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第四話


「いや~、ギリギリ。危なかったなあ」

「…………」


 ふう、と大げさに汗を拭う仕草をした青年に、教室中の視線が思わず釘付けになっている。微塵も気にした様子がないその青年は、綺麗な金の髪をしていた。黄色みが強いアイリーンの金髪とはまた違う、透明感のある髪は襟足が長くてサラサラだ。負けず劣らず輝く金色の瞳が、やや日に焼けたような肌によく映えている。


「あなたは……」

「リアムだ! 悪いな先生、でもセーフだろ?」


 いえあの、自分は事務員で……と教壇の男性が言うと同時に鐘が鳴った。本来はこれが始業の合図なのだろう。たしかにセーフだ。


「ま、まあ……構いません。着席してください」

「はーい」


 リアムと名乗った青年は軽い足取りでひとつだけ空いていた席……わたしの隣へ向かって歩き始めた。なんていうか、こう……チャラいな……。


 この教室ということは、彼もそれなりの立場の人なんだろうけど……そうとは思えないくらいに、チャラい。イケメンだけどチャラい。初日だというのに制服の襟は開いているし、そこから覗く首元、腕や指にまでたくさんの装飾品を着けている。頭のてっぺんから指先までキラキラしていて、全体的に眩しい。


 眩しさから目を逸らすように、座席表に視線を落とす。わたしの隣に書かれていた名前は、リアム・オルティス。……オルティス……?


 学園で関わることになりそうな年ごろの子どもがいる貴族の名前は一通り見てきたはずだけれど、覚えがない。入学パーティーで見かけた記憶もない。これだけ派手だったなら覚えていそうだけど、あの日はわたしも混乱していたし……忘れているだけだろうか。


 カツカツと鳴る革靴の音が近くなって顔を上げると、言い逃れができないほどバッチリ目が合ってしまった。金色の目が僅かに見開かれる。


 どうしよう。会釈でいいかな、笑うわけにもいかないし……と、わたしが考えるより早く。「あーっ!!」という大声が教室中に響いた。


「君、この教室だったのか!」


 ぱっと満面の笑みでそう言ったリアムに対し、わたしは目が点になる。な、なに……?


「いや~、探す手間が省けた! ラッキーだな」


 うんうん、となにやら一人で頷いているのを呆然と見ていると、彼はずいっと片手を差し出してきた。


「リアム・オルティスだ。よろしく」

「よ、よろしく……?」


 訳がわからないまま、とりあえずわたしも右手を差し出す。その手をぐいっと握って、リアムはまたニカッと笑った。


 な、なんなんだろう、この人……。この世界で異様にコミュ力の高いチャラ男に絡まれるなんて想像もしていなかったので、握手する手をぶんぶん上下に振られても、わたしはされるがままだ。ぽかんとしていると、やがてリアムも目をぱちくりさせる。


「君、今日はどうして……」

「ええと……、始めてもよろしいでしょうか」


 リアムがなにか言いかけると同時に、事務員の男性が声をかけてきた。たしかに、もう始業の鐘は鳴っているのだ。そんな中でこんなことをしているリアムは非常に目立っている。いや、登場から目立ってるけど。


「おっと! 悪かった」


 リアムはぱっと手を離して、大人しく席に着いた。平然としている彼とは異なり、わたしの心臓は忙しない。前世でも今世でもあんまり関わりがなかったタイプの人だからだろうか、それとも巻き込まれて悪目立ちしているからだろうか。


 小さく深呼吸をして前を向く。事務員の男性はようやく説明を始められたことに安堵しているようだ。


 年間スケジュール、講義の取り方、学園内の施設について……と、諸々の説明を受け、最後に各講義の簡単な説明が書かれた冊子が配られた。パラパラめくってみると、どれも面白そうで心惹かれる。


 なんだかわくわくしてきた。前世でも大学に行っていたら、こうやっていろんな勉強ができたのかな。そんなことを考えていたとき、ふと隣からの視線に気が付いた。


「…………え、と……?」


 頬杖をついて、リアムがこちらを見ている。目が合うとにこっと微笑まれたけど笑い返すわけにもいかず、そもそもどうしてこっちを見ているのかもわからない。


 ……もしかしなくても、変な人かも……。


 視線をゆっくり冊子へ戻す。どうしよう。助けてお父様、お兄様……!


