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第七話


 あの後、エミリアとはお互いの時間割を共有して別れた。お友達とはいっても、あまり連れ立っていては周囲から余計に目を付けられるだろうし、それで相手が傷付いてしまうのは本意ではない。だから空き時間にこっそりお喋りしようということになった。


 わたしはかなり授業を詰め込んでいたので、空き時間が被ったのは金曜の三時限目だけ。「金曜日に楽しみがあると一週間頑張れそうです」と笑ったエミリアは、この学園で出会った誰より親しみがあって可愛らしい。


 このままお昼も一緒に食べたいな、なんて思ったけれど、わたしは今日食堂で食べるつもりだったので誘えなかった。人目にさらされすぎてしまう。今日は無理だけど、学園の授業は午前と午後にふたつずつだから金曜日はお昼休みから会えるし、お互いお弁当を持参しようという話になった。来週以降のお楽しみだ。


 丸二年、一人きりで過ごす可能性だって十分あったのに、まさか秘密のお友達ができるなんて。によによ緩みそうな口元を押さえて、時間潰しを兼ねて校舎を探索する。……リアムとやってること、変わらないかもしれない。とはいえエミリアと過ごす場所も探したいし、なんて心の中で言い訳をしてしばらくうろうろしてから食堂に移動した。


 ちょうど二限目の終業の鐘が鳴ったあとだったので、もしかしたら混み合っているかもしれない。先に食事にすればよかったと思いつつ食堂に入ると案の定混雑していた。


 さすがは貴族学園というべきか、メニューはなかなか豪勢だった。どれにしようかなあ、なんて呑気に考えている間も、ちらちらと窺うような視線を感じる。……うん、やっぱり探索より先に食事にすべきだった。


「お前がセラフィーナ・ベネットか」

「……はい?」


 突然背後から声をかけられて反応が遅れた。仮にも公爵令嬢のわたしを呼び捨てにするなんていったい誰だろう。


 振り返ると、シルバーの髪をきっちりセットした赤目のイケメンが、女子をたくさん侍らせて立っていた。どこからどう見てもイケメンだけど、少し顎を突き出すような立ち姿と赤いのに冷たい瞳で、彼が高圧的な人物だというのがわかる。


 なんというか……乙女ゲームだと一番攻略難易度が高そうな人だな。いや、わたし乙女ゲームやったことないけど。


 前世ではゲームを買うお金もなかったし。趣味らしい趣味もなく、時々ネット小説を読んでいた程度の感覚だけど、あながち間違いではない気がする。いわゆる俺様キャラでは……と思っていると、銀髪のイケメンは眉間に皺を寄せた。


「この俺がわざわざ話しかけてやったというのに、なんだその反応は」

「そうよ、ジェラルド様に失礼だわ」


 本当に俺様キャラなんだ……と謎の感心を抱く。とはいえその横柄な態度と、隣にいた女子生徒のおかげで彼がいったい誰なのか気付くことができた。この攻略難易度が高そうなイケメンは、ジェラルド・キャンベル……この国の第二王子だ。


 第二王子といえば、たしかひとつ上の学年。人柄ではあんまりいい話は聞かないけれど、彼と年子の第一王子が体調を崩しがちだということもあり、次期国王に選ばれる可能性もなくはない……とかなんとかで、ちやほやされているらしい。


 この人に気に入られて、将来王妃にでもなれたなら……魔法省の、お父様の立場も変わったのかもしれない。入学式で大失態をやらかした以上、そんな未来は訪れないだろうけど。


 ここでも笑ってみせればワンチャン「ふーん、おもしれー女」って展開になる可能性もあるかな、なんて思ったものの、下手に気に入られても面倒そうな相手だなと思う。面白くない女でいいや、今更だし。妙なことをやってこれ以上評判を落とす方が将来的によくない。


「失礼いたしました、ジェラルド様。セラフィーナ・ベネットでございます」

「ハッ。格下相手にも媚を売る下品な女だと聞いていたが、一応公爵令嬢らしい振る舞いもできるんだな」


 第二王子は小馬鹿にした態度を隠しもせず、わたしのことを鼻で笑った。あなたのその笑いは下品じゃないのかと言ってやりたい気もするけど、揉め事を起こしたいわけではないから、気にしてませんよと澄ました表情をするほかない。


「……つまらない女だな。言い返しもしないのか。入学式のようにせいぜい笑ってみせれば話の種にでもなっただろうに」


 言い返したら大ごとでしょうが。本当は上手く切り返したり躱したりできるといいんだろうけど、あいにくわたしはそういうのが下手くそだ。前世でもずっとあらゆる人間関係を愛想笑いだけで乗り切ってきたんだもの。


