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XXXIV.ラナ・ヴァソールはエミリエールを恨む 中編

キードゥル89年3月


それから、翌日。わたくしは泣き腫らした目で布団を出ました。


「ラナ様、癒しをかけてもよろしいですか?」

「……えぇ、お願い。シュミット」


わたくしが頷くと、シュミットはわたくしの目の辺りにそっと右手を添えました。それから、目を閉じて詠唱を始めます。


「ラナ様に心を静める海のせせらぎを。〈水の女神〉ウォナルアーテに仕えし、〈海の女神〉シェルエナのお力を我に」


詠唱が終わると、右手がパッと光り、目の前が眩しくなります。そして、目の辺りの腫れぼったい感じがスゥーと消えていくようでした。


「ありがとう、シュミット」


それから、朝の準備を終えました。でも、今日はいつもの本を読む日課をする気にもなれず、わたくしは妹――ラシャーヌの子供部屋へ向かいました。


「……ラナ様。おはよう存じます。旦那様やジョセフから、お話は伺いましたわ。本当に……本当にお悔やみ申し上げます」


彼女はラシャーヌの乳母として雇っている、シュミットの祖母です。お母様が仕事に復帰するようになってから雇われました。実は、わたくしのことも見ていてくださったのも彼女です。


「えぇ……。ラシャーヌの様子は?」

「昨日は何があったのか、泣いてばかりでしたねえ。けれど、今日はご機嫌みたい」


ラシャーヌはキャッキャッと笑っています。青紫色の髪に、母に似た澄んだ勿忘草色の瞳。


……確かに、昨日はあまり機嫌が良くなかったわね。


昨日の朝に来たことを思い出します。そうすると、お母様の亡骸の姿まで鮮明に思い出されてしまいました。


「そう。良かったわ。また、昼食後に様子を見に来るわね。ラシャーヌのこと、よろしく」


彼女との会話をさっさっと切り上げてしまいます。

彼女のことが嫌いな訳ではないのです。むしろ、好ましく思っています。でも、このときばかりはここにいると、もっともっとお母様のことを思い出してしまいそうだったからです。


「はい。承りましたよ、ラナ様」


子供部屋を後にし、そのまま、お父様の執務室へと伺いました。


「お父様、おはよう存じます。入ってもよろしいですか?」

「あぁ、ラナか。どうぞ」

「失礼します」


お父様から許可をいただき、わたくしはお部屋に入りました。


「ジョセフ……どうしてここに?」


ジョセフの仕事は基本、井戸での水汲みと御者としての仕事。それから、たまにある重いものの荷物持ちです。

その仕事からあまり屋敷の中でも、お父様の執務室にやってくることはほとんどありませんでした。


「今日は私が呼び出したんだ」


お父様はそう言って、軽く微笑みました。わたくしは「そうですか」とだけ軽く返事をしておきます。


「……ジョセフ」

「はい、何でしょうか?」


ジョセフはいつも通りに微笑みます。


……ジョセフは優しいわ。


「昨日はあんなこと言ってごめんなさい。ジョセフが犯人でないことなんて分かっていたのに、混乱していたからと言って貴方に罪を被せようとするなんて……わたくしの失態です。本当に、ごめんなさい」


わたくしは深く礼をします。いつものよりもずっと深く、深く。


「そ、そんな。大丈夫です。お嬢様の年齢でこうやって、そのことを謝れるだけご立派ですよ」

「そんなことないわ。わたくしは――」


そのとき、パンッ!と音がしました。お父様が手をたたいたのです。


「ラナは謝った。ジョセフ、謝罪の気持ちだけでも受け取っておくれ。申し訳ないが、説明しなければならないんだ。ごめんね」




「ジョセフにはもう話したのだけど、ラナにも説明しよう。……これを使おうと思ってね」


お父様は執務机の棚から大きめなものを取り出しました。


……魔術具だわ。


全体的に黒い魔術具です。金属の部分は漆黒とは言わずとも、濃い灰色に。宝石の部分はもう黒曜石のようです。


……待って。これって……!!


