どっかにあった何処でもdoor理論
続かない、しょうもない話。
懐かしい。
古びたリングが引き出しの奥から出てきたものだから、つい手に取って感傷にひたっしまった。
「随分年期ものっスね。仕事の手、止めるなら思い出話くらい聞いてやってもいいっスよ、ボス?」
この、“休憩しましょう”がシンプルに言えない助手に、コーヒーブレイクがてら語るとしよう。
まだ私が、青臭い正義感を持っていた頃の話を。
★
その頃の私は組織に属してはいたが、末端の雑用係りだった。組織の役に立つ為に仕事をこなし、空き時間で知識を蓄えていた。
いつか来る、その時に備えて。
そんな折、研究室から声を掛けられた。新しい装置のテストを兼ねて任務を任せたいという。装置の名は略称“パス”と呼ばれ、夢物語の何処でもドアを無理やり形にした……言ってしまえば劣化版だ。危険の伴う任務だったが、完璧にやり遂げて正式に“パス”を開発した博士の専属エージェントに昇格した。
この“パス”を使って悪と戦う。
簡単なお仕事だった。
思っていたよりも早く出番が来た訳だが、私自身の準備は万端だったし、それ以上に……“パス”を劣化版と言ったが、機能としては十分なチートだったのだから。
まず、侵入は自力で行う。
安全な経路は全てリサーチ済みで問題はない。
指定されたポイントに爆弾をセットして“パス”で脱出するだけ。セットしてから起爆まで僅か1分。
リアル勝ち確だ。嵌め技と言ってもいいだろう。
見た目は無機質なただの首輪にしか見えないのに、うちの科学班はなんてもんを作ってしまったんだ。
そんな“パス”の懸案事項を追記しておこう。
まず、“パス”は使いきりで一度しか転送出来ない。これは転送できるのが肉体のみで“パス”が残されてしまう為の悪用防止措置だそうだ。
そして、脱出場所は選べても転送先は研究室しか選択肢がない。改良が進めば日常的にいろんな場所へ行ける日がくるのだろうか。
慣れとは恐ろしい。
回数をこなすうちに“パス”の感動も薄れて任務はただの作業になった。あと転送後のメディカルチェックがだるい。何度も何度も同じ質問をされるんだ。
その日も作業のような任務を片手間でこなし、この後のメディカルチェックの事を考えて憂鬱になっていた。潜入任務中に、だ。
私はミスをした。
見付かりはしなかったものの、装備品の幾つかを破損するほどの形振り構わずの立ち回りをする羽目になり、なんとか爆弾をセットして“パス”をしようとしたら――――
転送、されなかった。
急いで爆弾を止めて遠隔操作に変更したさ。
あの時は焦った。“パス”が壊れたと思ってね。
自力で脱出して距離を取ってから起爆しようと計画を切り替えたんだが……叩いたら直るかも、なんて考えて“パス”を首から外した瞬間に……転送されてしまった。
任務失敗
爆破出来ずに帰って来てしまった。
研究室から任務地の爆弾を起爆出来るだろうか?いや、電波を辿られる可能性もある。再びあの場所へ行くべきか。
私は博士の元へ急いだ。報告をして指示を仰ぐ為に。
結果、私は任務失敗によるペナルティを受ける事はなかった。降格も、爆弾を起爆させに行くことも……なかった。
爆弾はすでに起爆され、任務は成功……していた。
いったい、何が起こったのか。
その時にもっと、考えておくべきだった。
今更だがね。
“パス”の故障の前後を転送による一時的記憶の混濁とみなされた時点で、その後の惨劇を止める手だては無かっただろう。
それから数回の任務をこなし懸念も薄れた頃、そいつは現れた。
フードを目深に被った男だった。
侵入経路のリサーチも終わり、裏口から内部を伺っていたら突然襲い掛かって来た。
真っ先に“パス”を引き千切られて奪い取られた。最重要機密を奪われた事に呆気にとられ、対応が遅れた。
致命的なミスだ。
包帯でぐるぐる巻きにした手で奪った“パス”を見せ付けながら、フードの男は言った。
「これでゆっくり話せる」
最悪の予感に、衝撃がはしった。
こいつ、“パス”が何かを知っている?
考えている時間はなかった。
直感で、研究室が危ないと思った。
任務も機密も放棄して、“パス”を起動した。
今回の任務は内蔵型の“パス”の起動実験も兼ねていて、2つの“パス”を所持していたのは幸運だった。
無事、転送が完了し居るであろう侵入者を探した。フードの男も直ぐに来るに違いないから転送室に外からロックを掛けた。
時間はどれ程稼げるだろうか。
焦るあまり乱暴に扉を開ける。
博士は無事なのか。
そんな疑問は、全て塗り潰された。
赤、赤、赤、赤ーーーーーー。
惨状は全てを雄弁に語っていた。
遅かった。
カチャッ、ーーーー。
無機質な高音が響く。
両手を上げ、背後に立つ侵入者に自嘲気味に問う。
「大方、敵対組織の報復ってとこだろう?」
「……ハズレだ」
心臓が跳ねたかと思うほど驚いた。
問いの答ではなくその声が、フードの男のそれだったから。
振り返るとさらに驚く事になる。
そこに立っていたのは、
私の姿をしていたのだから。
「まだ気付いてないのか?」
フリーズしたように、考える事を拒否していた。反応の薄い私に、私の姿をした男が語りだす。
「裏切り者に教えてやるよ。自分が何をしたのか」
リング状の“パス”が投げ渡される。
転送ボタンを押すように要求された。意味が分からない。転送したところで、外からロックされた転送室に飛ぶだけだ。
さらに、後が面倒だから手に持つなと要求される。まったくもって、意味が分からない。
ボールペンに引っ掻けた状態で転送ボタンを押した。この場合、転送されるのはボールペンだけだろうか?それともーーー?
