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XXIV.レスツィメーアの研究 2

キードゥル93年7月


「クリスティーネ様、相談があるのですけれど……」


 レニローネがコリスリウトとイディエッテを連れてきてクリスティーネにそう言った。


「どうかしたの?」

「次の研究にはイディエッテが参加するでしょう?ですから、神々の名を覚えさせているのですけれど……」


 レニローネがため息をつく。


(つまりは、覚えられていないと)


「イディエッテ、どの神が覚えられないのですか?……流石に、〈風の神〉くらいは言えますよね?」

「……」


 イディエッテは無表情にしばし考えてこう言った。


「ヴィル……ヴィルフリール……?」


 首を傾げつつ、そう言った。無感情な表情も相まって、首がもげた人形に見えてくる。

 なお、〈風の神〉の名はウィルフリラータである。ヴィルフリール、だと女性名にもなりそうなものだ。


「お、お姉様……それはどうかと思いますよ……」


 流石のイディエッテの妹――リーゼロッテも呆れ顔である。


「……他の眷属は……?」


 クリスティーネは恐る恐る問うた。


「……〈風の眷属〉って、他にどんな二つ名でしたっけ」


(……そこからですか、イディエッテ!!)


普通の学生でも、苦戦するのは名前であって、二つ名は普通に覚えられる。


「イディエッテ、其方昨日、目は通したであろう!」


 コリスリウトが大声を上げた。

 まさかの昨日、目を通しておいてのこの有様。どうしたものか。


 その時、扉が開いた。中に入ってきたのは長身の女性だった。


「あら、大声を上げて、皆様どうなさったのです?」


 ラナ・ヴァソール。まさに救世主である。


「ラナ……!」


 そう言って、皆がラナを崇めるかのような目で見た。

 ラナは困惑しつつも、事情を聴いてくれる。


「……なるほど……。イディエッテにはわたくしの方から指導して差し上げましょう。クリスティーネ様の側近として、研究参加者として、同僚として、見過ごすわけには参りませんもの。ねぇ、イディエッテ……?」


 ラナはとびきりのキラキラ笑顔でそう言った。イディエッテは珍しく無表情を崩し、カタカタと震えて怯えた表情を見せた。


「か、かか、勘弁してください……」


 そう呟くイディエッテをラナはローブを掴み、自室へ連行していった。イディエッテの表情はまさに処刑前の罪人の表情であった。


 なお、まだ付与魔法の詠唱すら覚えていなかったのは、この時のイディエッテだけの秘密である。すぐその後バレて、怒られるのだが。



 ◇◆◇



「ごきげんよう、皆様」

「よく来てくれた」


 そう言って、全員を迎えたのは、アウレリアとシュデットだ。

 クリスティーネはシルヴェーヌとイディエッテ、そして、シリウスを伴っている。


「早速、前回の続きを始めましょうか」


 アウレリアがそう言った。

 前回のように、まずはクリスティーネとシュデットが闇の矢を打ち、その結果をアウレリアが書いていく。


「次は、シルヴェーヌ嬢とお願いします」


 クリスティーネはパパッと詠唱をし、雷の矢を打ち出した。その矢は、的に刺さり、木製の的は焦げて黒くなった。


「次はシルヴェーヌですよ」

「は、はい」


 シルヴェーヌは慌てつつ、弓矢を作る詠唱をした。


「……〈雷の神〉ディニールロッタよ。し、シルヴェーヌ・ユーンの名に答え、我が武器に力を授けよ。〈色彩の女神〉キャレオンデード、〈芸術の女神〉ティーエルカ、〈雪の女神〉スーラリンデ、〈虚偽の神〉ハーシャスの祝福を」


 そのまま、黄色に光ると思われた魔力は離散した。

 弓は元の出したままの茶色だ。


「あ、あれ……」

「まぁ……大丈夫ですか、シルヴェーヌ嬢?」


 アウレリアが口に手を当てて驚きつつそう言った。


「は、はい。申し訳ありません。もう一度やります」


 そう言って、シルヴェーヌは詠唱をするが、次も失敗してしまった。

 シルヴェーヌは顔を真っ青にしていた。クリスティーネはシルヴェーヌに声をかける。


「シルヴェーヌ、弓、構えててください」


 そう言って、クリスティーネはシルヴェーヌと同じ詠唱を口にする。

 茶色だった弓は黄色に染まった。


「あ……ありがとう存じます……」


 シルヴェーヌは震える手で、弓を打った。的の端に矢は刺さり、レスツィメーアのような効果が起きる。今にも泣き出しそうな顔をしていた。


(ど、どうしたら、いいの……?)


