エピローグ 主の危機 ミア視点
キードゥル94年3月
精霊界の王室――そこで忙しく働いているのは〈精霊王〉ミアだった。〈精霊王〉とはいっても、面倒なことばかりだ。王として何かすることなど、面倒ことだけ。書類仕事か、クレームを聞く係。その癖、世論で動かなければならない。
(ハー、終わったぁ……)
ミアはそのままの勢いで机に突っ伏す。
「何してるんですか?」
少々引きつつ、そう言ったのはニュクス。王配だ。
夫婦とはいっても、形だけ。精霊というのは父と母から生まれてくるものではない。精霊界の自然から生み出されるものだ。
精霊における王配というのは、いわゆる補佐役なのである。
「やぁっと終わったんだもん。仕方ないじゃん」
「……まぁ、今日は多かったですけどね」
ニュクスは呆れつつ、「一応、前世は貴族でしょうに」と呟く。
「四年だけね!? 精霊歴の方が長いから!」
「知ってます」
ミアが突っ込むと、ニュクスは真顔でそう言った。
「……ハァ、イグニスがサボるせいだ」
「今度、きつく叱っておきましょうか」
ミアの愚痴に、ニュクスも頷く。真面目なニュクスも、少し不服だったらしい。もっと怒っていた精霊もいたので、イグニスは後日こっぴどく叱られることだろう。直す気があるのかは知らないが。
「そういえば、主から呼び出されてたみたいですけど、行かなくていいんですか?」
「あっ、やば。行かないと! ウェインネには上手く言っといてね!」
そう言って、ミアは速攻人間界に行ってしまった。ちょっとうるさいところのあるウェインネへの説得に苦労する予感がして、ニュクスはため息をついた。
「ハァ……本当に主が好きですね、貴女は」
そういうニュクスも、主のことが大好きなので、人のことは言えないのだが。
◇◆◇
「え」
人間界に到着して、ミアはその言葉以外を発することができなかった。
クリスティーネが倒れているのだ。しかも、顔が真っ青になっている。
バクバク、と心臓が嫌な音を立てた。
(どういうこと? なんで……)
とにかく、動かなければ。クリスティーネを助けなければ。そう思い、ミアは羽を動かした。
「クリスティーネ様! クリスティーネ様!!」
そう言って、頬をペチペチと叩いてみても、反応はない。
「ヒェアリンデ」
そう言って、治癒魔法を使ったものの、効果はない。
となると、出てくる可能性は毒だ。
ミアに毒に関する知識はない。ここは、医者に任せる方が無難だろう。
だが、どうやって伝えるか。人払いがされていたのか、側近はこの部屋にいない。
運悪く、武官たちも交代の時間で部屋の外にはいなかった(探知魔法による結果)。
「仕方ないわ。わたくしが直接行った方が速そうね」
ミアはそう呟く。
目を閉じて、少し体が光った。光が収まれば、ミアは成人女性くらいの見た目になる。髪が腰の辺りまで伸びているせいで頭が重い。ついでに、介添えのお着せも真似して着てみた。大体あっていれば問題ないだろう。
ミアは部屋を飛び出した。
城の三階にはあまり人がいない。領主一族の部屋か、側近の休憩部屋。そして、倉庫くらいしかないからだ。
ミアは側近の休憩部屋を探した。全員分――というのは言い過ぎだが、部屋は多い。
下手をすれば、ミカエルやアイリスなどの部屋に行き着く可能性もある。
ミアは探知魔法を駆使して、いつもクリスティーネの傍にある魔力を探した。
しばらく三階をウロウロしていれば、何とか魔力反応を見つけることができた。
予め、ミアは扉の中へ魔力を離散させておく。そうでなければ、ミアの姿は精霊使い以外には見えない。
「失礼いたします」
ミアは自身に認識阻害魔法をかけ、そう言った。顔を覚えられては困るのだ。今後、探されでもしたらと思うとゾッとする。
「あら、何の用かしら?」
