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XXVIII.エミリエールの第六領養女

キードゥル93年7月


……あぁ、行きたくない。


こんなに行きたくないお茶会はあるだろうか?否、早々あるものではない。


「ハァ……」

「分かりますわ。とても気が滅入りますもの」


ラナが嫌そうな顔をしてクリスティーネに頷いた。

過去のヒサミトラールとレスティニア王国の関係から考えれば、エミリエールやノルシュットルと関係が良くないのは仕方がない。

そのため、領民だって偏見が多い。もちろん、偏見ではなく事実である場合もあるが。ラナもその一人。


「偏見はあまりよくないとは思うが……否定はできないな」


コリスリウトはそういう。エミリエールに対する意見は人それぞれだ。


「そろそろ時間ですね」


時計を見たレニローネの言葉で、クリスティーネたちは寮を出た。

コリスリウト、レニローネ、ラナ、リーゼロッテを伴い、エミリエールの寮にやってきた。

寮の建物を見上げ、少し立ち止まる。


……あぁ、懐かしい。


思い出したくもない。何百回、何千回と通ってきた道だ。


「あ、あの……」


女性にしては、低い声だった。でも、透けるような透明感のある声でもある。

振り向くと、こちらを見る青緑の瞳の少女。エミリエールの第六領養女だ。


……領主一族の集いのときの!


「ヒサミトラールのクリスティーネ様、ですよね?」

「はい、そうです。何か御用でしょうか?」

「いえ、その、アランお養兄様(にいさま)からの使いが来ていらっしゃらないようなので、案内が必要ではないかと思いまして」


……お茶会室の場所は把握しているけれど……ここはお言葉に甘えた方が良さそうね。


本来、クリスティーネは知らないことだ。


「まぁ、気にかけてくださってありがとう存じます。お言葉に甘えさせていただきますね」


そう言って、クリスティーネは彼女の後ろをついていく。


……名前、何だっけ?


聞けるようなタイミングではない。やり過ごせるだろうか?


「……あ。申し遅れました。わたくしはエミリエールの第六領養女、アリスフィーヌ・ドティフ・エミリエールと申します。以後、お見知り置きを」

「クリスティーネ・ヒサミトラールです。よろしくお願いいたします、アリスフィーヌ様」


アリスフィーヌは「はい」と言って、ニコリと微笑んだ。堂々とした笑みではないけれど、優しい笑顔だ。


……やっぱり、誰かに似てる。


誰だろうか?思い出せそうで、思い出せない。


「……アランお養兄様はご迷惑をおかけしていないでしょうか?」

「…………そう、ですね。姉君のことが大事なのはとてもよく伝わりました」


クリスティーネは「迷惑をかけているか?」という問いには答えずにそう言ってニコリと微笑んだ。


「そうですね。アランお養兄様も、トールお養兄様も、お養姉様のことが大好きなんでしょう」


……トールお兄様も、アランも、何も変わっていないのね。そして、きっとマリナも。


「でも、わたくしが養女になる前に亡くなった、アイシェお養姉様や、フェルーネお養姉様のお話は全くしてくださらないのです。少し、お話は聞いてみたいと思っているのですけれど」


……え?


クリスティーネは絶句した。


……お姉様が、フェルーネお姉様が、亡くなった?


心臓がバクバクと、嫌な音を立てる。〈水の女神〉の季節である今、暑いはずなのに、体の底から冷たい氷のようなものが身体中に広がっていくような感覚。呼吸が乱れそうだ。

だが、アリスフィーヌの前で絶望したような表情を浮かべるわけにはいかない。

クリスティーネは必死に平静を装い、呼吸を整え、違うことを考えることにした。とりあえず、今は忘れるべきだ。


……懐か……しい、響きっ、よね。


アイシェにとってアイシェを養姉と呼ぶのは、「アイシェお養姉様」と笑って呼ぶマリナだけだった。


アリスフィーヌの言葉にクリスティーネは何も言わずにニコリと微笑む。

そうこうしているうちに、お茶会室まで辿り着いた。


「このお部屋です。では、これで失礼いたしますね」

「はい、案内ありがとう存じました」

「いえ。では」


アリスフィーヌはペコペコと頭を下げつつ、来た道を戻って行った。


……あぁ、この先に、いるのよね。


クリスティーネは扉の前に立つ。コリスリウトはドアノブの手をかけた。


「……わたくしは、笑えているかしら?」


……お姉様のことを聞いて、アイシェを殺した共犯者のようなものである、アランに笑って対応ができるかしら?


クリスティーネはすがるような目をした。コリスリウトの手が止まる。リーゼロッテたちも驚いた表情で固まっていた。


「……クリスティーネ様?」


ラナが呟くように小さな声を出す。リーゼロッテが、カツカツと靴の音を立て、クリスティーネに近付き、腰を落とす。


「あ、え?り、リーゼロッテ?」


ただ、笑えているのか、という問いに誰も答えてくれず、リーゼロッテが突然奇行に出た。戸惑うのも、無理はない。


「大丈夫です。クリスティーネ様は、笑えています。……クリスティーネ様は偉いですよ。嫌なことから目を背けずに、きちんと正面から向き合っていらっしゃるのですから」


クリスティーネは固まった。そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

リーゼロッテはクリスティーネの手をとる。


「クリスティーネ様、わたくしは貴女に仕えることが一番の幸せなのです」


リーゼロッテははにかむような、仕事中には見ることのない笑顔を見せた。クリスティーネは目を見開く。


「……リーゼロッテがそんな顔をするなんて、驚きました」


クリスティーネは思ったままをポツリと口にした。

その言葉に今度はリーゼロッテが目を瞬かせる。


「今日のわたくしは、感情を表に出しすぎる悪い子なんです」


また、甘い笑顔をし、リーゼロッテは立ち上がる。


「さぁ、行きましょう、クリスティーネ様」

「はい!」


クリスティーネは頷き、深呼吸をして声を上げる。


「失礼いたします。クリスティーネ・ヒサミトラールです」

「あぁ、どうぞ」


コリスリウトは扉を開け、クリスティーネたちは部屋の中に入る。


「ごきげんよう、アラン様。本日はお招きいただき、ありがとう存じます」

「あぁ、来てくれて私は嬉しいよ」


アランはあの頃と変わらない笑みを浮かべた。

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