 結局、その後もずっと隣からの視線は感じたままで、わたしは冊子に顔を埋めるようにしてなんとか乗り切ったのだった。





「──……それでは、一度休憩を挟みます」


 終業の鐘が鳴り、事務員さんが出ていった。つ、疲れた……。長い時間座っていたことではなく、主に隣からの視線のせいで気疲れしてしまった。


 ふう、と小さく息を吐く。休憩は三十分。結構長いけれど……どうしよう。どうせ誰も話しかけてはこないんだから本でも持ってくればよかったと思っていると、ふと影が落ちた。


「君!」

「な……、なんでしょう」


 リアムだ。隣の彼が立ち上がり、私の顔を覗き込んでいる。


「この後、暇か?」


 え、ナンパ……? 困惑するわたしをよそに、リアムはにこにこしている。本当に普通の貴族令息っぽくないけど、なんなんだろうこの人。


「え、えぇと……なにか御用でしょうか」


 とりあえず当たり障りなく、かといって微笑まないように気を付けつつ尋ねる。人と話すと、前世の癖で口角が上がりそうになっちゃうなあ。


「いや? ただ君に興味があって」

「え?」


 本気でナンパなのかと驚いたのはほんの一瞬。「この国であんなに笑う貴族令嬢がいるなんて思わなかった!」という言葉に、あっという間に心が凪ぐ。ああそう、興味って、そういう……。


 アイリーンとは別の角度から馬鹿にしているだけだとわかり、思わず眉間に皺が寄ってしまった。わたしの様子に目敏く気付いて、リアムは慌てた様子で「違うぞ」と声を上げた。


「嫌味じゃないし馬鹿にもしてない。俺はこの国の人間じゃないから、ツンとした態度の女より普通に笑ってくれる相手の方が好感が持てるってだけだ」

「この国の人間じゃない?」

「ああ。隣の国から来た。留学生……みたいなもんだな」


 隣国といえば、この国と同じで古くから魔法が存在している。そして同様に近年は化学が発展しているけれど、こことは違って上手く魔法と共存しているようで、職業としての魔術師もまだまだ現役だったはず。魔法と科学が融合した画期的な発明なども多く、経済活動も活発で力の強い大国だ。


 名前に聞き覚えがないことにも納得がいった。でもそんなところからどうしてわざわざこの学校へ? 疑問が顔に出てしまっていたのか、リアムは肩を竦めて「金持ちの道楽だ」と言った。


「実家が太くてな! 一年くらいこっちで人脈作りついでに遊ぼうかと思って。だが、この国の女性はみんな愛想が悪いだろ。それがマナーなんだろうが……うちでは真逆だからどうしても冷たく感じてしまって。入学パーティーも退屈だったんだ」

「そう、でしたの」


 ──……わたし、隣国だったら愛想笑いで無双できたのかな。美少女だし。


 なんて、どうしようもないことを考えてみたりする。それにしても。


「一年だけなんですか?」


 この学校は二年制だ。一年だと卒業扱いにならないのではと思って首を傾げる。


「学位はいらないからな。母国で取ってる。だから歳も君らより二つ上だぜ」


 なるほど。本当に道楽で入ってきた……ってことなのか。お金持ちのやることってわからないなあ。


「なあ、仲良くしよう。君に興味がある」

「……そう、言われましても……」


 そんなことするとたぶん、浮きますよ……と、直接は言えないけれど。リアムはこの教室中からの視線が気にならないのだろうか。休憩に入ってすぐ話し始めたわたしたちを、誰も彼もがこそこそ噂しながら眺めている。まあ、あの登場の仕方からして気にするタイプではなさそうか。


「敬語も要らない。ここでは同級生だろ?」

「わかりまし……、いえ、わかったわ」

「うん、それでいい。ところで君、今日はどうして笑わないんだ?」


 リアムの言葉に思わず動きが止まってしまう。よく通る彼の声が聞こえたのだろう、周囲からくすくす笑う声がする。


「あ……あの日は、調子が悪かっただけだから」

「ふうん? 調子が悪くて笑うなんて、君はやっぱり変わってるな」


 やっぱりってなんだ、やっぱりって。彼にしか聞こえないよう小声で答えたのに台無しだ。


「笑った顔が見たい」

「……悪いけど、そんな機会は二度と来ないわ」

「ええ~……。どうしてもか?」


 リアムは口を尖らせた。そんな顔されたって無理なものは無理。諦めてくれと伝えようとしたとき、リアムが「そうだ!」と声を上げた。


「じゃあ、俺が君を笑わせてみせよう!」

「へ?」

「入学式の愛想笑いなんて比じゃないくらい満面の笑みにしてみせるぜ!」

「え、ええ……っ?」


 噓でしょ、勘弁して……!


 確実にまずい男に目を付けられた。笑ってはいけない学園生活の難易度を上げると軽々宣言したチャラ男は、ものすごく楽しそうに口角を上げた。


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