XXXV.ラナ・ヴァソールはエミリエールを恨む 後編
ちょー長いです。配分へたくそでした。すみません。
※注意※
残酷な描写があると思います。苦手な方はお気を付けください。
キードゥル89年3月
「ふぁっ……」
わたくしはいつもより早めに目を覚ましました。いつもなら、陽六の刻くらいにシュミットが起こしに来るのですが、それより早いです。時計を見ると、陽五の刻でした。
ベットから起き上がり、棚から隠しておいた鋏を取り出しました。
……これは、弱いままでいないためだから。弱いわたくしへのけじめだから。
鏡の前に腰を下ろし、鏡に映る自分を見つめます。
同い年の女子と比べると高い身長。
成長の早い身体。
可愛げのない真っ直ぐ伸びた目つき。
父に似た群青色の瞳。
そして、胸のあたりまで伸ばした葡萄色の髪。
思い出されるのは、髪を結いあげているのにも関わらず、肩くらいにまで短く切られた母の葡萄色の髪。
「じゃあね、わたくしの髪」
そう言って、自分の髪に刃先を入れました。
◇◆◇
「失礼しまぁす……って、え!?ラナ様っ!?」
髪を切り始めてから約半刻後、シュミットがやってきました。
「あら、おはよう、シュミット」
わたくしは短くなった髪を揺らして、ニコリと微笑みました。
「え、あ、おはよう存じます。……じゃなくて!その髪はどうなさったんですかっ?」
……挨拶は素直に返してくれるのね。
「どう?似合うかしら?」
「いやいやいや!そういう話じゃなくてですね……」
「あ、髪片付けないと」
……何かしら、床に引いておくべきだったわね。
わたくしは椅子から髪を踏まないように立ち上がり、掃除道具を取りに行きました。
箒をとって、塵取りに髪を入れていきます。
「ラナ様っ!わたくしがやりますからっ、ね?」
「いいえ、わたくしが勝手に切ったのだし、やるわ」
「わたくしのお仕事ですっ」
「自業自得だから、いいわよ。他のことをやっていてちょうだい」
わたくしが頑なに譲らないでいると、シュミットは諦めたのか窓を開けに行ったりしに行きました。
……髪が短いと、軽くなるわね。すごく軽いわ。
一通り掃除を終え、朝の準備に入ります。
服を着替え、朝食をいただきました。
「ラナ様、なんでそんなことをなさったのですか」
「……シュミット?」
悲しいような寂しいようなそんな顔をするシュミットにわたくしは驚きました。
「ラシェル様は、貴女の髪が好きでした。何故、その髪を切ったのですか?」
「……」
……確かに、そうだった。
お母様はわたくしの髪を撫でたり、結ったり、編んだりするのが好きでした。
「……確かに、そうね。お母様はわたくしの髪が好きだった」
……そして、わたくしはお母様に髪を撫でられるのが好きだった。
「これは……この髪はわたくしが、ちゃんとするため」
「ちゃんと、する……?」
シュミットは不可解そうに首を傾げます。
「簡単に言えば、お母様の真似ね。きっと、それ以外にもあるのだろうけれど、言葉にはしにくいわ」
「そう、ですか……」
朝食を食べ終え、わたくしはお母様のお部屋へ向かいました。
「失礼いたします」
中には、お父様とジョセフが既にいらっしゃった。
……懐かしいお部屋。
中には椅子が三つ。二人共、用意された椅子に座っています。わたくしも、空いていた椅子に腰を下ろしました。
「おはよう存じます」
「あぁ、おはよう。……ラナ?」
「おはよう存じます、ラナお嬢様。……って、え?」
わたくしの髪を見て、二人が目を真ん丸にさせました。
「髪、切ったのかい?」
「はい、似合うでしょうか?」
「とてもお似合いですけど……。なんで急に?」
首を傾げる二人に、わたくしは「秘密」とニコリと微笑みます。
「早速ですが、始めてしまいましょう、お父様」
「そうだね。ジョセフ、魔術具に手を入れておくれ」
ジョセフは頷きます。
