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第3話 ひよと行水さん

茂野さんのお屋敷に来てから3日が経った。


わたしは皿洗いをしながらついさっきの出来事を思い出して笑みがこぼれそうになっていた。



茂野さんのお屋敷に来た初日に言われた通り本当にわたしをお姫様のように扱うお二人にわたしが直談判したのだ。


「ひよ。帰ったよ。出先で饅頭を貰ったんだ。一緒に食べようか」


また自分でお茶を入れようとするお二人にわたしは思い切って言った。


「あの!お、お願いがあるんです」

突然言い放ったわたしに茂野さんは驚いたように目を開き、篠田さんは何か分かっているのかにこにこと微笑んでいた。


「どうしたんだい?なんでも言ってみなさい」

このお砂糖を煮詰めたような甘すぎる対応には未だ涙が出そうになる時がある。


「わたし役に立ちたいです!でも出来ることがなくて、だから、か、家事をさせてください。」


恐る恐る顔をあげるとなんだか青い顔をした茂野さんと相変わらずにこにこしている篠田さんがいた。



「ひよ!私はそれをさせないためにここに連れてきたんだ。手だってやっと治ってきただろう?」


「…たしかにあちらのお屋敷では、家事をするのは正直辛いと思っていました。」


「なら!」


「で、でも!お2人にはしたいんです。役に立ちたいんです。………さ、させて頂けないんなら、ここに居れません!」

茂野さんは青いを通り越して白くなりかけていた。


「………ひよ。他のお願いならなんでも聞いてやるから」

両手で肩を掴まれて懇願される。

なんて贅沢なお願いなんだろうな。



でもこちらも引けないのだ。


ふるふると首を振って拒否するわたしと茂野さんの間に面白いものを見ているような顔をした篠田さんが入った。


「先生。させてやってはどうですか。私も手伝いますし。なによりひよ様がお願いなど滅多にしてくれないと思いますよ?」


ぶんぶんと首を縦に振って篠田さんに賛同するわたしをみて茂野さんは本当に困ったような顔をして、大きくため息をついて言った。


「……わかったよ」







水仕事をしたあとは必ず軟膏を手に塗ること、重いものは持たないこと、ずっと働き続けず休憩を必ずとること…

他にも色々言われた気がしたけどやっと役に立てる嬉しさであまり耳に入ってこなかった。



早速皿洗いをすると言ったら、贅沢にも沸かしたお湯を桶に入れて冷たくて耐えられなくなったらここに手を浸すようにと言われた。




(さすがに過保護なんじゃないかなぁ)

