黒い画面
――――知ってる?SNSで真っ黒な動画が流れてくるんだって
――――真っ黒の中になにか見えるんだって
――――手が出てきて引き摺り込まれるんだって
――――真っ黒い画面に血飛沫が広がって真っ赤に染まるんだって
――――最後に「次はお前だ」って声が聞こえるんだって
「ありきたり〜」
「都市伝説にしても怪談話にしても半端」
「第一、SNSって広すぎ。どのアプリよ」
「ただ黒いだけなんて流すよね。見る人いないっしょ」
どこからか仕入れてきた噂話を興奮気味に話した陽奈は友人たちに半笑いで返されてほおを膨らませた。
「ニコチャンネルでも専用掲示板ができてるんだよ。その方面じゃ有名なんだから」
「え〜、うちらニコチャンネルとか見ないし〜」
「陽奈みたいにパソヲタじゃないから」
ケラケラと明るい笑い声に陽奈は更に頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「もぉ、見たって知らないんだから」
むくれた陽奈を放って友人たちは夏休みの話へと移っていく。噂話よりも目の前に迫った休みの計画のほうが重要なのだろう。
「陽奈。その黒い動画って、すぐにスワイプして消しちゃえば大丈夫?」
窓の外を見ていた陽奈にこそっと話しかけると、疑うようにジッと私を見てきた。からかっているのか確かめているみたいに。
「知りたい?」
しばらく返事を待っていると、まだ少し疑っているような表情で聞いてきたので素直に頷く。
陽奈が言っていた黒い動画って、検索履歴とかからAIがランダムに流してくるオススメみたいなものだと思うんだよね。フレンドが流してくるとは思えないし。スワイプで流しちゃえば大丈夫っぽくない?
私が質問したことで少しは気分が良くなったのか、陽奈は仕方ないなぁといった表情で私に顔を近づけるとこっそりと答えてくれた。
「流しても何度も出てくるから逃げられないんだって。そのうち黒い動画だらけになっちゃうんだって」
「電源落としちゃえば良くない?」
「甘いよ、結愛ちゃん。怪現象がそんな簡単に終わるわけないじゃん。電源は落ちないし、アプリも消せないの」
なに、その怪現象に対してのご都合主義。
「見たら最後なんだよ。でもね、助かった例もあってね…………」
ドヤ顔で語り始める陽奈に少しだけイラッとしながら話を聞いていたけれど、途中から友人たちの夏休み計画の話を振られて陽奈も私もその話題に移った。
楽しい夏休みは目前。それなのに、なぜか陽奈が話した黒い動画が頭の片隅に居座っていた。
自分の部屋でベッドに転がってスマホを見ている。
友人たちとのやり取りを終えて、コミュアプリのネットフレンドに返信をして、暇つぶしにゲームを始める。
無料ガチャでクズばっかり出てきたので、早々にやめてしまった。
「だるっ」
なにか面白いのないかな。
みんなが投稿しているショート動画をスワイプで流しながら見ていく。いま流行りの昭和レトロ曲に合わせたダンスが多い。曲も振り付けも可愛いけれど、いまさら練習して投稿するには遅すぎる。
「新しいのないかな……」
スッスッと人差し指を事務的に上へ上へと動かしていく。
「…………あ……」
いま黒っぽいのがあった気がする。
もう上へと流れてしまったけれど、戻って確認する気にはなれなかった。昼間に聞いた陽奈の話が頭の片隅からゆっくりと広がっていく。
――――黒い画面
気のせい。そう、気のせいよ。
夜の背景かなにかよ、きっと。
スマホの画面では、女子中学生がダンスしている映像が何度も繰り返されていた。
「見間違いよ。そんなわけないじゃん」
画面を上へと流す。現れたのは、スイカに輪ゴムを巻いてるバカな映像。次は5〜6人で踊ってるグループ。
「ほら、やっぱりね。そんな、わけ……」
次は黒い…………黒いだけの映像。ハッシュタグも何もない。コメントもいいねも何もない。真っ黒な……
次も、その次も!その次も!どんどんと上に流しているのに黒しか出てこない。
「やだっ」
アプリを強制終了しようと、アプリを上へとスワイプさせた。
「うそ……」
いつものホーム画面が出てくるはずなのに、何もない。ただ、電源が落ちたように真っ黒になっている。
「電源、そう、電源が落ちたのよ、きっと」
一応、ボタンを同時押しして電源を切ろうとしてみた。でも、画面は何も変わらない。
カチカチと何度押し直しても画面は真っ黒なまま。
「……これ、電源切れてる、よね」
大丈夫よね。
気味が悪くなって、スマホを画面を伏せて机の上に置いた。自分のスマホなのに、得体の知れないナニかに変わってしまった。スマホを置いたまま、リビングに行こうかと離れた時、着信の音楽が軽快に流れた。
電源が切れたはずなのに。どうして鳴るの。
「…………やだ」
気持ち悪い。
明るいポップな曲を奏でるスマホから目が離せない。でも手に取ることもできない。どうしたらいいのか、躊躇っているとピッと音が鳴った。
『もしもし。いま電話大丈夫?』
触れてもいないのに受信した恐怖に体が竦んでしまったが、聞こえてきた陽奈の声に強張りが解けた。
『あれ?もしもし?結愛ちゃーん?』
明るい陽奈の声に励まされるようにスマホに手を伸ばした。裏返すと画面には「陽奈」の名前が表示されている。
「……陽奈?」
『あ、いた。もお、遅いよ〜。無視されたかと思った』
「ごめん、ごめん」
いつもと変わらないおしゃべり。なのに、さっきの妙な現象のせいか手が小さく震えていた。
『学校でさ、伝え忘れたことがあったの思い出したの。あのね、耳に近づけてくれる?』
「うん。ちょっと待ってね」
スピーカーを切ってスマホを耳に当てる。
『学校でさおまじない教えたでしょ?』
「うん。『えんのおずぬさま、ちょうぶくしてください』だっけ」
学校で陽奈が教えてくれたおまじないの言葉。これを唱えて助かった人がいるって話がいくつもあったらしい。
本当か嘘かなんて分からない。ただの気休めかもしれない。
『そう、それ。…………ごめん、結愛ちゃん。私、間違えてた』
「え?」
なにを?
そう聞き返す間もなくスマホに触れていた耳に痛みが走った。
「いたっ!」
衝撃に弾かれた手を見れば、しっかりと握ったスマホから真っ黒な手が生えていた。毛むくじゃらで爪が尖った猿みたいな手が。
『違ったの。おまじないなんて意味なかった』
スマホから陽奈の声が聞こえる。
猿の手が不自然に折れ曲がり、まるで目でもあるかのように私に爪を向けてくる。
『ごめんね。次は、結愛ちゃんだよ』
陽奈の声が聞こえる。
手が、爪が、私へと向かってくる。
私はそれを、目を見開いて馬鹿みたいに見ているだけだった。
――――知ってる?黒い画面のうわさ
――――黒い動画でしょ?呪いの動画
――――画面から鬼が現れて、見た子を殺しちゃうんだって
――――血で真っ赤に染まった画面が、殺された子の怨念で黒く染まっていくんだって
――――一度見たら助からないんだって
――――気をつけて。次はあなたの番かもね