カシャンッ。
“パス”が転がり落ちた。
ボールペンも自分も、転送されることはなかった。
が、驚いているのはそこじゃない。
確かに見た。
“パス”からワイヤーが引かれて、ボールペンが半分に切られたのを。
ぽたぽたと落ちるインクをただ、眺めた。
もう何一つ考える気にならない。
本来、リングの中央に収まっているべきもののことなどーーー。
「物質を転送なんて出来るわけないだろ。それで転送されるのは記憶情報だけ、肉体は置き去りさ。1分後に爆弾で首なし死体もろとも証拠隠滅。完璧だろ?」
………。
「どうせ爆弾で死ぬんだからって?1分あったら止めれちまうだろ、俺なら。あいつ等バカの癖にその辺は頭いいからな。それと、一度しか転送出来ないってのも嘘な。安易に使われて自分の首なし死体とご対面されても困るからだろうな」
……。
「ははっ、大義名分?正義の為なら犠牲はしかたないって?んなもん、ねぇよ。あれな、実験のついでのただの資金稼ぎ。爆破して回ったの、ただの民間企業だぞ。あいつ等が欲しかったのはテロ行為の報酬と、転送された記憶・人格のデータだとよ」
……。
「覚えてるか?任務中にパスを首から外した事があるだろ。俺はその時、偶然生き残った。あの時は何がなんだかさっぱりだった。今のお前みたいにな。最初は自分が要済みになって処分されたんだろうって考えた。とりあえず遠隔で爆弾起爆して死んだことにしてさ」
……。
「そして、俺の後釜が任務に出るのを待った。まさか、俺が出て来るなんてな。笑ったさ。後を着けて、爆弾のセットを見届けて。残ってたのは首なし死体とカウントしてる爆弾。答え合わせ完了ってね」
……。
「冗談じゃない。俺を消耗品扱いしやがって」
インクとともに流れ出る情報に翻弄される。
だから……だからなんなんだ?
目的は復讐、なのか?
「俺を置き去りにしたのはーーー、裏切ったのはお前だろ?」
銃口が真っ直ぐに頭部に向けられる。
なるほど。
少しづつ彼の辿った道が理解できてきた。
“パス”を首から外した後の記憶が無かったのは、私がそこまでのデータだからか。そして元データを爆弾と共に置き去りにした。
だから、裏切り者は私……。
だとしても、
そうだとしても………
「転送ボタン押したの、お前だろ?私は転送ボタンが押された後の送信データなんだから」
「ーーーーーーーーあ…」
長い、沈黙が流れた。
どちらが言い出したのだろう。
この際もう、どちらでもよかった。
「なぁ…」
「組織もなくなったし、この際さ…」
「双子ってことにして旅に出るか…」
「一人になるまで殺し会うか……選ぶか?」
★
「へぇー」
かちゃりとコーヒーカップを置いた助手は、手際よくテーブルセットを片していった。
まだ終わってないんだけど。
続き、気になんないの?
自分のデスクにもどって作業再開してさ。
仕事しろ的に睨むなら最後まで聞いてくんない?
「ボスが言ったんじゃないっスか、どっちでもいいって」
こいつ、絶妙に聞き間違えとる。
話聞いてた?
まだ、続きがあるんだよ?
まず、なんであいつの方が先に研究所にいたのか疑問だろ?
転送データを体に移すのに数日かかるんだ。
後になって知った事だけどね。
だから、私の転送が終わった時には手遅れだった。
と、思っていたよ。
研究所は地下深くにあって、唯一のエレベーターは内部からしか操作出来ない。
いったいどうやって入ったのか。
答えは簡単。
転送すればいい。
データを体に移すのに数日。
それ以前に、体を用意するのにも時間がかかる。
私の任務後の体にあいつが入った為に、私はさらに数日遅れた訳だ。
そう、気付いた時には手遅れになっていた。
あいつの手に包帯が無いことにもっと早く気付けていれば…。
元データがまだ、外にいることに。
自らの手で復讐も、和解も出来ずに。
裏切られたという負の感情を持て余した存在となって。
転送システムを悪用して人類のガン化(成長も進化も望めない多様性のない状態。種としての終わり)を目論んだりとかさ、
“パス”が内蔵型になったせいで二人の体のどこかに致死性の何かが仕込まれてたりとかさ、
続き、聞きたいだろ?
「なんだ。床に頭擦り付けて頼むなら、一思いに息の根止めてやってもいいっスよ」
意訳(うっさい。仕事しろ、ハゲ)
聞いてくれてもいいだろ(泣)助手く~ん。
ゆっくり話がしたかったのに外に置いてかれた元データさん可哀相す。