XXV.領主一族の集い
キードゥル93年7月
「そういえば、もうすぐ領主一族の集いの時期ですね」
リーゼロッテは思い出すようにそう言った。
……もうそんな時期ですか。
それを聞いたフィリアーネは首を傾げる。
「何ですか、それ?」
「全学年の領主一族のみが集まって、少し交流をするのです。夏季休み前に行われる行事ですね。人数の関係で側近は立ち入り禁止なのですよ」
「えぇっ!側近が誰も入れないなんて……危なくないんですか?」
フィリアーネが驚きつつもそう言った。
「領主一族の選別の結界があるそうなので、外部からの侵入者は入れないそうです」
「そうなんですねぇ」
フィリアーネは納得するように頷いた。
……アランと会うことになるのね。
クリスティーネは憂鬱な気分になっていた。
◇◆◇
「では、いってらっしゃいませ」
「え、えぇ……」
……あぁ、アランとは話しませんように。
今日は領主一族の集いだ。クリスティーネはミカエルと一緒に会場に来ている。
「ミカエル様、クリスティーネ様をよろしくお願いします」
「あぁ。任せておくれ」
クリスティーネとミカエルは側近たちに見送られ、会場に入った。
正確には、会場ではなかった。二人ほど座れるくらいのソファーだけが置かれている簡素な部屋だ。
……あら、こんな部屋ってあったかしら?
クリスティーネが驚いていると、ミカエルが答えを教えてくれる。
「これはね、数年前に設置されたものなんだ。ちょっとした休憩室みたいなものだね。クリスティーネは知らないかな?」
「はい、初めて知りました」
「そっか」
ミカエルはそう言って笑い、ソファーに座った。クリスティーネに手招きして、クリスティーネも隣に座る。
「……行かなくてもよろしいのですか?」
「早めに来ているからね。まだ大丈夫」
そう言って、ミカエルは緑色の瞳をクリスティーネに向けた。真剣な目にクリスティーネは無意識に姿勢を伸ばす。
「クリスティーネ……緊張してる?」
そんな問いにクリスティーネは驚く。図星だ。
「……はい。正直なところ、かなり」
「……そうだよね。元の弟君――アラン様もいらっしゃるだろうし」
「そう、ですね」
向き合うと決めたのはクリスティーネ自身だ。
こんなことでは復讐だってできない。
……ちゃんと、しないと。
「……大丈夫、です。ちゃんと、ちゃんとできるはずです。いいえ、できます。します」
「……クリスティーネの決意が硬いのなら全く問題ないね。でも、嫌だと思ったら、すぐに私を呼んで。絶対に、助けてあげる」
「……はい、分かりました、お兄様」
クリスティーネはそう頷いて、ミカエルと共に会場に入った。
人数はあとほんの少しで揃いそうだ。辺りを見回すと、メリアティードが第二領女、ファミリア・メリアティードの姿が見えた。
クリスティーネと目が合うと、ニコリと微笑んで、兄と共にクリスティーネの方にやって来る。
「ごきげんよう、クリスティーネ様」
「ごきげんよう、ファミリア様。お茶会以来ですね」
「そうですね。お会い出来て嬉しいです。そちらの方は兄君でしょうか?」
ファミリアはそう言って首を傾げる。可愛らしい仕草だ。
「はい、紹介します。わたくしの兄、ミカエルです」
「ファミリア様、並びにファーラレンス様。出会いを喜ばしく存じます。ヒサミトラールの第一領子、ミカエル・ヒサミトラールと申します。四年生です。以後、お見知り置きを」
『よろしくお願いします』
ファミリアとその兄はそう言って軽く頭を下げた。
「わたくしも紹介しますね。……兄のファーラレンスです」
「ご紹介に預かりました。メリアティードが第一領子、ファーラレンス・メリアティードと申します。三年生です。どうぞ、よろしく」
ファーラレンスはそう言ってニコリと微笑んだ。
……三年生なのに、お兄様より少し身長高いんだなぁ。
クリスティーネはぼんやりそんなことを考えた。
ミカエルは167cmだと聞いた。ファーラレンスはだいたい170cmくらいだろうか。
「クリスティーネ様、私の妹と仲良くしてくださって、どうもありがとう。ファミリアは人付き合いがあまり得意ではないので……迷惑をかけることになるかもしれませんが」
「いえいえっ、わたくしの方がファミリア様にご迷惑をおかけすることになるかもしれません」
「お兄様っ、クリスティーネ様に変なことを吹き込まないでくださいませ!」「私の妹に変なことをいわないでくれますか、ファーラレンス殿?」
ファミリアとミカエルの声が重なった。ファミリアはファーラレンスの手を引いて、クリスティーネをジッと見る。
「クリスティーネ様、お兄様がおっしゃったことは忘れくださいまし。では、もうすぐ時間なので、失礼します」
そう言って、ファミリアは踵を返し、ファーラレンスはファミリアに手をひかれていった。ミカエルはその様子を――否、ファーラレンスをジッと睨んでいるように見えた。緑色の瞳はクリスティーネに向ける穏やかなものとは違って冷たい。
「お兄様、どうかしましたか?」
「ん?いや、ファーラレンス殿とは、仲良くなれそうだな、と思って」
……あ、嘘だ。
ミカエルは作り笑顔で笑っていた。一応、数年間は共に暮らしてきて、クリスティーネもミカエルのことはそれなりに分かっている。
「あ、もうそろそろだよ、クリスティーネ」
そう言って、ミカエルは会場の中央に視線を向けた。
そこにいたのは、レッフィルシュット皇国が第二皇女、フィーネ・レッフィルシュットである。
「お集まりいただき、どうもありがとう」
その強く響く声をフィーネが発した途端、ざわざわとしていた会場がスッと静まり返る。
「さぁ、今年も恒例のあのプログラムです」
そう言って、フィーネは杖を出し、一振り。
「フレイティ」
どこからともなく出てきたカードが会場の全員に配られる。
クリスティーネの手にもカードがふわりふわりと落ちてきた。カードには記号と番号が書いてある。
「私は♧のVIだね。クリスティーネは?」
「わたくしは♢のIIIです」
「そっか。じゃ、また後で」
そう言ってミカエルとクリスティーネは別れる。このプログラムは、同じマーク、数字の人と軽く挨拶を交わすものだ。こうしてコミュニティを広げていくのである。これを三回繰り返す。
カードは魔術具だ。魔力を込めると相手の位置が分かる。
その先にいたのは――
「お、クリスティーネじゃないか」
軽快に笑う、ノルシュットルが第一領子、ジェラルド・ノルシュットルだった。




