XXX.数時間の休息
日常回です。
キードゥル93年8月
「ん……あれ……っ?」
クリスティーネはゆったりと目を開く。
クリスティーネの声を聞いたフィリアーネが駆け寄ってきた。
「クリスティーネ様っ!目覚めたんですねっ」
フィリアーネは今にも泣きそうな顔をしている。クリスティーネはそんなフィリアーネに優しく微笑みかけた。
「お、はよう、フィリアーネ」
「はい、はい……!おはよう存じます、クリスティーネ様。すごく、すごく心配したんですからね!」
クリスティーネはゆっくりとした動きで、体を起き上がらせる。部屋の時計を見ると、陰一の刻だ。昼を回ってしまっている。
「そ、そんなに動いて大丈夫なんですか?一日半も眠っていたんですよっ」
フィリアーネは心配そうにそう言った。
……わたくし、一日半も眠っていたのね……。
驚いたが、体は絶好調だ。体が軽い。
「えぇ、大丈夫。それより、あの後のことを教えてもらってもいいかしら?」
「……かしこまりました。ラナを呼んできますね」
フィリアーネが少し部屋を出ていった後に、ラナを連れてすぐに戻ってくる。
「クリスティーネ様……とてもお元気そうですね。何よりです」
ラナはホッとしたように安堵の息をつく。ちなみに、フィリアーネは「他の側近たちにクリスティーネの目覚めを伝えに行ってきますね」と言って、部屋を出て行った。
「心配をかけました……わたくしが倒れた後のことを聞いてもいいかしら?」
ラナは「かしこまりました」と言って頷く。
「あの後は、大急ぎでわたくしが寮まで運び、事なきを得ました。……ですが、その後、噂が広まってしまったようで、クリスティーネ様がアラン様とのお茶会の後に倒れた、ということはかなり広まっています。それと、アラン様より、夏季休みでお茶会のお誘いがございます」
……情報量が多い!
ということは、きっとクリスティーネがラナに運ばれたところを見ている人物がいるのだ。なんてことだ。最悪だ。
しかも、またお茶会!アランは何を考えているのだろうか。
全てクリスティーネの自業自得だとわかっているから、仕方がないことだ。諦めるしかないだろう。
「お断りのお返事を書くべきでしょう」
ラナはきっぱりとそう言った。前回と違って、倒れたことを口実にすれば、断っても角はたたないだろう。
……でも、まだ他に聞きたいこともあったし。
「いいえ。お茶会のお話はお受けします。ただし、夏季休みではなく、休み前か休み後に指定してくださいませ」
「……本当によろしいのですか?」
「えぇ。お願いします」
ラナは渋々、といった様子で受け入れた。
その時、扉が開く。
「クリスティーネ様!」
「皆っ!」
側近たちの顔ぶれにクリスティーネの顔がパッと明るくなる。
「た、倒れられたと聞いたときは……本当に肝が冷えました」
「本当に。顔色が真っ青だと思ったら、倒れて……本当に心臓に悪かったですのですよ」
ユティーナの言葉にレニローネが同意した。
「……話は変わりますけれど、本日のジェラルド様とのお茶会はどうなさいますか?お断りすることもできますよ」
「あぁ……」
クリスティーネはしばし考える。その時、ユティーナがもじもじしながら言った。
「あのぅ……そのぅ、本日って、また図書館でのお茶会です、よね?本日は、その、休館日、なのでは……?」
……そういえば、そう、だった……!
実は、毎年の夏季休み前、そして春季休み前に一日ずつ休館日がある。
「ど、どうしましょう?もう約束してしまいましたよ……?」
クリスティーネが焦り始め、考え込んでいたラナがポンと手を叩く。
「そういえば、アレ。完成したんでした」
「あの、毎夜徹夜して作っていたアレ、ですか?」
「わたくしも手伝います」
ラナの言葉にリーゼロッテとレニローネたちは部屋を出ていく。
しばらくして帰ってくる。
「これです」
ラナは持ってきたものは一つの魔法石だった。白い大理石にも見えるが、魔法式が刻まれているのが、遠目にも見えた。初めて見る魔法式だ。
「……これは?」
「新しい連絡手段です。……見ていてくださいませ」
ラナはそういうと、魔法石を持ち上げる。
「アヴィオ・ゼル」
「ラナ・ヴァソール」
そう言って、ラナは魔法石に魔力を込めた。魔法石に刻まれている魔法式が光り、魔法陣が浮かぶ。美しい光景だ。
……わ、わぁっ!
