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II.断罪

キードゥル82年8月


「暗い……」


…ここは…地下牢ですか。


マリナが言ったようにこのまま、アイシェは処刑されるのだろう。

アイシェが着ているこのオンボロの服はごわごわしていて、変な感じがする。


……孤児院に行った時の孤児のような服。改革後は良かった……ん?改革?何の話だったかしら?


アイシェはそっと、なんとなく鉄格子に触れた。すると、バチッと静電気のような反発がある。本来ならば、アイシェに反発はあるはずがないのに。


「なんで…?」


理由がわからない。扱えないものの、アイシェは火の属性。〈火の女神〉ヴァイアーサは闇の派闘であり、この鉄格子は〈火の女神〉ヴァイアーサの眷属、〈束縛の神〉シェズカレトの付与によって作られている。光の派闘でもなく、魔力も流していないのに、反発は有り得ない。


……罪人認定だからでしょうか……?


アイシェそんな考えても無駄なことを考える。

時間がわからないので、眠くなったときに寝るようになった。何もできないというのは案外退屈なものだ。毎日忙しかったので、尚更そう感じるのであろう。


アイシェは眠りにつくと、夢を見た。


◇◆◇


二人の男女が何か話しているらしい。だが、知らない人物だ。


「貴女には生きてもらわないと困るのよ、アイシェ。けれど、誤解の処刑は逃れられない。もう決ってしまった。だから、貴女には――してもらうことにしたわ。――した後で、きちんとお役目、果たしてね」

「あぁ、そうだな。あれはどうするか……」

「ルーラとティンカに手伝ってもらって、アイシェに任せましょうよ。いい案でしょう?」


……ルーラ?〈運命の女神〉ルーラのこと?ティンカ……こちらは〈時の女神〉ティンカのことかしら?わたくしに何を任せるのです?


「うむ、そうするか…。だが、いつにするかが問題だな」

「いつでも良いのではありません?」

「だが、幼いと混乱するであろう」

「そうですか?アイシェは十四ですわ。大丈夫だと思います。賢い子ですもの」

「……考えておくとしよう」


金髪の女性はクスクスと笑った。


「ふふ、やはり貴方は面白いですね」

「ハァ、これのどこが面白いのか。其方は変だな」


◇◆◇


「……っ」


アイシェは目を覚まし、いつの間にか、何の夢を見ていたかは忘れてしまった。



そして、何日かボーッとしていると、男性の話し声が聞こえてきた。そして、囚人用の重い扉が開く。光の入らない薄暗い地下牢に眩しい光が差し込んで、あまりの眩しさにアイシェは片目を閉じた。


「……出てください」


城の武官にそう言われる。アイシェはトテトテと武官の後ろを歩いて、どこかに向かった。


……この先は……小広場ですか。あぁ、久しぶりの太陽。眩しいけれど、とっても暖かい。


太陽の暖かさに浸っていたのに、いつの間にか、後ろにいる武官に「早く入れ!」と肩をドンと押される。不意打ちだった為に、体勢を崩してしまい、こけてしまった。アイシェの体が軽すぎることや、武官の元々の力が強すぎるのもあるのだろう。

だが、一応、小広場にはついた。


「大丈夫!?」


高く美しい声が聞こえる。心配してくれているのが分かった。この声はアイシェの姉――フェルーネ・エミリエール。水色の髪に琥珀色の瞳。〈水の女神〉ウォナルアーテに例えられる人物である。


「貴方達、こんなことをしておいて……ただで済むと思わないことね」


アイシェからはフェルーネの冷ややかな声と怖い笑顔が見える。アイシェは少しだけ鳥肌が立った。


「す、すみません!こいつが入らなかったもので……」

「こいつって……」

「あ……」


アイシェ武官がフェルーネに怒られる姿をボケっと見ていた。武官がアイシェを睨む。


……対して怖くもありませんけれど。


そんなもの、今までに何十回、何百回と見て、聞いて、叩かれてきたのだ。そんなもので怖気づくほどか弱い心は持ち合わせていないつもりではある。

ただ、それが虚勢であることをアイシェ・エミリエールは自分で一番わかっているのだ。


「罪人」


トーマスが口を開く。低く威厳のある声にゴクリと、喉の音が鳴る。首筋を汗がツーと流れた。


「第三領女 アイシェ・エミリエール。判決を言い渡す。第四領養女 マリナ・ドティフ・エミリエールの殺人未遂により、死刑に処す」


……はい?



