番外編VIII.リュードゥライナ・ヒサミトラールは決意を固める
キードゥル95年7月
わたくしの名は、リュードゥライナ・ヒサミトラール。今年で、八歳になりました。
――本当は三つ。わたくしには名がある。
一つ目はフェルーネ・エミリエール。エミリエールの第二領女だった頃。
そして、二つ目はフェルリ。中級精霊だった頃のことです。
先日、わたくしは前世を思い出した。
フェルーネだったことも、フェルリだったことも。
(きっと、シャルフェール様はわたくしを騙したのね……。何故記憶が戻ったのかは、分からないけれど)
今思えば、わたくしが救いたかったのは、クリスティーネのことだったのだろう。
フェルーネとしてのわたくしがそうだったように。
さて。本当は、今すぐにでも、アイシェの転生者であるクリスティーネに会いたい。
でも、クリスティーネは毒を受け、眠りについている。
(わたくしは、あの子が何をしたいのか、何が望みなのか、知らなくてはならない)
「あ……そうだ、お兄様は……」
ぼんやりと、ミカエル様――お兄様のことを思った。
お姉様が眠ってしまってから、お兄様はかなり憔悴している。
それだけ、お姉様のことを妹として、愛しているからなのでしょうけど……。
お姉様が眠る前まで、お兄様は本当に幸せそうだった。
フェルリとして、ミカエル様に会ったときは、転生者とはいえ子供なのに、怖い目をしていた。全てを信用していないような、そんな人だった。
だからこそ、家族と幸せに暮らしている――そう分かって、安堵するような気持ちがあるのに。
クリスティーネが眠っているから、ミカエル様は……。
もちろん、妹として、前世では姉としてクリスティーネのことは心配だ。でも、元気そうに振舞っているくせに、心はちっとも元気ではない、ミカエル様を心配してしまう。
(お姉様が目覚めたとき、そんな隈だらけの顔で会われても困るんですよ、お兄様)
「わたくしがフェルリであることを明かしたところで、お兄様がいい方に行くとは限らないのだけどね……」
でも、言うしかない。
少しでも、いい方向に運ぶ可能性があるのなら、それにかけるべきだ。お母様も、お父様も心配していることですし。
◇◆◇
わたくしはお兄様がお姉様のお部屋に入ったのを見て、わたくしも準備を進めた。
お兄様を監視していたわけではないのです。お姉様のお部屋が隣ですから、側近に見てもらっていただけですもん。
お兄様は一人でお部屋に入って行ったらしい。これは好都合。流石に、お兄様の側近にも、教えることはできません。わたくしの側近にすら教えてませんし。
わたくしは部屋の前で護衛をするレニローネにお願いして、一人でお姉様のお部屋に入る。
ベッドの上には、眠り続けているお姉様。
そして、ベッドサイドの椅子に座り、手を握っているのはお兄様です。
「お願いだよ……クリスティーネ。早く目覚めておくれ」
お兄様の縋るような言葉は、部屋の闇に溶けていく。
(……お兄様)
そんな言葉を聞いてしまうのは、少し罪悪感がありますね。申し訳ないです。
ですが、ここまで来たからには、やらなくては。わたくしはゆったり深呼吸をして言葉を紡ぐ。
「〈運命の女神〉様のお導きがあったみたいです、ミカエル様」
その声にバッとお兄様は振り向く。
フェルリとしての言い回し。お兄様はどう思うでしょうか。フェルリのことを忘れていたら、少し寂しいですけど。
「リュードゥ、ライナ? どうして、ここに。それに、その、言い回し……」
お兄様は混乱しているらしい。無理もないです。
「お話、いいですか?」
これは、兄を心配するリュードゥライナとして、ミカエルを救いたいフェルリとしての言葉。
ゆったり微笑むと、お兄様は頷く。
わたくしは話し始めた。フェルーネとしての人生を。フェルリとしての人生を。
「……君は、アイシェの姉であるフェルーネ・エミリエール。そして、私に会いに来ていたフェルリ――ということで、間違いはない、よね?」
お兄様の言葉に、わたくしは頷く。流石お兄様。理解が早くて助かります。
「女神たちの気まぐれは、意外と私たちの都合のいいようになったみたいだね」
「そうですね」
お兄様はクスリと笑う。わたくしはそれにホッとしました。最近は心からの笑みを浮かべることが少なかったですから。
「アイシェと仲良くしてくださって、本当にありがとう存じます。あの子は――貴方がいたから、あんなに楽しそうにいられたんだと思います」
わたくしは頭を下げました。
これは、フェルーネとしての言葉。誰よりも優しいアイシェは、容姿のせいで虐げられてきた。転生して、容姿は一変したけれど、優しいままでいられたのは、きっとミカエル様たち――家族のおかげですから。
「こちらこそだよ。君が教えてくれなければ、私は彼女を警戒し遠ざけていただろうし。君の予言は正しかった」
――きっと、貴方を救うでしょう。そして、アイシェも救われる。
こう言ったときのことでしょう。
本当に、良かった。あの子の姉として、前世で大変な思いをした分、思いっきり楽しんでほしかったですから。
「……君に言っておきたいことがある」
「はい、何でしょう?」
「……クリスティーネはね、復讐をしようとしている」
これは、わたくしにとって衝撃でした。
優しすぎるあの子は、復讐を望まないと思っていたから。
「そう、なのですか?」
「うん」
お兄様の言葉を信じないわけではないのですが、少し疑ってしまいました。
復讐を望むのは、悪いことではないのです。ただ、少し驚いただけで。
もし、クリスティーネがそれを望まないのなら、わたくしが実行するべき、とすら思っていました。
(でも、それを望むのなら、わたくしは)
「……リュードゥライナは、どうしたい?」
「どう、とは?」
「フェルーネやフェルリとして生きてきた。でも、今リュードゥライナ・ヒサミトラールとしての人生がある。今世、君はどうしたい?」
「……そう、ですね。わたくしは――」
わたくしは俯く。
フェルーネとして生きていたときは、お母様から託されたアイシェを守り幸せになることが目標だった。
そして、フェルリとして生きていたときは、クリスティーネに人間として会うことが目標だった。
――では、リュードゥライナとしては?
「お姉様の手助けをいたします。いつか、復讐を実行するとき、足手纏いにならないように」
諸々の伏線回収しました!
そういうのって楽しいですよね。




