第四話 吟遊詩人マリアスとの出会い
恋愛のジャンルにしているんですけど、新キャラが登場してちょっと恋愛っぽい展開になってきました。
娼館での仕事は王宮の地下牢で性奴隷として調教されるのに比べたら優しい方でした。
嫌なことを無理やらされることもないし、私は極上の美人なので大事に扱われていました。
女神の薔薇園での仕事が一週間ほど過ぎると、女主人のバーバラ様から服を支給されました。
「そのワンピースは外出用だよ。表通りの薬師のところへ行って避妊の魔法薬を買ってきてほしいんだ」
性奴隷にされてから一年以上が過ぎていましたが、妊娠したことはありませんでした。
地下牢に入れられてからは月のものが来たこともなかったのです。
後で知ったところでは、地下牢で食べていた雑炊の中に魔法の避妊薬が混ぜられていたそうです。
魔法の避妊薬を摂取すると、月のものが来なくなって妊娠しなくなるのです。
女神の薔薇園では食事に魔法の避妊薬が混ぜられているわけではないので、娼婦が自分で薬師の店に行って買ってこなければならないのです。
「娼館で働くならこういう事も覚えておいたほうが良いだろうからねぇ。それからこれからはオクタヴィアではなく娼婦のオクティと名乗るんだよ」
「はい、どうしてでしょう?」
「お前さんは性奴隷にされてから町中を出歩くこともなかったから知らないんだろうけど、元公爵令嬢のオクタヴィアは国家転覆を図った大罪人で極悪非道な悪女だという噂が、庶民の間にまで広がっているんだよ」
「そ、そんな……」
「私もお前さんの人柄を知っているからひどい話だと思うけど、世間の人たちはそうじゃないんだ。悪女のオクタヴィアは処刑されて当然の悪党だと思っている人たちが大半なのさ。だから名前をオクティに変えて悪女のオクタヴィアだと気づかれないようにしないといけない」
「……はい、わかりました」
私は公爵令嬢としての矜持を両親から植え付けられていましたから、元の名前を変えるのには抵抗がありました。
でも、今は身分も剥奪されて平民ですら無い最下層の性奴隷の身分なのです。
いつまでも元公爵令嬢としての矜持にすがっているわけには行かないと思い知ったのです。
「それからこれは申し訳ないんだけど……」
バーバラ様が言いにくそうにしました。
「何でしょう?」
「イブリース王妃の命令でね、オクティが外出するときは革の拘束具を装着させるように言ってきたんだよ。私は怒って抗議したんだけど、そうしたら拘束具の上から普通のワンピースを着ることは許してもらえたんだよ」
「……」
今の私はイブリース王妃が所有している性奴隷ですから、本来なら普通の服を着ることも許してもらえない身分なのです。
このランバード王国では奴隷は皆、家畜と同じで動物のような扱いを受けるのです。
服を着せてもらえる家畜などめったにいない、そういうことなのです。
それが、バーバラ様が抗議したことで拘束具の上からとはいえワンピースを着せてもらえるのですから文句を言うわけにはいきません。
「拘束具が見えないようにワンピースを着せてもらえるのですから、それで構いませんわ。私はイブリース王妃の所有している性奴隷なのですから」
「本当にごめんねぇ……」
バーバラ様が支給してくれたワンピースは、上品で高級な絹素材の清楚なイメージの白色のものでした。
平民の若い女性が着るように膝が見えるくらいの丈になっていて、ノースリーブで胸と背中がレースになって透けていました。。
貴族女性としては露出が多すぎますけど、娼婦が着る服としてはおとなしい雰囲気です。
「オクティは完璧令嬢の純白の薔薇と謳われた元公爵令嬢だからね。なるべくそのイメージを壊したくなかったんだよ」
「ありがとうございます、バーバラ様」
私はバーバラ様の気遣いに感謝しました。
◇◇◇◇
朝の九時くらいから外出しました。
女神の薔薇園は王都の端のスラムに近い場所にあるので、表通りの薬師の店に行くには一時間ほど歩かないといけないのです。
性奴隷にされて地下牢に収監されてからはもちろん公爵令嬢時代も自由に外出したことなどありませんでした。
生まれて初めてお供も連れずに自分の足で町中を歩けるのです。
知らず知らずのうちに鼻歌を歌っていました。
私が歩いていると道端の屋台の商店主や通りすがりの通行人が注目してきます。