「あ、そうそう。その前に、その魔術具は罪人に使うことを前提として作られているんだ。だから、手を入れると、自動的に拘束される。気を付けてね、ジョセフ」
「承知いたしました、旦那様」
ジョセフは魔術具に手を入れました。
すると、ガシャッという音を立てて。ジョセフの手首を拘束しました。
「……ん、ぁ、れ?眠気、が」
「抗わず、眠りなさい」
「は、い。だんな、さ……」
ガクンと重力に従ってジョセフは下を見ました。
「では、お父様。わたくしたちも」
「あぁ」
お父様は頷き、わたくしたちは杖を出しました。
それから、できるだけ最小の大きさにします。大体、手首から肘くらいまでの長さです。
杖を魔術具に触れさせました。
「絶対、生きてここで会うんですよ」
「あぁ、そうだね。ラナも、ちゃんと生きているんだよ」
お父様とわたくしは笑った姿をお互いに見て、意識を暗転させました。
◇◆◇
『キードゥル89年3月24日の記憶を、ここに示せ』
真っ暗の中、お父様の声だけが響きます。3月24日はお母様たちが帰ってくる日です。
しばらくして、小さな光が出てきました。やがてそれが、目を閉じないといけないほどの眩しさになります。
目を開けると――
……馬車の中だわ。
横を見ると、お父様がいました。わたくしたちは、今この記憶と隔絶された場所にいるのです。空間での存在はしているけれど、何にも触れられません。
ジョセフは起きて、朝の準備を始めているところでした。
『お父様……』
『うーん、ここの記憶は少し飛ばそうか』
『……日付続行 陰三の刻の記憶を、ここに示せ』
そうして、また光が大きくなりました。
次の場面は、馬車にちょうど乗り込むくらいの時間です。
「では、お世話になりましたわ。どうもありがとう存じました。同盟のお話は、ヒサミトラールに持ち替えさせていただきます、とエミリエール領主にはお伝えください。エーデル当主」
「はい、ではどうぞお気をつけて、ヴァソール当主夫人」
紺色の髪に金の瞳の男性に見送られ、お母様は馬車に乗り込んでいきます。
「ジョセフ、出してちょうだい」
「かしこまりました、奥様」
そう言って、馬車は出ました。
そうして、屋敷を出て、しばらく経ち、森に入った頃でしょうか。
ガタガタッ、そんな音が後ろから聞こえ、馬車が軽く揺れます。
ジョセフは心配そうに後ろを振り向いて、お母様に声をかけました。
「奥様~、何かあったんですかっー?」
「……何でもないわっ!ジョセフ、このまま走行を続けなさい!」
大きな声でそう言うお母様の声が聞こえました。
「そ、そうですか……」
ジョセフは不審に思いながらも走行を続けました。
『中、入ろうか』
隣にいたお父様にそう言われて、わたくしは意を決して中に入りました。扉は開けていません。触れられないので、扉をすり抜けて中に入りました。
「あぁ、最悪ね。こんなことなら、領主に護衛でも付けてもらえばよかったわ。……ま、後悔しても、今更よね」
お母様は刺客に襲われていた。
『お母様っ!』
『ラナ、無理だ。干渉はできない』
悲痛な声で叫ぶわたくしに、お父様は悔しそうな顔でわたくしを止めました。
刺客は三人。黒ずくめの男と女です。男は剣を、もう一人の女は杖を握っています。もう一人の女は特に何も持っていないようです。
剣の男がお母様に襲いかかりました。
「スバーデ!」
お母様は咄嗟に杖を剣に変え、相手と刃を交えます。
「くっ……」
でも、女性であるお母様が男の力には叶わず、受け流すだけで精一杯となります。ですが、受け流した剣の刃先がお母様の顔に当たります。
頬から血が流れました。
「あ……」
お母様は目を見開きます。
後ろに待機していた女が杖を構えたのです。
「カルス・マーギッシュカフ」
杖から白い光が打ち出され、お母様は避けることもできず、直に当たってしまいました。
……お母様っ!!