 シルヴェーヌの気持ちを理解し、的確なフォローは難しい。クリスティーネはどう言ったらいいのか迷った。


「……大丈夫です。何も問題ありませんよ、シルヴェーヌ」


 クリスティーネは両手をギュゥッと強く強く握ったシルヴェーヌの手に軽く左手を添える。


(……こんなことで、元気が出るわけない。励ましている、なんて自己満足だわ)


 ただ、クリスティーネにはそれしか思いつかなかった。かつての母と姉――メディナ・リエ・エミリエールとフェルーネ・エミリエールにやってもらったときのように。


「……では、次にイディエッテ嬢とお願いできますか?」


 アウレリアはシルヴェーヌに気を遣いながらも、そう言った。

 クリスティーネとイディエッテはコクリと頷き、先にクリスティーネが「レスツィメーア」と詠唱をし、矢を放った。

 次は問題のイディエッテである。


「〈風の神〉ウィルフリラータよ。イディエッテ・ショミトールの名に答え――」


 イディエッテは詠唱を口にしていく。


(ちゃんと覚えられてる……!)


 ラナは素晴らしい仕事をしてくれた。実に素晴らしい。

 イディエッテが詠唱を終え、弓が緑色に染まったことを確認すると、クリスティーネはホッと安堵の息を漏らした。

 そうして、イディエッテは弓を構え、矢を放つ。矢はほぼ真ん中に突き刺さり、風によって、的は倒れた。


「リーゼロッテ嬢と似て、イディエッテ嬢も〈知識の女神〉メルネティアンネのご加護があるようですわね」


 イディエッテはその言葉にニコリと微笑んだ。きっと意味は少しも理解していないのだろう。傍から見ていれば、天才美少女の微笑みなのだが、この裏側を知っている者としてはどうしても反論したくなってしまった。


(まぁ、イディエッテやラナの努力、ということにしておきましょう)



 こうして、第二回レスツィメーアの研究は無事(?)に終了した。


「クリスティーネ様」


 寮に戻り、自室に戻ろうとした時、シルヴェーヌはクリスティーネに声をかけた。


「どうかしましたか、シルヴェーヌ?」


 クリスティーネは微笑んで首を傾げる。シルヴェーヌはなんだか浮かない表情で、バッと頭を下げた。


「……え?」


 クリスティーネは戸惑ったような表情を見せる。


「クリスティーネ様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」


 そう言って、もう一度頭を下げたシルヴェーヌは声も体も震えていた。


「シルヴェーヌ、頭をあげてください」


 シルヴェーヌは今にも泣きそうな顔をクリスティーネに向ける。


「シルヴェーヌは何も悪くありません。先生方の前ですから、緊張してしまうのは当たり前です。それに……慣れないことをしましたしね」


 実は付与魔法は四年生から習う魔法だ。まだ三年生であるシルヴェーヌは習っていない。一応、ラナが教えたと聞いているが。


「もう一度言いますけれど、本当に貴女は何も悪くないのです。自分を追い詰めてしまいたくなる気持ちはよく理解できますけれど、これを生かして、次頑張ろうと前向きに考えるといい、とわたくしの尊敬する方はおっしゃっていました」


 かつての仮介添え――フィルオーナ・シェジョルナの言葉だ。失敗すれば落ち込み、自分を底辺にまで追い詰めてしまうアイシェの人格をここまで変えたのはフィルオーナである。


「……はいっ」


 そう言って、シルヴェーヌはボロボロと涙を流した。

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