どれくらい沈黙が続いたのだろう。アイシェは言葉の意味を理解するのに時間がかかった。――否、分かってはいた。これまでの牢屋でのあの扱いを考えれば、当然のことだったのだろう。


「……わたくしは、存じません」

「ハァ、最期まで知らぬ振りをするのか…。マリナに嫉妬し、其方の火属性の魔法を使って、マリナを殺害しようとしたことだ。分らぬか?」


トーマス・ロード・エミリエールは呆れたような声を出した。


きっと被害者であるマリナが「アイシェお養姉様(ねえさま)にやられたのです」と泣きすがったのだろう。トーマスは養女であるマリナにはとことん甘いのだ。


「わ、わたくしは…」

「父上が質問しているではないか!早く答えよ!」


トール・エミリエールが怒ったように声を上げた。剣幕のある青い目でこちらを睨みつけた。アイシェの目には少しだけ涙が溜まり始める。


……あぁ、どれほど、わたくしは邪魔な存在なのでしょうね。


「……」

「アイシェ姉上、自分の罪だと理解していても、弁明すらなされないのですね」

弟のアラン・エミリエールがアイシェを睨んでそう言う。くすんだ青色の目は軽蔑と憎悪を示している。


「……アラン、わたくしは――」

「何なのですか!?マリナ養姉上(あねうえ)が貴女に何をしたというのです!?言い訳なんていらないんですよ!!」


アランは大声を出す。アランの高い声が広い小広場に響いた。その剣幕に驚きつつも、アイシェは反論を口にする。


「……アラン!わたくしの話を…」

「証人を呼べ!」


埒が明かないと思ったのか、トールが大声をあげた。ガチャと使用人が使う方の扉が開いた。アイシェが入ってきた扉とは、別の扉だ。コツ……コツ……と靴の音が広い小広場に響く。


アイシェは入ってきた人を見て、目を見開いた。レヴェッカ・ドフェル。アイシェの側近である、

レヴェッカは床にしゃがんでいるアイシェなど眼中にも入れない。そうして、アイシェの斜め前にまでやってきた。アイシェはレヴェッカの後ろ姿を見つめる。

レヴェッカは領主一族を見て、軽く微笑むとトーマスたちに向かって跪いた。


……微笑んだだけではあるけれど、レヴェッカが笑うところなんて久しぶりに見た気がします。


「誠に不躾ではございますが、わたくしに発言をお許し願えますか?」

「許す」


トールはレヴェッカを見下げながらそう言った。


「わたくしはアイシェ・エミリエールの介添え、レヴェッカ・ドフェルと申します。わたくしは見たのです!アイシェ・エミリエールはわたくしに下がるように、と命じられて、わたくしは側近部屋にいました。しばらくすると、アイシェ・エミリエールはお庭にいたマリナ様の方へ、窓から飛行魔法で降りていきました。わたくしはまだ杖を持っていませんから、追いかけることもできず、アイシェ・エミリエールがお庭に出てきたのを、窓の上から見ていたのです。マリナ様が笑顔で声をかけると、突然アイシェ・エミリエールがマリナ様を杖で攻撃したのです。そして、マリナ様に……。我が主ながら軽蔑いたします」


……違います。わたくしに、()()()()は使えません。一般魔法は使えるのに、属性を持っている火魔法は。それも知っているはずなのに。レヴェッカは信用できません。わたくしを貶める絶好の機会ですもの。レヴェッカがこれを逃すはずがありません。レヴェッカのことはさっさと解任すればよかったのかもしれません。


「聞いたか?」


……そんなことはしていません!どうにか、できない?どうにも、ならない?わたくしは抵抗もできずに終わるのですか?


「わ、わたくしは…」


アイシェは口を開く。

アランが「やっと自白するか」と笑ったが、自白をするもなにも、自白しなければならないようなことはしていない。こういうときは、はっきり言ったほうがいい。はっきり言わなければ、権力者に思うようにされるのだから。


ただ、はっきり言っても、意味のない場合だってあるのだが。


……悪いですが、抵抗させてもらいます、マリナ。ズケズケと貴女の思い通りにさせる気はないのです。


「わたくしは、〈光の女神〉シャルフェールと〈闇の神〉ディートジェスタに誓ってマリナを殺そうとしたことは、ございません」


……これでわかってほしい……!


トーマス、トール、アランの見下すような視線がアイシェに突き刺さる。


「だが、証人がいる。言い逃れはできぬ。レヴェッカ・ドフェル其方の側近だからな。其方を裏切り、マリナや私たちにつく理由がない」

「そんなことはありません……!」


アイシェがそう反論すると、フェルーネが頷いて肯定する。


「えぇ、アイシェは大切な妹を殺すようなことはしませんわ。わたくしが一番存じています」

「お姉様!」


アイシェのぱああと顔を綻んだ。そんな顔を見たトールにキッとアイシェは睨まれる。


「気持ちが悪い。吐き気がする。父上、これ以上話を聞く必要はないかと。アイシェ・エミリエールは斬首刑にいたしましょう」


……え?嫌です!そんな死に方したくありません!


フェルーネは目を見開いて驚き、トーマスやトールの方を向き、抗議し始めまた。


「お兄様、お父様!アイシェは無実です!何もしておりませんわ!きっと誰かにはめられたのです!」

「きっと?誰か?ただの予測ではないか。証拠はあるのか?」

「お父様は……アイシェを信じないのですか?」


フェルーネの絶望した琥珀色の瞳がトーマスに向けられる。


「当たり前だ。証人がいる。それに比べ、其方らには証拠もない。それにフェルーネ。其方は先程からアイシェばかり庇っていて、被害者であるマリナのことは庇おうともせず、信じもしない。挙句の果てには心配もしない。本当に薄情だな」

「そんな……わたくしは……」


フェルーネは目を見開きました。だが、トーマス・ロード・エミリエールとはこういう人なのだ。マリナにはとことん甘い。どんなに理不尽になろうと、エミリエールが不利になることだろうと、マリナの願いを叶えることに繋がなれば、そうする。


……もう、壊れていると言っては過言になるのでしょうか?


