番外編IV.一方その頃 リュードゥライナ視点
キードゥル93年8月
「お姉様は、こんなにきついことを行っていたのね」
重いため息をつく彼女はヒサミトラールが第三領女、リュードゥライナ・ヒサミトラール。
今、魔法の訓練をしている。姉――クリスティーネ・ヒサミトラールからの指導だ。まだ7月だが、まだ次の段階には進めていない。魔力を込めるのはなんとかできたが、魔力を抜くのが難しい。
エリザベッタはため息をつきつつ、リュードゥライナを慰めてくれた。
「あの方が規格外なのですよ。リュードゥライナ様が今こうやって努力している時点で、他の領主一族とは比べ物にならないくらいに成長すると思われます」
……それでは、駄目なの。わたくしはお姉様のようにならなくてはならない。でないと――
――「あの子」を救ってあげられない。
不思議と、いつもそう思う。よく分からない気持ちだ。あの子が誰なのかも分からない。不思議と、救いたいとそう思っている。
……それが誰なのか、いつか知れるでしょうか?
知りたい。それが誰なのか。
そして、できることなら、「あの子」を救ってあげたい。知りもしない子のために、変だろうか。
……でも、この気持ちは嘘じゃないんです。
「少し休憩にいたしませんか?」
イザべリアはそういう。イザべリアもまだ次の段階には進めていない。
エリザベッタに水筒を持ってきてくれた。
「ありがとう、エリザベッタ」
「ありがとう存じます、お母様……あっ」
「イザべリア?」
エリザベッタはニコリと微笑んでイザべリアを見る。
目が笑っていない。
……傍から見ているだけでも怖いのだから、イザべリアはもっと怖いでしょうね。
リュードゥライナは他人事のようにそう考えた。
「申し訳ありません……エリザベッタ」
「よろしい」
ツンとした顔をしてエリザベッタは頷く。
エリザベッタは仕事をしているとき、イザべリアに対して呼び捨てにするようにさせている。
イザべリアは意識していればちゃんと言えているのだが、こういうふとした瞬間に忘れているのである。
……まぁ、わたくしも、お母様をアイリスと呼びなさい、と言われたら驚きますし、嫌ですもの。
「次をやったら、城に戻りましょうか。まだお勉強が残っておりますし」
「えっ」
「……もうちょっとだけは駄目ですかっ?」
リュードゥライナは驚き、イザべリアはエリザベッタに交渉しようとする。
「二人まとめてしごいてあげます」
エリザベッタはニコリと笑顔でそう言った。
リュードゥライナは勉強が嫌いなわけではないのだが、応用が嫌いだ。最近は基礎固めを終え、応用問題ばかりやっているため、気が滅入っているのである。
イザべリアは得意科目と苦手科目の差が激しく、苦手科目ばかり勉強させられている。
つまりは、どちらも勉強がしたくないのだ。
……うぅ、どうにかして逃げ出したいです……。
「決定事項です。逃げられるとは、思わないでくださいませ?」
……怖っ!
仮介添えとは、皆こんな感じなのだろうか?姉の仮介添えだったフィルオーナ・シェジョルナは優しそうに見えた。
……エリザベッタの性格なのですね、きっと。
そうして、リュードゥライナとイザべリアはまた魔力をこめようとするも、魔力は離散してしまい、エリザベッタに連行された。
「お母……いえ、エリザベッタ、あの、もうすぐ貴族学院では夏季休みですよね」
「……えぇ、もうそんな時期ね」
「え!?お兄様とお姉様が帰ってくるのですか?」
リュードゥライナはパッと顔を輝かせる。
「はい、もうすぐかと。……あと、一週間もありませんよ」
……やった!
貴族学院がどんなものであったか、毎年聞くのがリュードゥライナの日課である。
まして、今年はクリスティーネからも話を聞ける。楽しみなことこの上ない。
「あっ、お母様!」
前から歩いてきた母――アイリス・リエ・ヒサミトラールに駆け寄る。
「おはよう存じます、お母様」
「……えぇ、おはよう、リュードゥライナ」
アイリスは弱々しい笑みを浮かべた。なんだか、顔色も悪いように見える。
……お母様、どうかしたんでしょうか……?
「お母様、何かあったんですか?」
「……そうね。貴女にも聞いてもらいたいわ。わたくしのお部屋に来てくれる?少しお茶をしましょう」
リュードゥライナはエリザベッタに確認をして、許可をもらった。エリザベッタは渋々、といった様子だったが。
リュードゥライナはアイリスに続いて、彼女の自室に向かう。
「これを」
アイリスはリュードゥライナを席に勧めた後、青と赤の魔法石を取り出す。
リュードゥライナに青の魔法石を渡した。二人は魔法石に魔力を込め、結界を展開させた。
……盗聴防止の魔法石。……そんなに重要なお話……?
リュードゥライナは思わず身構える。
「お母様、お話ってなんですか?」
「クリスティーネのことよ」
クリスティーネの名前が出てきて、リュードゥライナの心臓が跳ねる。
……どういうことでしょう?お姉様の身に、何かあったのかしら……っ?
「これを読んでちょうだい」
アイリスは木札を取り出し、リュードゥライナに手渡す。
いつも、ミカエルやクリスティーネは定期的に報告書を送ってくれる。お茶会や他領、試験の話など様々だ。リュードゥライナも読ませてもらっている。これも、報告書だろう。
「……え?」
リュードゥライナは報告書に目を通し、絶句した。
【ミカエル・ヒサミトラール
クリスティーネがエミリエールとのお茶会の後、倒れました。
相手は、アラン・エミリエール様。六年生の第六領子です。
今、一日が経ちましたが、まだ目覚めていません。
追記:クリスティーネが目覚めました。
ただの体調不良だと、クリスティーネは言っています。
アラン様とのお茶会は精神的なストレスがあったのかと思われます。
あの後、ノルシュットルの領主一族とお茶会に行きましたが、特に問題はなかったみたいです。】
……倒れたって……。
クリスティーネ・ヒサミトラールは元の身体は虚弱ではあった。だが、アイシェの魂が中に入った後は、体力を増やそうと努力し、普通の身体以上になっている。体調不良になんて、リュードゥライナの記憶上、なったことを見たことがない。
……もう、こんなに大きくなったのね。
リュードゥライナは心の中で首を傾げた。どうして、そんなことを思ったのだろう。誰に対して、そんなことを思ったのだろう。きっと気のせい。そうやって、自分の気持ちを封じ込めた。
だが、何となく。
――アラン・エミリーエル。聞いたことがあるのだ。とてもよく、日常的に聞いたことがあったはず。
「きっと、噂は広まるでしょうけど、一応は伏せておきなさい」
「分かりました」
リュードゥライナは「失礼しました」と言って、アイリスの部屋を離れようとする。
「リュードゥライナ」
自身の名を呼ばれ、リュードゥライナは振り返った。
「はい、お母様」
「クリスティーネのこと、心配するわよね。でも、心配しすぎて、貴女のことを顧みないのも駄目よ。ちゃんと、自分のことも考えなさい。クリスティーネが帰ってきたときに、いろいろ聞いてあげなさい」
リュードゥライナは驚いた。
確かに、リュードゥライナは一度考え出すと、一人でずっとため込んでしまうような人間だ。他人から、助けてあげないと、ずっと一人で。
アイリスはちゃんと、リュードゥライナのことを分かっている。
「何かあったら、相談しなさいね。わたくしは貴女の母親なのだから」
「……はいっ」
リュードゥライナは泣きそうな笑顔で頷いた。