「ヒュー、ヒューッ」
服は破れ、胴体にはところどころ穴が空くという悲惨な状態でした。
「ゲホッ、ゲホッ」
お母様は咳き込むと同時に、血を吐きました。
こんな状況だったのに、わたくしは何もできませんでした。過去のことだからもう何も、してあげられないのです。
……なんて、残酷な。
その時、お母様は懐から何かを取り出しました。
「あら、何を見せてくれるの?ククッ」
今までただ傍観していた女はそう言って笑います。
お母様が取り出したのは、護身用の魔術具です。指輪の形になっていますが、あまり普段使いようではないので、いつも内ポケットに入れているのです。
「あ、まり、使いたくないのだけど、ね……」
護身用の魔術具はかなり規模が大きいものが多いです。
「ジョセフには……当てたくない、わね」
お母様は「でも……流石に、もう仕方ないか……っ」そう言って、指輪を右手の薬指にはめ、左手で押さえます。
「〈水の女神〉に感謝を」
お母様はそう言って笑いました。
すると、淡い水色だった魔石が濃い青色に変化して、大きく光りました。
「……わぁ、すごいね」
「ちょっと、どうするんですか。こんな膨大な魔法、わたくしは防げませんよ」
「いいや。アーシがやったげる」
何もしていなかった女は男女の前に立ちはだかります。
「うーん、イイね。素晴らしい。賞賛に値するよ、ラシェル・ヴァソール」
そうして、指輪の青い光はやがて大きな質量と魔力を含んだ水となりました。あの水は少しでも触れれば、魔力を吸い出されるものです。
女は右手を前に出しました。たった、それだけで――
防御魔法を展開したのです。
『え』
そんな意図しないで漏れた声は、お父様のものなのか、わたくしのものなのかは、分かりませんでした。
人間は詠唱をしないで魔法を使うことはできません。
それは、絶対的ルールですし、そんなこと不可能なのです。
それができるのは、精霊、または魔族、魔獣だけです。
……では、彼女は人間ではない?でも、精霊はもっと小さいものという記述があったはず。あんな、人間のような大きさになれるという記述はなかった。だけど、魔族であった場合、隣にいるあの男女はどうなる?通常であれば、殺されるはず。それに、魔族であれば角があるはずよね。
まぁ、今はいいでしょう。女の正体が何であろうと、復讐をするだけなのですから。
『どう、いうことだっ?』
お父様がそう呟きました。
自分の考えに没頭していたわたくしは戦いを見ました。
『え……?』
お父様が驚くのも無理はありませんでした。
お母様の指輪の魔法の方が魔力含有量は多いはず。なのに、女の方の防御魔法が勝っているかのように、完璧に水を防いでいるのです。
……おかしい。おかしいわ。
おかしいはず。なのに、予想とは裏腹に魔術具で作られた水は防御魔法に防がれ、魔力を消費したために、水の量は少しずつ減っていきます。
……なんで!なんで、なんで!!
「もー終わりぃ?はっやーい」
煽るように女はそう言いました。
でも、お母様はもう魔力量がほぼ残っていません。魔術具を起動するために、魔力を大量に消費してしまったのです。
女はまだ少し水が残っているのにも関わらず、防御魔法を消し、すぐさま次の魔法を行使しました。
火の魔法です。かなり高温なのか、水は一瞬で蒸発しました。
……変。本当に、変だ。
本来なら、一般魔法であっても、自分が持っている魔力が基本となっているので、火の魔力保持者は水の魔力保持者より不利になります。なのに、相手は水の魔力に対して、火の魔力の防御魔法で、水の一滴も触れさせなかったのです。
……圧倒的な、力の差。
女は全て蒸発した水を見て、体をクルリと回します。それと同時に火がボゥと消えました。
その時、バタリ。と音がします。
お母様は先程まで無理して立っていたのです。
「……あれマ、限界みたい」
コツコツと靴の音を立てながら、女はお母様に近付きました。
……お母様に近付かないでっ!