 どのみち笑ってみせたところで、この人は「ふーん、おもしれー女」じゃなくて本気で馬鹿にして終わるタイプだろうな。そういう意地の悪さを感じる。


 胸にじくじくと嫌な気持ちが広がりはじめたとき、さらに嫌な気分になる声がした。


「ジェラルド様、構っている時間が惜しいですわ」

「アイリーン」


 見覚えのある金髪が女子の間をするする通り抜けてきて、第二王子の腕にべったりくっついた。


「あなた様がわざわざ見るようなものでもないでしょう?」

「それはそうだな。俺には俺だけの……可愛いお前の微笑みがある」

「ええ。ねえ、早く二人きりになれる場所へ行きたいわ」


 表情こそ澄ましているものの、アイリーンは猫なで声でそう言って、勝ち誇った目でこちらを見てくる。


 ああ、なるほど。彼女は入学二日目にして第二王子に取り入ることにも成功したんだ。このままアイリーンが第二王子と上手くいけば、我が家と彼女の家……魔法省と科学省の力の差も決定的なものになるだろう。


 なにも言えないわたしをよそに、二人はべたべたとくっついたまま別室へ向かった。王族専用エリアでもあるのかもしれない。


 第二王子を囲っていたご令嬢たちまでご丁寧にわたしを小馬鹿にして散っていった。完全に舐められている。さすがにいたたまれない気持ちになって、結局わたしは昼食を取らずにその場を離れた。


 悔しいとかみじめだとか、情けないとか、いろいろ感じることはあったけど……もうひとつ胸に宿った悲しい気持ちに涙が出そうになる。


『つまらない女』


 第二王子の声に重なるように思い出されたのは、前世の記憶だ。いつだったかな……そうだ、交通事故に遭う直前だ。


 前世のわたしは、小さいころから家族に甘えることができなかったせいか、人と関わるのがあまり得意ではなかった。どれくらい頼っていいのかわからなくて、甘えすぎて負担になるのが怖くて、友達作りも苦手だった。


 就職してからはなおさらそうで、突然放り込まれた大人ばかりの社会の中でどう立ち回ればいいのかわからず苦労した。いくらか職場を転々として、ようやく当たり障りのない対応を覚えて……恋人もできた。


 同じ職場だった彼が、わたしについて同僚と話している現場に遭遇したのが、事故で死んでしまう日のことだった。


『お前、あの事務の子と付き合ってるんだろ。可愛いよな、いつもにこにこしててさあ』

『あー、まあな。可愛いよ』


 自分の話だと気が付いて、咄嗟に隠れた。ようやく甘えてもいいのかもと思えるようになってきた、初めての恋人が自分を「可愛い」と言ってくれたのが聞こえて嬉しくなる。告白してくれたときも「笑顔が可愛くて好きになった」と言ってくれたんだった。


 でも、嬉しくて頬が緩んでしまうより早く……続く彼の言葉で、わたしは絶望してしまった。


『けど可愛いだけだわ。なに食べたいとかどこ行きたいとかも全部こっち任せでさ、なんでもいいとしか言わないし。趣味もないとか言って、いっつも俺ばっかり喋っててさあ』


 聞き上手ってことじゃん、という同僚のフォローを、彼は笑い飛ばす。


『いや限度あるって! 会話続かねえもん。正直気まずい』

『でも可愛いからよくね?』

『俺も最初はそう思ってたけどさ。でもぶっちゃけ笑うと愛嬌あるってだけで、飛び抜けて美人でもないし。いてもいなくても一緒っていうか……』


 つまらない女だよ。そう聞こえたところで限界が来て、わたしはその場を逃げ出した。


 食べたいものや行きたい場所を言えなかったのは、わがままを言って嫌われるのがこわかったからで。彼が話してくれるのを聞いてばかりだったのは、空っぽの自分を知られるより、彼のことを知りたかったからで。時々会話が途切れる時間も……言葉がなくても分かり合えるんだ、なんて居心地よく思っていたくらい。


 大好きだった。この人とだったらずっと一緒にいられると思っていた。でも、それはわたしだけだった。


 涙が止まらなくて、呆然と歩いていた帰り道に信号無視の車に轢かれ……わたしの短い人生は幕を閉じた。


「……つまらないな」


 手放しに幸せだったとは言えない前世の中でもことさら悲しい記憶が鮮明に蘇って、あのときと同じように呆然と歩いていたら、気付くと第二棟の裏庭まで戻っていた。食堂を離れたときには泣きそうだと思ったのに、ここまで歩いてくるうちに涙は引っ込んでしまったみたい。ほの暗い気持ちだけが胸いっぱいに広がっている。


 彼の言うように、たしかにわたしはつまらない女だったんだろう。つまらないなりに懸命に生きていたつもりだけど、前世はおろか異世界に生まれ変わっても結局つまらないまま。


 ここで役立つような前世の知識があるわけでもない。むしろ唯一の処世術だった愛想笑いで大失敗して、家族にも迷惑をかけた。


 悲しいのに涙も出ない。こんな気分は、随分久しぶりだった。



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