XXIX.アランとのお茶会
キードゥル93年7月
「あぁ、来てくれて私は嬉しいよ」
アランは張り付けたような笑みを浮かべた。クリスティーネも同じように笑顔を作る。
「……」
「……」
……ん?会話、途切れ、た……?
しばらく沈黙が続くと、アランは眉を寄せつつ首を傾げる。
「座らないのか?」
……貴方が席を勧めなかったのでしょう!
主催者の許可なく席に座ることは基本できない。
もしかすると、今のが「席を勧めた」に換算されるのだろうか。
もしそうでないなら、今までアランとお茶会をしてきた人間はどんな感じだったのだろう。もう許可など得ずに、座っていたのだろうか。それとも、常識をことごとく外れてくるアランに愛想をつかしたのだろうか。
「……失礼します」
そう前置いて、クリスティーネは席に座った。
「こちらへ来る途中、アリスフィーヌ様とお会いしました。とてもお優しそうな方でしたね」
「……そうか?いつも我儘ばかり言う娘だと思うけど」
アランは眉を寄せてそう答える。
……アリスフィーヌ様にあまり感心がないんだろうなぁ。
あの頃からマリナにずっとついていた子だ。マリナ以外にはほとんど興味がないのもう頷けるだろう。
アランの機嫌を損ねるのは、あまりよくないだろう。
「……そういえば、領主一族の集いの後、マリナ様について、少しお聞きしました。とても、〈聖女〉様のような容姿ですし……いろいろな活動もやっていらっしゃるのだとか」
「あぁ、そうなんだ!クリスティーネにもわかってもらえたみたいだね!」
マリナの話題を出した途端、アランの顔がパッと輝く。
……あぁ、なんて扱いやすい。
アイシェだったらこんなことは思わない。
……クリスティーネに、なってるのね、わたくし。
少しだけ嬉しい気持ちになる。思わず、フッと笑ってしまった。
「……クリスティーネ?」
「はい?」
アランは驚いたような顔で、固まっている。先程まで、マリナについて恍惚とした笑みを浮かべて語っていたというのに。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
なんだか、急によそよそしくなった。
……何かしたかしらね、わたくし。
急に、マリナ語りが終了し、ブツブツとアランは何かを考え込んでいる。
……聞きたいこと――いえ、聞かなければならないことがあるんでした。
これで、どんなに心が傷ついたとしても、クリスティーネのせいだ。自業自得、そう分かっている。
「アラン様」
「……いや、誰だ。思い……ん?あぁ、なんだい、クリスティーネ?」
「他にも、処刑されて亡くなったアイシェ様のこともお聞きしました。それに、亡くなられたフェルーネ様のことも……少し、聞かせてくださいませんか?」
アランは「アイシェ」という言葉を発した瞬間、目に光がなくなった。
……大丈夫。覚悟をして、これを聞いたのだから。
「アイシェ姉上に関しては、聞かない方がいいと思うけど?」
「いいえ。聞かせてくださいませ」
クリスティーネは食い下がった。アランはため息をつきつつ口を開く。
……嫌々やっているのが分かりやすいわ。もう少し感情を隠す努力をしてください。
そんなアイシェの言葉はクリスティーネの心にとどまって、アランには届かない。
「アレは……〈混乱の女神〉ですよ」
……あぁ、知っている。わたくしが、そう呼ばれていることくらい。
〈混乱の女神〉ルティスレーディア。この世に魔族と魔獣の元凶になり得るものを生み出した害悪だ。それだけ、アイシェ・エミリエールは、エミリエールにとって混沌を生み出す〈混乱の女神〉にしか見えなかったのだろう。
「カラスの髪。血の瞳。暗い顔。〈呪いの子〉。〈混乱の女神〉ルティスレーディア。ずっと俯いているくせに、マリナ養姉上とずっと一緒にいて、とても目障りだった。いつも、いつも、辛気臭い顔をしている人だ。部屋に引きこもっているのがお似合いだったのに。毎日毎日、執務でもやっておけばよかったのに。そんなことくらいでしか、エミリエールの役には立てない。……あぁ、いや。そんなことでも割には合わないな。あんなに、私たちに迷惑をかけておいて!突然部屋から出てきたかと思えば、マリナ養姉上の殺人未遂?反吐がでる。あんな馬鹿な真似をしておいて、あの断罪の場ですら、罪を認めるでもなく、フェルーネ姉上にみっともなく命乞いをして。ホントに馬鹿みたいだ。あんなのは、死んだ方がいい。あぁ、処刑されて、ホントに良かった。あんなに処刑されるべき人間は、エミリエールにはいないだろうな、うん。マリナ養姉上やフェルーネ姉上――いや、エミリエールの恥。エミリエールの足枷と言ってもいいかもしれない。あぁ、とてもいい言葉だな。これからはそう呼ぶことにしようか。それがいいな。あぁ、うん。それがいい。あぁ、本当に……死んでくれてよかった」
……あはは。そこまで、嫌われてたかぁ……。
嫌われているのは、知っていた。でも、そこまでだったとは。
……仕方ないかなぁ。
今、笑えているだろうか。
そんなことを考えていた時、トントンと軽く肩を叩かれる。
「クリスティーネ様」
叩いたのは、レニローネだった。
「顔色が悪いです。今回はこれまでにいたしましょう」
……え?あ、でも……まだ聞くことはたくさんある。
「これ以上は駄目ですよ」
ラナもそう言う。譲る気はなさそうだ。
「……分かりました」
……また今度、ね。
「アラン様、急用を思い出しましたの」
急用なんてあるはずがない。本来は側近が予定を管理しているものだ。
貴族の間では、理由を追求してほしくないときに使われる。これを言ったときは、理由を聞かないのが暗黙のルールだ。
「何かあったのか?」
……あぁ、もう!こういうときにも常識外れを発揮しないで!!
だんだんと胃や頭がズキズキと痛み出した。早く寮に戻りたい。
「いえ。ただ、急用を思い出しただけです。申し訳ありませんが、これで失礼します」
それだけ言って、早足で部屋を出て、エミリエールの寮から出る。
「ハァ……ハァッ」
……あ、ちょっと、まずい。
身体までもがふらついてきた。幸い、廊下にはあまり人はいない。平静を頑張って装う必要はないだろう。
「……っ」
「クリスティーネ様っ!?」
そう言って駆け寄ってくる側近たちの姿を目にして最後、クリスティーネの意識は暗転した。