呆れたようなお顔で、トールはフェルーネを説得するように口を開いた。


「フェルーネ、罪人を庇うな。見苦しい」

「お兄様はなぜ、アイシェを庇わないのです!?アイシェはやっていないのです!アイシェは……!」


その時、アランが呟くように、確かめるように口を開いた。


「……マリナ養姉上(あねうえ)はどう思っているのですか?マリナ養姉上は優しいのでアイシェ姉上を許すとでもいいそうですが、やめてくださいね?」


マリナは冷たい()()()でアイシェを見下す。その目に、アイシェは映っていない。

泣く演技を始めた。しばらく泣き声をあげた後、アイシェを指さして、言う。


「お、お養父様(とうさま)……お養兄様(にいさま)ぁ……怖いです。ま、前からっ、一般魔法は使えるのに、火魔法は使えないって、言ってて、わたくし、おかしいって、思ってたんです……!きっとこのために秘密にしていたんです。この、この罪人を早く、早く処刑してくださいませ……!うわーんっ!」

「そうだな。マリナの言う通りだ。このような者はエミリエールの恥。エミリエールの第三領女、アイシェ・エミリエール、其方は三日後に処刑だ」

「マリナ養姉上……大丈夫です。もうすぐ、罪人は処刑ですからね」


アランは泣いている振りをしているマリナを心配そうな目で見つめた。

マリナは泣いている振りをしていていたが、口元だけはニヤリと笑っていた。そして、そのことに気付く者など、この場には誰一人として、いないのだ。


……抵抗、できませんでしたね。



◇◆◇


そうして、お腹を空かせ処刑の日を只々待つ三日でした。食事は運ばれず、濁った汚い水が運ばれてきます。酷い匂いが充満していました。


「出なさい」

「……」


トテトテと歩き、死刑場に着きました。アイシェを裏切った家族――エミリエールの領主一族が見ています。マリナは少し口角を上げ、ニヤリと微笑んでいる。フェルーネは貴族的な笑みを浮かべているけれど、作り笑顔だ。


……申し訳ございません、お姉様。エミリエールなんか出ていって幸せになってください。


アイシェはフェルーネにだけは笑顔を向けた。誰よりも、自分を信じてくれた、唯一の姉にだけは。

どうか、幸せになってほしい。

すると、フェルーネは作り笑顔を崩して、泣きそうな表情をした。


……そんな顔、しないでください。


「これより、罪人 第三領女 アイシェ・エミリエールの処刑を始める。アイシェ、前へ」

ギロチンに首と手を嵌められ、シャキーンと刃が落ちました。

「きゃぁあああああ!!」


……わたくしの言葉に耳を傾ける人なんてほとんどいなかった。〈光の女神〉シャルフェールよ。〈闇の神〉ディートジェスタよ。もう人間なんてうんざり。愛し、愛されても、結局騙されては意味がないではありませんか。何にも愛されないわたくしに…………わたくしに復讐をする機会など訪れないのでしょう?どうか、どうかお願いいたします。人間になど生まれ変わらせないで……。ただ、一つ願いがあるとすれば……お姉様が幸せになることだけだからっ……!


◇◆◇



……チュンチュンと鳥が鳴いている。青々とした木が風に揺れている。もうすぐこの子が生まれるのかと思うと、心が弾む。


窓からゆったりと外の景色を眺める。彼女はこういうゆったりとした時間が大好きだ。


その時、コンコンとノックの音がした。


……――様が来てくださったのね、ふふ。嬉しいわ。


彼女の側近が彼女に声をかける。


「――様がいらっしゃいましたよ」

「どうぞ、お入りになって」


小さな金髪に、緑色の瞳を持った男の子。彼女の亡き我が主の、宝物。


……守れなかったあの子の分も、守ってあげなくてはならない。


「今日も来ちゃいました。こんにちは」


そんな、あの子の存在は知らせてはならない、この子には。絶対に。

それをずっと守ってきたから、今のこの子の無邪気な笑顔があるのだ。


「ごきげんよう。わたくしも寂しいので来てくださって嬉しいです」

「あぁ、早く生まれるといいですね!」

「もうすぐ生まれますよ」

「すぐに会いたいです」


彼女は美しい銀髪を揺らして微笑んだ。

この子が、こんなにもこの子の誕生を楽しみにしてくれているのが、たまらなく嬉しいのだ。


「楽しみにしていてくださって嬉しいですわ」

「ふふ、早く生まれておいで、私の妹」


彼女――ヒサミトラールの領主夫人、アイリス・ワイフ・ヒサミトラールはこのヒサミトラールの第一領子、ミカエル・ヒサミトラールと話す時間だって、愛おしいのだ。

アイシェは、どうなる――?

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