出てきたのは、リーゼロッテ。
部屋の中にいたのは、ラナ、レニローネ、フィリアーネだった。
「少し、クリスティーネ様のお部屋の近くを通ったのですが、変な物音がして……。確認していただきたいのです」
認識阻害魔法を使っているため、不信感のある人間だと思われているだけだが、そうでなければ笑って切り捨てられる話だ。まず、城勤めの介添えはクリスティーネの部屋の前を通りかかることすら許されないのだから。
「……そうなのですか。分かりました、確認しておきましょう」
リーゼロッテは心情を感じさせない笑みを作ってそう言った。表情には出していないが、ラナやレニローネはミアを警戒している様子だ。
(早めに立ち去った方がいいわね)
「えぇ、では失礼いたします」
ミアはニコリと微笑み、さっさと扉を閉めた。
(ひとまず、何とかなった、はず)
そう思い、クリスティーネの部屋に向かった。ついでに、いつもの精霊の姿に戻っておく。
少しすると、レニローネとラナが部屋を飛び出し、クリスティーネの部屋に向かった。
リーゼロッテとフィリアーネも早歩きで向かう。ミアも二人に着いて行った。
「ど、どういうこと……?」
部屋に着けば、側近たちが呆然としているのが分かった。
ラナがクリスティーネを軽く診察する。しばらくして、叫んだ。
「毒よ!」
「ど、毒っ……?」
「すぐに応急処置をするわ。レニローネは医療室に連絡して、医官を呼んで。リーゼロッテとフィリアーネは水とお湯を準備!」
いつも冷静なレニローネとラナはすぐに動き出す。レニローネは医者を呼びに行き、ラナは手持ちの薬草で応急処置を始めた。
リーゼロッテやフィリアーネはラナの指示で水を取りに行ったりしている。
「コリンネ、到着いたしました」
バタバタとクリスティーネの部屋に入って来たのは、コリンネ・ライゼング。レニローネの母だ。ラナもよくお世話になっている医者でもある。
「コリンネ様!」
「状況は?」
「分かりません。毒を受けたとしか」
コリンネはクリスティーネの診察を始めた。解毒薬らしきものを飲ませる。
ミアができることは、何もなさそうだ。
(どうか、お願い……! クリスティーネ様を助けて!!)
ミアは、必死に神に祈った。
「全身の筋力がなくなってる……」
「……っ、それって……!」
コリンネとラナが悔しそうな顔でそう言った。
「どっ、どういうことですかっ? クリスティーネ様は……」
「クリスティーネ様が飲んだ毒は、徐々に全身の筋力がなくなっていくものです。そのうち、心臓が動かなくなり、血液の循環が止まって、死に至ります」
「……っ!」
フィリアーネの若葉のような瞳からポロポロと涙が零れる。ミアもまた、過呼吸になり心臓が嫌な音を立てていた。
「助かる、のですか」
「……かなり長い期間をかければ。幸い、解毒薬はありますので、死ぬことはありません」
「お願いです……! クリスティーネ様を助けて、くださいっ!」
フィリアーネは涙を流しながら、必死に頭を下げた。
コリンナは、ゆっくりと頷く。
「必ず」
そうして、解毒薬をクリスティーネに飲ませ、ひとまずクリスティーネは助かった。
(良かった……っ)
後日、領主夫妻への報告。第一領子や第三領女への報告。領地への軽い説明。
そこから、分かったこともあった。
(クリスティーネ様は、最低でも一年間は目覚めない……。長ければ五年)
――結局、クリスティーネは三年間の眠りについてしまったことは、このときの誰も知る由はなかった。
一章終了いたしました!!
ここまで読んでくださった皆様、本ッ当にありがとう存じます!!
ついでに百話達成しました~。すごく達成感ありますね!!
番外編が終わったら、第二章〈光の女神の遣い〉スタートいたします!
今後ともよろしくお願いいたします。