「わぁ、綺麗だね。キミの瞳。ほじくりだしてやりたいなァ」
そんな心の声も聞こえず、女はしゃがみ込み、顎を持ち上げます。
「じゃあ~~、お疲れ様デシタッ」
女は心臓に触れます。魔力の動きから心臓の熱が奪われていくのが見えました。
……命が、消えていく。
「オーワリッ!さ、御者の方、行かなきゃァ。ルードルフ、レヴェッカ」
「はい、イグニス様。我が主もお喜びになるでしょう」
「ウンウン、じゃ。ちょっと先に帰ってテ。アーシはやってくるから」
「はい、イグニス様。では、後は我が主に報告するだけですよね?」
男――ルードルフは首を傾げます。その問いに、女――イグニスは頷きました。
「そうだネ。あの子によろしく伝えといておくれ」
「かしこまりました」
「では」
ルードルフと、女――レヴェッカは馬車を降りていきます。
……名前は、覚えた。
レヴェッカの髪はサーモンピンク。ルードルフの髪は洗柿。イグニスの髪は、燃えるような赤。
髪も、声も、全部覚えましたからね。
「さ、後片付けの時間だ」
イグニスは馬車の扉を開けます。馬車はまだ走っているので、風がボーボー吹いているのですが、そんなことはものともせず、ふわりと浮き上がりました。
「え、あっ、はぁ!?あんた、誰だ!?」
「やぁやぁ、初めまして。名乗るほどのものじゃないのでね。キミが、ジョセフ君かな」
「なんで、名前知って……!?って、奥様は!?」
「言~わない」
イグニスは走っているのにも関わらず、御者の席に立ち、ジョセフの頭に触れます。
「キミは何も見なかった。何も聞かなかった。ただ、馬車を走らせていただけ。それと、馬車の後ろは気にしない」
そう言い、イグニスは立ち上がり、馬車から降りていきました。
◇◆◇
「カハッ」
急に記憶が途切れ、一気に疲労感がやってきます。
「あ、戻って、きたんだ……」
「ラナ、大丈夫かい?」
「お父様……はい。大丈夫です。お父様の方は?」
わたくしの問いにお父様も「大丈夫だ」と言って頷きます。
「ジョセフは……」
そう言って、わたくしたちはジョセフの方に目線を向けました。
手がピク、と動き、瞼がゆっくりと上がります。お父様はつけていたジョセフの拘束を解きました。
「ジョセフ、大丈夫かい?」
「あ……旦那様。はい、だいじょう……ゲホゲホッ、ゴホッ」
ジョセフは咳き込むと同時に血を吐いてしまいました。
「ジョセフ!?大丈夫っ?」
「魔力が、ほぼ……なく、て……」
そう言って、ジョセフは意識を失いました。
……かなりまずい状況だわ。
わたくしは外で待機していたシュミットに回復薬を持ってこさせて、ジョセフに飲ませました。
「ラナ様、ジョセフは大丈夫なんですか?」
「魔力過剰消費ね。回復薬の進行度合いによるでしょう」
そう言うと、お父様がジョセフを抱き上げました。
「あっ、旦那様っ、わたくしがやりますからっ」
「シュミット、君には難しいだろう。ラナの傍にいてやってくれ」
「……かしこまりました」
シュミットは渋々頷き、わたくしの目の前にしゃがみ込みます。そして、わたくしの手を取りました。
「落ち着いたら話してください。それまで、待っていますから」
シュミットはそう言って笑いました。
「……あまり、思い出したくないの」
「はい、そうですよね。分かっています」
「でもね、わたくしは……」
シュミットは微笑んで「何ですか?」と続きを促します。
「絶対に、復讐をします」
それだけは、この世の全ての神々に誓おう。
……わたくしは、お母様の仇を取る。取らなければならない。
◇◆◇
数日後。ジョセフの様子を診てもらうために呼んだお医者様――コリンネ・ライゼング様にジョセフを見ていただきました。魔術具使用後から、ジョセフは全く目覚めて居ません。
「ジョセフ殿は、もう……長くないでしょう」
コリンネ様は冷静に、でもきっぱりとそう言いました。
「……お母様に続き、下男のことまで……ありがとう、存じます」
「いえ……懇意にしてくださるのは嬉しいです。けれど、もう当分の間はわたくしが来なくてもいいようにしてくださいませ。願わくば、ヴァソール家に〈栄光の女神〉ウィートゥキャンデのご加護がありますように」
そう言って、コリンネ様は去っていきました。
……これでは、エミリエールがジョセフを殺したも同然だわ。
「おじょうさ、ま……」
「ジョセフ!?意識が……」
「お嬢、さまに、あなたの人生をこわすこと、は分かって、ます。でも……お、ねがい、します。絶対、あの人たちを――犯人を……殺して、ください」
「言われなくても、そうするつもりよ」
そう言って笑うと、ジョセフは驚いたような顔をしてから笑いました。
そうして、モーロ・ジョセフは、〈輪廻の双子神〉に会えたのだった。
嬉しかったことの報告
一回、忙しくて何日か、なろうを開いていなかったんですけど、先日久しぶりにみたら、ブックマークが増えてて、それになんと感想も書いていただきました!総合ポイントは34です!嬉しすぎてにやけが止まりそうにありません。
今読んでくださっているそこの貴方!ぜひ、感想、ブックマーク、評価、リアクションなどなどしていってくださいませ。
では、また次の話で!