ふふっと笑いがこぼれる




「ご機嫌ですね、ひよ様。何かお手伝い出来ることはありませんか?」


「篠田さん!大丈夫です。むしろこんなに楽しい家事ははじめてです。」

きっと相当ふやけた顔をして答えてしまっただろう。



「ひよ様の笑顔は本当に幸せそうですね。こちらまで移ってしまいそうです」


「へへ……そういえば、篠田さん。”ひよ様”はおやめ下さい。それに敬語も。わたしの方が年も下ですし」


「…そうですね。わたしも仲良くなりたいと思っていましたし…なんとお呼びいたしましょうか。ひよさん?ひよちゃん?」


「ひ、ひよで大丈夫です!」


「ひよ、ですね。分かりました。敬語はおいおい外していきましょうか。突然仲良くなると先生に嫉妬されそうですし」


「??」

篠田さんは眉毛を八の字にして笑いながら言った。


「ひよも人のことは言えませんよ?私のことはなんとお呼びですか?」


「…”篠田さん”と」


篠田さんはふふふと笑っていてなんだか無言の圧を感じる。


「…ええと、こ、行水(こうすい)さん?」


「そうしましょうか。先生も名前でお呼びすると大変喜ばれますよ」


「な、なんだか茂野さんは少し恐れ多いというか…ええと」


「…ほう、わたしは恐れ多くないのですね?」


「え!あぁ、あ、えっとちがうんです!その、」


「ふふっ分かっていますよ。ひよはからかいがいのある子ですね」


顔がかーっと赤くなる。なんだか行水さんは1枚も2枚も上手な気がする。




「では、私と同じようにお呼びしては?」


「”先生”ですか?」


行水さんは頷いて、後で呼んでみましょう。と、この話は終わった。







 皿洗いがひと段落ついたというひよをお茶にしようと誘った。ひよはにこにこと笑顔ではいと答えた。

先生に連れられて初めて会ったときは、目が虚ろで悲壮感を漂わせる雰囲気だったが随分明るい表情をするようになったと思う。

 きっと本来の性格はこっちだろう。



 茶を用意してくれたひよにありがとう。と言うとへへと笑った。なんだか庇護欲を掻き立てられる子だ。先生が溺愛するのも少しわかるな。それにしても過保護すぎることはあるが …



「あの、ここではずっと女中さんを雇ってはいなかったのですか?立派なお屋敷なのでてっきりいらっしゃるかと…」


「あぁ…先生は女性に下僕のような扱いをすることを酷く嫌うんです。欧米へ留学していた経験があったらしくてね。そこでレディファーストという言葉を学んだらしいです。」


「れでぃーふぁーすと、ですか?」



「そう、女性が第一という意味です。だから女中は雇わず身の回りのことは全て自分ですると」


「……」


「…ひよ?」

固まってしまったひよに声を掛ける。


「い、いえ、本当に素敵な方だなと、なんだかびっくりして」


「あぁ、私も初めて聞いたときは脱帽しました。先生は、新しい考え方を受け入れるのが早いんです。本当に凄い方です。」

(俺なんかとは違って)




「でも、きっと行水(こうすい)さんのように先生の考え方を共にしてくれる方がいて安心したでしょうね」


(なにを言って…)

「…いや、お、私は先生についてまわっているだけで何も」


「いえ、とても素敵な考え方ですけどその、れでぃーふぁーすと、はこの国ではまだまだ浸透していないでしょうし。否定されることも多かったと思います。きっと行水さんに受け入れてもらえて嬉しかったと思いますよ」

ひよはそう言ってふわりと微笑んだ。



「やっぱり行水さんと先生の絆はとても深いですね。わたしも加われるように頑張らないと…!」

そう言いながら小さく胸の前で拳を上下させるひよをぽかんと見つめてしまった。




 無理を言って先生の元へ転がりこんでから月日は経ったがいつ出て行けと言われるか分からなかった。

きっと先生の優しさで置いてくれているだけで、文の才もない未熟者に信頼なんて置いていないだろうと、そう思っていた。

 絆なんて感じてくれているだろうか。





ガラガラガラっと引き戸を引く音が響いた。

「ただいまー。」


「あっ先生が帰ってきましたね」

ひよが立つと同時に先生が居間へ入ってきた。


「お?2人で茶会か?羨ましいな」


「へへ…せ、し、茂野さんのお話をたくさん聞いていたんです」

先生と呼ぶのはまだ恥ずかしいのか茂野さんに戻っている。


「私の話?もしかしてなにかやらかしてしまったことだろうか?!」


「ふふっ、その話も聞いてみたいです。でも、お二人の絆は深いなぁという話を」


「絆?まぁこんな不甲斐ない私を受け入れてくれたのは行水くらいだからな。な?行水」


「え…いえ、は、はい」


「なんだ?不満か?私たちの絆は海より深いだろう?」

ニヤニヤしながら先生は言った。

海より深い、か



「…ははっ、そうですね」


「なんだか反応が薄いな、おい」


「何言っているんですか、ひよが呆れていますよ」

はぁと態とらしくため息をつく俺に先生は慌てていた。


ひよはくすくすと笑いながらその様子をみていた。





 その後、俺がひよと呼んでいることに気づいた先生に問い詰められた。でもひよが先生、と呼んだことで助かった。

 ちなみに先生と呼んだひよにもう一度言ってくれ!と迫った人をひよから引き剥がすのは少々苦労した。



「ひよにも先生と呼ばれるとなると悪いことは出来ないな。これからはきっちり締め切りを守るか、いやでも……」



ぶつぶつと呟く人は放って置いてひよの掃除の手伝いをすることにした。

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