは思ったんだけど。
「……そっかぁ。で、どんな人物だった?」
「個人的には、トーマスお父様――いえ、前領主や現領主、そして、現領主夫人の影響はあまり受けていないように見受けられました。おどおどしている様子だったので」
クリスティーネは「演じている場合は分かりませんけれど」と付け加える。
「分かった。……それで、フェルーネ・エミリエール様について、だったよね?」
「はい、アイシェとしての姉です。当時生きていた家族の中では、唯一わたくしの味方として戦ってくれました」
クリスティーネは思い出して、泣きそうになる。ミカエルは「そっか。慕うのも当然だね」と軽く笑った。
未だに信じられないのだ。水色の髪を揺らして、琥珀色の瞳を細めて笑う、アイシェの姉――フェルーネ・エミリエールが、もうこの世界にいないことが。
……お姉様、どうして……?
「お兄様、お姉様のこと、何でもいいんです。教えてくださいませ」
「……第二領女、フェルーネ様が亡くなった、という話を受けたのは、キードゥル82年9月のことだ」
「……アイシェの死刑報告ではなく!?」
驚くクリスティーネにミカエルは頷く。
基本的に、領主一族の死の知らせは約二週間で他領へ広がっていく。
エミリエールの隣の領地であるヒサミトラールは過去の歴史からも対立している。そのため、そういった知らせが来るのも遅い。大体三週間後だ。
「そうだよ。……君の方は9月の上旬くらいには、知らせはあったからね」
……わたくしが死んでから、すぐじゃない!
知らせから逆算すれば、大体亡くなった日付を割り出せる。
おそらく亡くなったのは9月の初めだろう。
「死因はどのような発表でしたか?」
「病死だと伝えられたよ」
え、とクリスティーネは思った。
当時は流行病が流行っていたわけでもないし、フェルーネは元々病弱だったり、持病を患っていたわけでもないのだ。
……ということは、マリナたちがお姉様の死に関与していて、それで中央部や他領への報告に嘘をついてる?
クリスティーネは想像力を働かせ、必死に考えた。
「クリスティーネ、大丈夫?」
ミカエルは声をかけるが、考えているクリスティーネの耳には届かない。
……それとも、お姉様がいることが不都合になったりして、幽閉されて勝手に死んだことにされている?それを確かめるすべはあるかしら?……前世のことを知っていて、かつ、捜査をお願いできる人物……。
そんな人、いるだろうか。捜査のお願いはともかく、前世のことを全て知っている人間なんて、目の前のミカエルしかいないだろう。
……ん?ちょっと、待って。あの子なら!
やっと、希望が見えてきた。
――どうか、お姉様が生きていてほしい。今は、それだけを願う。
「お~い、クリスティーネ?」
「……!!お兄様っ、どうかしましたか?」
何十回目かの呼びかけで、やっとミカエルの声はクリスティーネの耳に届く。
「どうかしましたか?……じゃないよ。何回も呼んでたんだよ?それなのに、急に黙ってさ……」
「あ……申し訳ありません」
クリスティーネは項垂れる。人の話を聞かず、無視していたなど、なんて最低な行為だろうか。
「……いいよ。クリスティーネなりに、希望があったみたいに見えるからね」
「え……そう見えましたか?」
「うん、すごく希望に満ち溢れてる。言えないことなら、また今度教えてくれたら嬉しいな」
そう言って、ミカエルは笑った。
……あぁ、優しいなぁ。お兄様、本当は聞きたいはずだし。それに、わたくしが言ってもいいことだと思ったら、絶対に言わせるはずだし。
「はい、ありがとう存じます。いつか、絶対に」
クリスティーネはそう言って微笑む。
「これで、お話は終わりです。お兄様から何かございますか?」
「ううん。特にここで話すようなことはないかな。それじゃあ、解除するからね」
クリスティーネは「はい」と頷く。
淡く藤色に染まった魔術具を合わせると、再び青色に戻った。
「……レンリトル、話は終わったよ」
「イディエッテも、護衛お疲れ様です」
ミカエルとクリスティーネはそう言って、レンリトルとイディエッテを労った。
「いえ。お疲れ様です」
「大したことは」
レンリトルはニコリと微笑んでそう言い、イディエッテは無表情なままにそう言った。
「じゃあ、これから、次の休憩地までお喋りしておこうか?」
「そうですね」
クリスティーネも頷く。
今、馬車を止めて、ミカエルと別れることもできるが、時間がかかるし、後ろの領地に戻る貴族たちにも迷惑になる。やめておいた方が無難だろう。
「……クリスティーネ様、コリスリウトの様子はどうなのでしょう?」
「コリスリウトですか?とても良く仕えてくれていますよ。武官主任も務めてくれていますし、他の側近仲間とも仲が良さそうです。ね、イディエッテ?」
「はい」
イディエッテもコクリと頷く。
そんな二人の様子にレンリトルも安堵したように微笑んだ。
「そういえば……イディエッテ嬢はリーゼロッテ嬢という妹君がいらっしゃるのですよね?」
「……」
「私には、リュードゥライナ様と同い年になる妹がいるのです。ですが、努力をするのはいいのですが、頑張りすぎているようで……。妹との接し方に何か助言をいただけませんか?」
イディエッテはしばし固まった後、ゆっくりと首を傾げる。
「頑張ることの何が問題なのですか?」
「え……?だから、無理をしては、体を壊してしまいます」
「そのようなことは聞いたことがありません。そのようなものなのでしょうか?わたくしも、リーゼロッテも体を壊したことがないので、よく分かりません」
……イディエッテが、長文を喋っているところ、初めて聞いたっ!
クリスティーネはほのぼのと嬉しい気持ちになる。
だが、反対にレンリトルやミカエルの方は困惑していた。
「それに……やりたいことや、目標があった場合に努力をするのは当然なのではないですか?リーゼロッテは試験前日の夜はもっと夜更かしをしていると聞きますし、わたくしも武官の実技試験の前日は中庭で素振りをしています」
イディエッテは、さも当然のことを言うかのように言い放った。イディエッテの桃色の瞳は嘘を言っているようには見えない。
「そ、そう、ですか……。ミカエル様は、何かありますか?」
……え!?お兄様に聞くのですか、レンリトル!?
「う~ん、そうだね。確かにクリスティーネは頑張りすぎるところがあるからなぁ」
「そ、そんなことないと思いますよ……?」
……領主一族として、普通の範囲内ですっ。断じて、イディエッテのような無自覚な無理もしていません!
無論、クリスティーネの普通は領主一族にとっての普通ではない。
「クリスティーネ」
ゆっくりと、穏やかな声でミカエルはクリスティーネの名を呼ぶ。
「陰十一の刻には寝るように。ね?」
クリスティーネの普段の就寝時間は零の刻。それより一つ分の刻早めなければならない。
クリスティーネは具体的な指示にはほぼ確実に従ってしまう、弱いところがあった。
次は、ある人物にお願いをしにいきます。