「お父様、まさか、これをジョセフに使う気ではありませんよね?」

「……使うことにした。私も、反対はしたんだよ?だけど、ジョセフがそう言って聞かないんだ」

「ジョセフ、なんでっ……!?」


この魔術具は大罪人が、自白剤を使っても口を割らなかったときやもう少し正確に詳細な情報を知りたいときなどに使われるものです。使う方を使われる方も大量の魔力を消費します。それに使われる方はその後、五割ほどの確率で命を落とすのです。運良く生き延びられても、寿命をごっそり削られますし、錯乱状態になることだってあります。


それくらい、危険な魔術具なのです。


「お嬢様、私には記憶がありません。奥様を狙った輩が私の真後ろにあった馬車に乗り込んで行ったはずなのに」

「……それ、は」

「私は死んでも構いません。ですが、奥様の死因も犯人も絶対に、見つけ出していただきたいのです。そして、今ものうのうと生きている犯人に裁きを与えて欲しい」


ジョセフの真剣な濃紺の瞳に見つめられます。


「……そんなこと言われたら、断れないじゃありませんか」


わたくしは泣きそうなのを堪えつつ、ジョセフに向かって笑いました。


「……ふぅ。それで、お父様?」


わたくしはお父様にきっちりした顔を浮かべ、向き直りました。


「な、なんだい?」

「この魔術具、お一人で使うつもりではありませんよね?」

「え?……そのつもりだよ」


お父様は驚きつつも、真剣な目でこちらを見ました。


「わたくしもやります」

「は?……駄目だ。私が娘にそんな危ないことさせると思うかい?」

「お父様こそ、分かっていませんわね。これをお一人で使うことの危険さが分からないのですか?」


わたくしはお父様を睨むように見ました。お父様は「うぐ……」と何も言い返せないようです。

あまり言いたくはないけれど、実はお父様の魔力量はあまりありません。国内貴族は生まれたときには魔力測定が義務付けされていますが、お父様は当時上級貴族の基準を満たせず、中級貴族に落とされかけてしまったそうです。そこで、魔術師の名門であるお母様が嫁いできたのだとか。


「最近測った魔力量はいくつなのです?」

「う、うーん。258くらいだったかなぁ……。いつだっけ?あぁ、城に務めてからだ。二十の時だから、十年前かなぁ……」


お父様は思い出すように言う。

ちなみに、上級貴族の赤子の規定は230。中級貴族は150。下級貴族は80。領主一族は300。

わたくしの魔力は、お母様に似て多い。去年の四月、貴族学院で測った時は341だった。


「この魔術具の使用魔力量は300です。まぁ、それはなんとかなるでしょう。でも――」

「……そうだね」


お父様も同意している。

先程の説明通り、ジョセフにも大量の魔力消費があります。ということは、ジョセフの分の魔力も肩代わりしなければならないのです。孤児だったジョセフの魔力は50程度。

対して、消費魔力は450。わたくしを含めても、本当にギリギリ。


「わたくしを含めても、ギリギリなんとかなる程度。それなのに、お父様だけでやってしまっては、絶対に耐えられません。魔力過剰消費になって、死んでしまいます。……それと、これは、脅すようであまり言いたくないのですけれど、言わせていただきます。お父様がなくなった後、わたくしとラシャーヌが二人きりで生きていけると思わないでくださいませ」


その言葉にお父様は何も言わずに固まりました。


「お父様が〈命の神〉エードゥディンドの草刈りにされるくらいなら、わたくしがそうなった方がましです」

「そんなことはないっ!!」


お父様はガタンッと椅子から立ち上がって大声を出します。

ちなみに、〈命の神〉エードゥディンドの草刈り、とは寿命、老衰以外での死を表します。


「そんなことあるのですよ。家の大黒柱が折れてしまっては、ヴァソール家はもうおしまいですもの」

「ふ、ふふっ……」

「で、ジョセフは先程から何を笑っているの?」


ずっと気になっていました。先程からジョセフは口元を抑えて、クスクスと震えながら笑っているのです。


「い、いや、お嬢様と旦那さまが、言い争っているときの、奥様と旦那様にそっくりで……」


言いながらもまだ笑っているジョセフ。「うーん、まぁ、確かに……」とお父様も同意しました。


「こんな非常時に何を言っているの!」

「あ、表情も本当にそっくりで――」

「とりあえず!」


わたくしは、ジョセフの言葉にかぶせるように大声を出します。


「この魔術具はわたくしも使いますから!それは決定事項なので!!」


そう宣言すると、お父様とジョセフが一緒に笑い出します。




――「ラナも大きくなってきたし。わたくし、仕事復帰するわ!それは決定事項よ!!」


ラナは知らない。ラナの出産後にこんなラシェルの宣言があったことを。

次回、ジョセフの記憶を覗きに行きます。

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