女神のような美しい女がウキウキルンルンと歩いているのですから目立ってしまうのです。
(私ってやっぱり美人だから目立ってしまうのね。こんな清楚な見た目の美人がワンピースの下に拘束具を装着していると知られたら大騒ぎになってしまうわね)
絶対に服の下を見られるようなトラブルには合わないようにしないといけないわ。
表取りの噴水広場に到着すると、きれいな竪琴の音色と男の人の美しい歌声が聞こえてきました。
興味を惹かれて歌声に近づいていくと、噴水前の長椅子に吟遊詩人の若い男が腰掛けて銀の竪琴を奏でながら愛の歌を歌っていました。
『 愛は~♫ 人の世の~♫ 理にとらわれない~♫
愛の女神の~♫ 思し召しなのだから~♫
風よ伝えてくれ~♫ この愛が君のものだということを~♫
この愛が永遠のものだということを~♫
月と太陽と君に誓おう~♫ 』
「まぁ、いい歌だわ……」
思わず私は小さくつぶやいていました。
今では性奴隷に貶されて恋愛を諦めているのですけど、それでもまだうら若き乙女なのです。
燃えるような恋愛には強い憧れがありました。
うっとりとして聞き惚れているといつの間にか聴衆の最前列に押し上げられていました。
目立つつもりはなかったのですが、周りの聴衆がめったにいない美女に気を使って前を譲ってくれたのでした。
吟遊詩人が私の方を見て笑いかけてきました。
「美しいお嬢さん、どんな歌がお好みですか?」
私は胸がドキッとしました。
吟遊詩人の若い男は近くで見ると金髪碧眼でカイン国王と雰囲気が似ていたのです。
なんだか、カイン国王がまだ王太子だった頃、私と愛を育んいた頃に見せていた笑顔に似ていたのです。
性奴隷に貶されて胸の奥に封印したカイン様との甘い逢瀬の記憶が呼び起こされて胸が甘く疼きました。
私が眉をハの字型にして困った表情をしていると、吟遊詩人は訝しげな目で見てきました。
「そんな顔をして……なにかお困りでしたら相談に乗りますよ」
「いえ、吟遊詩人様が私の知っている人に雰囲気が似ていたので、ちょっと……」
「へぇ、僕も自分が美形だという自覚はあるけどそれに似ているなんて妬けるなぁ。その男と恋人なんですか?」
吟遊詩人はちょっとすねたような顔をした。
「いえ、昔の婚約者なんですけど、今はその人は私とは別の女の人と結婚しているんです!」
私はちょっと慌ててしまって相手の名前も聞いていないのに言わなくて良いことまで明かしてしまいました。
「それでは、あなたは今はフリーなんですね?」
「フリーと言うか……婚約者とか恋人はいないですけど……」
私が困ってモゴモゴ言うと、吟遊詩人は清々しい笑顔を見せた。
「それなら僕があなたに交際を申し込んでも良いのですね、美しい人よ。僕の名前はマリアス、吟遊詩人のマリアスです。あなたの名前を教えて下さい」
「わ、私はオクティです!」
思わず返事をしてしまいました。
「オクティ、あなたに愛の歌を捧げます」
マリアス様が私に優しく微笑みかけると竪琴を弾いて愛の歌を歌い始めました。
周りにいた聴衆の若い女たちが私とマリアス様を見比べて、「キャーッ」と冷やかしてきます。
私はとても恥ずかしい気持ちで歌を聞いていましたが、その場から離れる気にならず、真っ赤になった顔でマリアス様を見つめていました。
傍から見ていれば完全に恋に落ちた乙女に見えていたでしょう。
三曲ほど愛の歌を聞いて乙女心がキュンキュンと痺れきった頃に異変が起こりました。
黒いローブを被った三人の男たちが現れて、剣を抜いてマリアス様に突きつけたのです。
「吟遊詩人マリアスだな! 死んでもらうぞ!」
三人の暴漢のうちのリーダーと思しき男が叫んでマリアス様に斬りかかりました。
「うわぁっ!」
マリアス様は優男の吟遊詩人とは思えない機敏な動きで凶刃を躱しました。
別の襲撃者の刃が振り下ろされて、マリアス様が盾にした銀の竪琴にカッと食い込みます。
それを見てびっくりしていた私の頭の中が怒りで赤く染まります。
吟遊詩人にとって命よりも大事な楽器を破壊するなんて、許せません。
それに封印していた乙女心を露わにされて、それを凶刃で踏みにじられるのも腹が立ちました。
気がついたら私は前に立っていた襲撃者の股間を後ろから思いっきり蹴り上げていました。
ガキンと硬い蹴り応えです。
プロテクターをはめているようでした。
(こいつらただのならず者じゃありませんわ!)
