XXXVII.転生者の話と出発
本日は二本投稿しているので、こちらから読もうとしている方は <前へ ボタンをお押しください。
キードゥル93年8月
「ユティーナ、今日は早めに休みます」
夕食や湯浴みを終えた頃、クリスティーネはユティーナにそう告げた。現在時刻、陰九の半刻である。
「ほ、本日は、読書、なさらないんですか?」
「えぇ、明日は早いでしょう?ユティーナも、早めに休んでくださいね」
「はいっ、お気遣いありがとう存じます」
ユティーナははにかむように笑った。貴族のような微笑みではない、心からの笑顔。クリスティーネはその笑顔が好きだ。
「では。クリスティーネ様に〈夢の女神〉シュラーレゼヌの良き眠りと夢があらんことを。
おやすみなさいませ」
「えぇ、おやすみ、ユティーナ」
クリスティーネがそう言って微笑むと、ユティーナはベッドカーテンを閉める。
……暇つぶしに本を持ってきておいて、良かったわね。
クリスティーネは毎夜、半刻ほど読書をしている。
もちろん、好きな物語も多いが、試験前は参考書。他国についてや気になった魔獣、魔草についてなどかなり多岐にわたって読んでいる。
今回の本は物語だ。精霊使いと精霊の冒険記。面白くて、毎夜側近たちから止められるまでずっと読んでいる。
クリスティーネはベッドカーテンを開け、寝そべっていた形から座る体制になる。
腰まで伸びる銀髪は邪魔ではあるのだが、勝手に結うと、跡がつくと怒られるので結わないでおく。
しばらく読んでいると、控えめにノックの音が部屋に響いた。
「失礼いたします、クリスティーネ様」
そう言って、ラナは静かに部屋に入ってくる。湯浴みを終えてからやってきたらしく、ネクリジェと薄い肩掛けを羽織っている。
「こんばんは、ラナ」
クリスティーネは本をパタンと閉じ、スリッパをはいて立ち上がった。
「ラナ、どうぞ座ってくださいな」
テーブルの前にある椅子に座ったクリスティーネは目の前の椅子を勧める。
ラナはおずおずと指定された椅子に座る。基本的には主と側近が座って話をすることは少ないからだろう。
「お話とは何でしょう?」
「……ラナはわたくしたちに正直にお話ししてくださったので、わたくしも少しはお話した方がいいかと思いまして」
……ここで話すのは全てではない。全部を打ち明けてしまえば、ラナをずっと縛ってしまう。背負わせてしまうのはわたくしの望むところではないもの。きっと、墓場まで持って行かなくてはならない秘密になるだろうから。
「……わたくしは、ある理由からエミリエールへの復讐がしたいと思っています」
「え……?」
ラナは驚きのあまり固まった。
「どういうことですか?」
「理由にはついて話す気はありません。全て話してしまっては貴女を離してあげられなくなるでしょうから」
「わたくしは、どこまででも貴女についていきたいと、仕えていきたいと、そう思っています」
……これを言うのは、きっと意地悪。
「でも、わたくしが他領に行ってしまえば難しいのではないですか?」
クリスティーネは穏やかな表情でそう言った。
さも、それが当然であるかのように。
「そ、れは……」
……だって、妹君や父君のことを考えれば、ラナがヒサミトラールから出ることはないでしょう?
「ですから、今言う気はありません。ですが、ラナを信用していないわけではありません。信頼していますし、尊敬もしていますからね」
ラナは腑に落ちない顔をするが、クリスティーネにとってはこれだけ譲れないのだ。
クリスティーネは深呼吸をして「もしかしたら、〈運命の女神〉にもう定められているかもしれませんけどね」と付け加える。
「それで、話は戻りますけれど……わたくしは、エミリエールに復讐がしたいのです。それと、わたくしは、レヴェッカとルードルフのことは知っています」
……ただ、レヴェッカとルードルフは知ってるんだけど……イグニスさんは知らないんだよなぁ。
レヴェッカはアイシェの側近だったし、ルードルフはレヴェッカの兄であり、マリナの側近だった。
だが、イグニスだけは分からない。聞いたことのない人物だった。
「クリスティーネ様は……一体、何者なんですか?」
「……では、一つだけ」
クリスティーネは口角をあげ、唇に人差し指を当てる。
……これくらいなら、言ってもいいかな。
「わたくしは、前世の知識を持った転生者です」
それの笑顔は、ラナが思わず頬を染めてしまうような艶めいた笑顔だった。
◇◆◇
「おはよう存じます、クリスティーネ様」
「んー、ん。おはよぉ、リーゼロッテ?」
リーゼロッテは「はい、おはよう存じます」と言ってニコリと微笑む。
内心、可愛いと思っているのは言うまでもない。
しばらくして、朝の準備を終え、寮の外に出てきた。
馬車の確認をしているミカエルが見える。
「あぁ、おはよう、クリスティーネ」
「おはよう存じます、お兄様」
金髪を揺らしてミカエルは微笑む。
「ちょっと待っていてね。あの馬車で最後だから」
ミカエルはそう言って、馬車の確認をする。
「それで、何かあったの?」
……わたくし、話がある、なんて言ったかしらね。お兄様はわたくしを理解しすぎだわ。
「馬車で、二人きりでお話をさせてくださいませ」
「二人、かぁ……」
ミカエルは「うーん」と言って渋った。
「駄目ですか?」
「……いや、駄目ではないんだけどね?護衛の面がなぁ……最低でも、二人くらいは武官を入れるべきなんだ。何かあったときからでは、遅いから」
ミカエルのその言葉にクリスティーネも「うーん」と考え始める。
盗聴防止用の魔法石は範囲の指定ができるが、正方形の形を変えることはできない。
「……その」
後ろに控えていたミカエルの武官はスッと手を挙げた。サミュエル・トローストだ。
「これを、お使いになられますか?」
そう言って、サミュエルは内ポケットから小さな魔術具を二つ取り出す。その魔術具には、青の魔石がはめ込まれていた。
「ん?これ何、サミュエル?」
ミカエルはサミュエルから魔術具を受け取り、光に透かして見る。
「最近、中央部の文官から買いました。少し前から中央部で流行っている魔術具だそうです。範囲指定ではなく、魔力でつながれた所持者だけが連絡を取り合えるのだとか」
「なるほど……これ、借りていいの?」
「はい、ミカエル様とクリスティーネ様になら」
そう言ってサミュエルは頷く。ミカエルは穏やかな顔で「ありがとう」と笑った。
「それでは、出発しようか!」
ミカエルは高らかにそう宣言し、馬車に入る。同じく、馬車に乗ったのは、クリスティーネ、レンリトル、イディエッテだ。
クリスティーネとミカエルはそれぞれ青の魔術具を握り、カツンと音を立てる。すると、青かった魔石が淡く藤色に染まった。
クリスティーネは真っ直ぐ、ミカエルは黄緑の瞳を見つめた。
「エミリエールが第二領女、フェルーネ・エミリエールについてお聞きしたいです、お兄様」
ミカエルは目を見開いた。




