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番外編VII.フェルリは交渉したい

 キードゥル90年1月


「ハァ、また却下された……」


 お勤め終わり。そう言って、わたくし――フェルリはテーブルにグデッと倒れ込んだ。


(〈精霊王〉様も忙しいのは分かるけどさぁ!)


 こればっかりは譲れない。三回目の面会の申し込みは、またしても受諾されなかった。

 わたくしは最近、〈精霊王〉に面会の申し込みをしていた。お願いがあるのだ。

 そのとき、家に入って来たのは、ルツィ。そして、後ろにいるのはアルトだった。

 二人共、同じく中級精霊。家が近いので、仲がいい。二人共、平民からの転生者らしい。


「やっほー、フェルリ」

「何してんだよ」


 ぐでー、とテーブルに溶けているわたくしを見て、アルトは呆れるようにそう言った。

 ルツィはわたくしが手に持つ木札を見て、納得したように頷いた。


「まーた、〈精霊王〉様への面会許可? 承諾されなかったんだ。大変そうだね」

「ま、〈精霊王〉様も忙しいんだろ。それに、中級精霊なんかに話す時間もとれねぇのかもな」

「うぅ……この身分を恨みたいわ」

「前世は貴族のくせに~。贅沢な願いだね」


 わたくしはそう言うと、ルツィは苦笑する。


「それで、目的もう教えてくれてもいいんじゃね? いい加減気になるんだが」

「あー、確かに! 本当に言いたくないなら、いいんだけどさ」

「そう、だね。絶対、誰にも言わないでね?」


 わたくしが確認するように首を傾げると、二人揃って頷いた。


 そうして、わたくしは話し始めた。一度目の人生を。エミリエールが第二領女、フェルーネ・エミリエールの人生を。




 話を終えると、二人は絶句していた。確かに、マリナ(養妹)は残虐だったし、それなりに壮絶な人生ではあったので、当然かもしれないが。


「……大変、だったんだね」

「……そりゃ、会いたいよな」


(暗い空気にしてしまったなぁ……)


「とにかくね、わたくしは会いたい。アイシェに――ううん、今を生きてるクリスティーネに。だから、人間になるために〈精霊王〉様に会わなくちゃいけない」


 わたくしの覚悟に、ルツィは頷きフェルリの手を握った。


「うん、応援するよ。頑張って」


 ルツィは柔らかく微笑んだ。その笑みに、思わずフェルリは泣きそうになる。


「まぁ、俺も応援はしてるけど」

「……うん、ありがと、ルツィ、アルト」


 最終的に、堪えきれず泣いてしまったのは別の話。



 ◇◆◇



「……スゥー、ハー」


 深呼吸をして、フェルリは一歩踏み出す。

 目の前には巨大な城。

 本日、ついに〈精霊王〉様との面会許可が出たのだ。


 城へ続く道を歩いていると、門番の精霊に声をかけられた。


「其方、何者だ?」

「中級精霊 フェルリです」

「……そう。許可証の提示を」


 許可証を見せると、「どうぞ」と道を通してくれた。わたくしはペコリと会釈して進んでいく。

 しばらく歩いていると、後ろに一人、精霊がついていることに気付いた。


「あの、ついていただかなくても結構ですよ?」

「いや、こうしてつくのは慣例なので」

「そうですか」


 そうして、〈精霊王〉様の部屋に着く。女性が「開けます」と言って扉を開けてくれた。


「来たか」


 肩くらいまで切られた金髪に、キラキラと光る金の瞳。綺麗だ。


(彼女が、〈精霊王〉ミア様……)


 今のわたくしなんかよりずっといい服を着ている。奥には王配らしき人もいた。


「わたくしは中級精霊のフェルリと申します」

「あぁ、わたくしはミアだ」


(……わたくし?)


 わたくしという一人称を使う女性は基本、前世が貴族であったことが多い。


「あの、失礼を承知でお聞きしますが、前世は人間の貴族でしたか?」

「……あぁ、君もか」

「はい」

「思い出したくないから、その話はしないでほしいわ。で、何の用?」


 嫌悪感の強い瞳で地面を見て俯く〈精霊王〉様。嫌な思い出があったのだろう。わたくしとて、アイシェと母――メディナ以外の前世のことはあまり思い出したくない。


「申し訳ありません。その、本日の要件は……」


 〈精霊王〉様は真っ直ぐこちらを見つめる。琥珀色の瞳であるわたくしと同じような色合いの瞳なのに、どこか違う。怖気づきそうだ。それを押し殺して、真っ直ぐ見上げた。


「わたくしは人間になりたいのです」

「……そのようなこと、できるわけないでしょう」


 〈精霊王〉様は僅かに目を細めた。


「いいえ、できるはずです。千年間の間に死なずに他の生物になった例がいくつかありましたから」

「ふぅん、知ってるんだ? でも、人間になった例はないよ。全て動物以下の生物だ」

「ですが、()()()のですよね?」


 わたくしが強く言い切ると、〈精霊王〉様は軽くため息をついて真実を言う。


「…………うん、できるね。でも、わたくしにはやる権限なんてものは持ち合わせていないんだよ。シャルフェール様とディートジェスタ様にしかできないことだ。……もういい、今日は帰って」