「ヴァソール家長女、ラナです。……ヴィティヴ レニローネ・ライゼング」
すると、レニローネが持っていた魔法石が輝く。
『ラナ・ヴァソールより連絡』
ラナの声が魔法石から聞こえてきた。レニローネが魔法石に魔力を込めると、チカチカと魔法石が光り出し、魔法陣が浮かぶ。
『ヴァソール家長女、ラナです』
『ヴァソール家長女、ラナです』
ラナの声が二回繰り返された。
……すごい!
「これは、遠く離れていてもつかえるのですか?」
「はい、離れていると、多少の時間はかかりますが、国外でさえなければ使用可能です」
魔力は空気中にも多少含まれている。それを通して声を魔法石にまで届けるらしい。
今はラナからレニローネまでの数メートルしかなかったのですぐに声が届いたが、遠ければそれなりに時間がかかるそうだ。
「では、これでジェラルド様に声を届ければいいのですね?」
「そうですね。あちらの方が作っていれば……になりますけれど、まぁ流行っていますし、大丈夫でしょう」
ラナはそう言って、クリスティーネに魔法石を手渡す。
「えっと……」
「アヴィオ・ゼル、の後に名前をお願いします」
クリスティーネは目を閉じ、魔法石に魔力を込める。
「アヴィオ・ゼル クリスティーネ・ヒサミトラ―ル」
ラナの時と同じように魔法石の魔法式が光り、魔法陣が浮かぶ。
「じぇ、ジェラルド様、ごきげんよう。本日のお茶会ですが、図書館は休館日です。明日の同じ時間でもよろしいでしょうか?……ヴィティヴ ジェラルド・ノルシュットル」
ジェラルドの名前を言い終わると、スゥーと魔法石の光が消えていく。
「これでいいのですか?」
「はい。返事が来るのを待つだけです」
そうして、クリスティーネはやっと寝間着から着替え、自室を出た。
寮の一階まで降りる。
「クリスティーネ様!」
コリスリウトやシリウス、マルティオが駆け寄ってきた。
「起きたという報告から、もう数十分すぎているぞ、クリスティーネ」
コリスリウトにそう言って軽く睨まれる。
……昔と比べて、随分と過保護になったよなぁ。
そんなことをぼんやり思いつつ、クリスティーネは反論した。
「仕方がないではありませんか。いろいろ話すこともあるのですよ、コリスリウト従兄様」
久しぶりにこう呼んだ気がする。公的な場では身分が重視されるし、それになれると、あまり親族としての呼び名で呼ぶことがなくなるからだ。
「はぁ……まぁいい。それより、体調は?」
「万全ですよ」
クリスティーネが自信満々にそう言うと、逆にコリスリウトは不安そうな顔になった。
……解せない。
その時だった。
「クリスティーネ様、ジェラルド様よりお返事です」
ラナが急いで、持っていた魔法石を渡してくれる。魔法石が光っていた。
『ジェラルド・ノルシュットルより連絡』
『予定通りに図書館前に来てほしい。側近は最小限で願う』
そんな言葉が二回繰り返された。
「どういうことでしょう?」
クリスティーネの後ろにいたフィリアーネが首を傾げる。
「とりあえず、行ってみるしかありませんね」
クリスティーネは少しため息をついた。
……言葉が少ないんですよっ、ジェラルド様!
倒れたときに、ラナがクリスティーネを運ぶのに選ばれた理由
あのメンバー[コリスリウト、レニローネ、ラナ、リーゼロッテ]の中でクリスティーネを運べる人物はコリスリウトとラナだけです。
それで、一応親族ではあるものの、異性であるということでコリスリウトは外され、ラナが運ぶことになりました。
ラナは最近、武官たちに混ざって訓練をやっているので、鍛えられています。でも、イディエッテがあの場にいれば、イディエッテの担当でした。




