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XXII.悪びれない文官 後編

キードゥル93年6月


「では、お聞きしましょう」


 クリスティーネは前置きを言い、深呼吸をした。リーシャの灰色の瞳を見つめる。


「貴女は、他人からお金を盗んだことはありますか?」


 リーシャはニコリと微笑んだまま何も言わない。


(……これは、肯定?)


「もう一度聞きます。貴女は、他人からお金を盗んだことはありますか?」


 リーシャはまだ微笑んだままだ。口すらも動かさず、人形にすら見えてくる。


「……はっ、そうね。全部やったわ」


 リーシャの声に動揺はない。


(……感情を隠すのがうまい。どういう心情か読み取りにくいわ)


「誰から?」

「そこら辺にいる下級貴族ですわ。下級貴族からとった金ですから、そこまでの額ではありませんわよ」


(……あぁ、駄目だ)


 リーシャは今もニコリと笑っている。クリスティーネは歯を食いしばった。


(悪いことだって、思ってないんだ)


「…………何のために?」


 クリスティーネは言葉を絞り出す。少しだけ声が震えてしまった。


「これも全て主――貴女様のためなのでしてよ、クリスティーネ・ヒサミトラール様?」

「わたくしの……?」


 クリスティーネはそんなことを頼んだ覚えはない。


「えぇ、そうですとも」


 リーシャはニコリと微笑む。クリスティーネは訳がわからなくなってきた。


「金は、あればあるだけ良いのです。ご存知でしょう?」


(……あればあるだけ……そうかもしれない。でも!)


「人からお金を盗むのは悪いことです。もちろん、ものだってそうですよ」

「下級貴族ですもの。脅せばそうにでもなります。ねぇ?」


 リーシャはシリウスとマルティオの方を見てそう言った。シリウスは顔を歪ませ、マルティオはピクリと肩を震わせる。

 そうやって、人の心にも傷をつけたのだ、リーシャは。


(……リーシャとは、分かり合えない)


 プツリと、何かが切れた。


「……リーシャ・ドティフ・ハワード!わたくしは貴女にそのようなことを頼んだ覚えはありませんっ!」


 クリスティーネはガタンと椅子から立ち上がり、大声を上げた。

 リーシャは無表情になり、その灰色の瞳にクリスティーネを映す。


「リーシャ――いえ、リーシャ・ドティフ・ハワード。貴女には、クリスティーネ・ヒサミトラールの側近の解任を言い渡します。すぐに荷造りをし、部屋から出ていきなさい」


 リーシャは立ち上がる。無言で、無表情で。


(……何か、来る……?)


 クリスティーネは身構えた。後ろから、イディエッテとコリスリウト、レニローネがやってきて、それぞれ武器を構える。


「あら、そんなに身構えなくても、何もしませんわ」


 自信たっぷりにリーシャはそれだけ言うと、自室に向かって歩き出した。


「リーシャ、お金は全て返してもらいますからね」


 リーシャは足を止め、チラリとこちらを見た。それから、フッと口角をあげて微笑む。


「〈聖女〉とすらも呼ばれる貴女様は恩を仇で返すのですね」


(は……?)


 リーシャはそれだけポツリと口にすると、踵を返した。


「わたくしは、見張りをして参ります」


 レニローネが杖を持ったまま、リーシャを追いかけた。


 しばらくして、リーシャとその介添えがやってくる。後ろにはレニローネが警戒しながら歩いてきた。


「……」


 黙ったまま、リーシャは扉を開け、出ていった。リーシャの介添えはおずおずと礼をして去っていった。あの子も、リーシャに振り回されているのかもしれない。


「……何だったんでしょうね、リーシャ様って」


 フィリアーネがそう呟く。「リーシャ様」という言葉に、少しだけ違和感があってしまった。


「フィリアーネ、もう終わったことよ。考えない方が得策です」

「……そう、ですね」


 フィリアーネが俯きつつそう言った。フィリアーネは基本、誰とでも仲良くなれる性分だ。だが――彼女は仕方がないのかもしれない。



 ◇◆◇



「ラナ、お疲れ様です。お仕事は大丈夫そうですか?人員を増やした方が良いかしら?」

「……そう、ですね。ただ、一から教育をしなければならないような者はいりません。マルティオやシリウスの教育がありますから、すぐに仕事をこなせる上級生が望ましいですね。……ただ、そのような人材はいないと思われます」

「確かに、側近の仕事をすぐにできる子なんていないでしょうね」


 そのとき、ユティーナがやってきた。


「あの、クリスティーネ様、招待状が、二通来てます」

「あら、どなたからですか?」


 ラナがユティーナに問う。ユティーナが招待状を開けて読み上げた。


「えっと、一通目はアウレリア先生とシュデット先生からです。参加者はクリスティーネ様、シルヴェーヌ様、イディエッテです。……今回、ティルツィア先生は、いらっしゃらないようですね」

「分かりました。後でお返事を書いておきますね。もう一通は?」

「もう一通は……」


 ユティーナが表情を曇らせる。


(……ユティーナが、表情を曇らせる相手って、誰?)


「もう一通は、アラン・エミリエール様。エミリエールの第五領子で、貴族学院六年生です」

「……っ!!」


 ラナが怪訝そうに首を傾げる。


「何故、わざわざ敵対している領地とお茶会がしたいのかしらね」


(……な、んで。なんで!!)


「……クリスティーネ様、大丈夫ですか?」

「……お断りのお返事を書くのも手だと思いますよ」


 絶望した表情を浮かべるクリスティーネにユティーナが心配し、ラナが解決策を提案する。


(……それじゃあ、駄目なんだ)


「いいえ。こちらも承諾のお返事を書きます」


(……わたくしの、復讐のために。わたくし自身が向き合わなければ)

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