(そういわれたら、帰るしかなくなるじゃないの)


「……かしこまりました」





 翌朝。いつも通りの日常が始まる。そう思っていたのに。


 お勤めに行こうと扉を開ける。

 ――すると、前に精霊が。大きい精霊。見上げなければ顔が見えないほどだ。


「な、何か御用?」

「其方はフェルリで間違いないか?」

「……え、えぇ」

「そうか。今すぐに城に来るように」

「は、はぁ? わたくし、今日はお勤めがあるのですが!」

「休む手配をしているので、問題ない」


 大きい精霊に強引に連れていかれ、城についてしまった。


(何なの、この精霊……!)


「ミア様、フェルリが着きました」

「入れ」


 まるでフェルリが罪人で、王の前に突き出されたような感覚だ。


 ようやく、ちゃんと前を見てみると、そこにいたのは〈精霊王〉様だけではなかった。昨日奥にいた王配でもなく、金髪碧眼の女性と全身真っ白な女性二人だった。双子だろうか。それ程までに似ている。


(誰……? 精霊でもないみたいだし)


「テール、人払いを。絶対に他の者を近づけないように」

「かしこまりました」


 テールと呼ばれた精霊は真面目に礼をして去っていった。


(テールって土の八大精霊様よね?? わたくし、かなり不敬を働いてたわよ? 大丈夫かしら……)


 わたくしは不安になりつつ、目の前のことに集中する。


「やぁ、フェルリ」


 〈精霊王〉様は三人を紹介しようと立ち上がった。


「こちらは〈光の女神〉シャルフェール様だ。そして、こちらのお二方は〈輪廻の双子神〉様よ」


(まさか女神っ!?)


「お、お初にお目にかかります。中級精霊第四番地区、フェルリです」


 ちなみに、第四番地区、というのは精霊の住所みたいなものだ。身分によって分けられている。一から五まであって、数字が大きくなる程身分は高くなるらしい。


「そんなに畏まらなくていいよ。私はフェルリのこともフェルーネのことも知ってるから」


 ニコニコと微笑んでそう言う〈光の女神〉様。そりゃ神様なので、フェルーネとしてのことも知っていらっしゃるらしい。


(神々しいなぁ……)


「……で、本題ね。ミアから報告は聞いてるよ。人間になりたいんでしょう?」

「はい」


 わたくしは大きく頷く。ここで、相談できているということは受け入れてくれる可能性もある。


(この機会を逃すわけにはいかないわ)


「うーん、そうだね。君の願いはアイシェ――ううん、クリスティーネに会いたいってことでいいよね?」

「はい……わたくしは人間になりたいのです」

「うん、君の願い、叶えてあげる」

「本当ですか!?」


 わたくしは〈光の女神〉様を見た。ニコニコと微笑んでいる彼女の感情は読めない。


「どうして……叶えてくださるのですか?」

「え? 面白そうだから」


(面白そうだからで人の人生を変えてしまうのですか……。都合いいからいいですけど)


「……ちなみに、転生先は教えてあげられないけど、クリスティーネの近くでクリスティーネと気軽に会える立場にしてあげる」

「本当ですか!」


 このときのわたくしは気付いていなかった。ただ一つ、何よりも残酷な条件があることに。


「さ、今からするよ。申し訳ないけど、私たちも忙しいんだ」

「そう、ですか……」


(ルツィやアルトにお別れを言ってからが良かったけど……流石に神様を待たせるわけにはいかないもの。……きっと、また会えるわ)


「お願いします」


 わたくしはそう言って、〈光の女神〉様を真っ直ぐ見つめた。

 〈光の女神〉様はニコリと笑って、横に避ける。そこにいるのは真っ白な神々――〈輪廻の双子神〉様だ。


()()()に執り行っていただきまーす。お願いしますね、()()()()

「分かっているのです」

「承知しているのです」


 〈輪廻の双子神〉様は頷き、わたくしに近付く。同じ二つの顔が一度に近付く。本当に見分けがつかないくらいに似ている。


『失礼するのです』


 そう言われ、両肩に手を置かれた。

 それから、ピカンッと身体が発光して、わたくしは目を閉じる。

 目を開くと――暖かくて、薄暗い空間にいた。



◇◆◇


「さ、君はどうするのかな? 君は気付かなかったみたいだけれどね」

「そんな意地悪なことをして良かったのです?」

「さぁ、どうでしょうね。ま、神様なので」

「……」

「そんなに恨みがましそうな目でみないでください」

「条件って何だったのです?」

「転生したリュードゥライナには記憶を持たせてないんです」


(なんでこんな意地悪に育ってしまったんです??)


〈輪廻の双子神〉の妹は、ぼんやりそう思った。

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