私は七歳の頃から王太子妃になるための教育を受けさせられていました。
その中には護身術としての格闘技も含まれていたのです。
私に格闘技を教えてくれたのは戦闘侍女と呼ばれる、王族の護衛を務める特別な侍女でした。
十年間の格闘技の訓練で完璧令嬢と言われた私は護身術も極めていたのです。
「ハッ!」
右のハイキックを襲撃者の顔面に叩き込みます。
間髪置かず飛び上がって別の襲撃者に左のかかと落としを食らわせました。
右のローキックと見せかけてミドルキックに軌道を変化させ、ほとんど同時に左の回し蹴りを放ちます。
一瞬で助走して襲撃者のリーダーに前蹴りを叩きつけました。
よろめいたところを飛び上がって頭を足で挟みねじ切るように地面に打ち落とします。
十秒も経たないうちに三人の襲撃者は気絶して倒れていました。
「マリアス様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
私は戦闘モードを解除してマリアス様に歩み寄りました。
「僕は大丈夫だよ。オクティのおかげだ……それより君は強いんだね」
「理由があって七歳の頃から十年間護身術を習っていたのですわ」
私は急に恥ずかしくなりました。
まともな淑女なら大勢の前で脚を振り上げて戦ったりしません。
「ありがとう助かったよ。このお礼は必ずするからね」
マリアス様の笑顔に私は急に気まずくなりました。
「あっ、あの……銀の竪琴が壊れてしまいましたわ。私がもっと早く襲撃者を倒していれば壊されなかったのに……」
「そんなこと、オクティのせいじゃないよ」
「いいえ! 私の気が済みませんわ、弁償させてください!」
私はマリアス様の手を掴んで歩き始めました。
このときの私は平常心ではなくなってどうにかなっていたのです。
男の人の手を引っ張って歩くなんて。
ここでマリアス様と離れたら二度と会えなくなるような不安に押し流されていつもならやらないような行動を取っていたのです。
「弁償したいけど、私は自分の自由になるお金は持っていないんです。でも、私が働いているお店に来てくださったら、女主人のバーバラ様が相談に乗ってくださると思うんです」
「そんなに手を引っ張らなくてもついていくよ」
マリアス様がいたずらっぽく笑いました。
私は真っ赤な顔でマリアス様と並んでスラムの近くに向かって歩いていきました。
「私の職業を知っても驚かないでくださいね」
「うん。普通の令嬢ではないんだろうね。でも、僕もいろいろな地方を旅して、いろいろな人に会ってきたから大抵のことでは驚かないよ」
私は歩きながらモジモジしていました。
ワンピースの下に装着している拘束具がギュッと食い込んではいけないところに食い込んできているのです。
襲撃者相手に大立ち回りを演じたので、拘束具のベルトがグイグイと擦れて食い込んできたのです。
とても歩きにくかったですが、マリアス様に拘束具を付けていることを悟られるわけにはいきません。
ワンピースの下に拘束具を装着している変態女だと思われたら恥ずかしくて死んでしまいそうになります。
一時間ほど歩いて女神の薔薇園に戻ってきました。
「バーバラ様、今戻りました」
バーバラ様は私がマリアス様と手を繋いで店に入ってきても驚きませんでした。
「初めてのお使いで、もう男をひっかけてきたのかい?」
「いえっ、あの、その……」
私がどう説明して良いのかわからずにうろたえていると、マリアス様が助け舟を出してくださいました。
「僕は吟遊詩人のマリアスというものです。暴漢に襲われていたところをオクティさんに助けてもらったんです。そのときに商売道具の竪琴が壊れてしまったんですけど、オクティさんが弁償してくれるというのです」
「そうです。私がもっと上手く襲撃者をやっつけていれば、竪琴は壊れなかったんです!」
バーバラさんはじろりとマリアス様の方を見ました。
「オクティに助けてもらったのに竪琴の弁償までさせるのかい? この娘は理由ありで自由になるお金は1ゴールドも持っていないんだよ」
「ですから、割引価格にしてほしいのです」
マリアス様は笑顔で値段の交渉を始めました。
「オクティさんほどの美貌ならこの店でも売れっ子でいるはずです。普通なら料金が高すぎて僕のような吟遊詩人では買えませんけど、半額にしてくれればこの店に通ってオクティさんを指名することが出来ます」
「ハッ! ちゃっかりしてるねぇ! あんたもオクティに惚れたから何度でも会いたくなったんだろう?」
百戦錬磨のバーバラ様はマリアス様を見透かすような鋭い目で見ました。
「あっ、あの……私もそのほうが良いです。お金で弁償したくてもお金は用意できませんし……。私の身体で満足してもらえるのならそのほうが良いです」
私が赤い顔をしてもじもじと言うと、バーバラ様は仕方ないという風に大きなため息をつきました。
「この様子なら一目惚れで相思相愛なんだろうね。私も好き合っているものを引き裂くほど野暮じゃないよ」
「だけど、覚悟しておくんだね。オクティの抱えている闇は優男の背負い切れるものじゃないんだよ」
「忠告は重く受け止めます。でも、僕もただの優男の吟遊詩人では終われなくなりました。このランバード国の闇にもっと踏み込んでみますよ」
「覚悟は決めたということだね。それなら何も言わないよ。通常の半額でオクティを指名できる権利を与えるよ」
「ありがとうございます!」
私は食い気味にバーバラ様にお礼を言っていました。
それほど一目惚れというのでしょうか、昔の愛し合っていた頃のカイン殿下に見た目の雰囲気の似たマリアス様に夢中になっていたのです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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