第十九話
「ところで、お二人はもともとお知り合いだったのですか?」
わたしの質問に、王子様二人は目を合わせる。
「知り合いというか……」
「マブダチだな」
「だね」
……ま………、マブダチ……?
困惑するわたしを前に、リアムがエルヴィス様の肩に腕を回した。エルヴィス様も嫌がるどころか、少年のように笑っている。えっ、そんなフランクな関係なの!?
壇上でのやり取りの様子から、てっきりもっとこう研究仲間みたいな、職場でいうところの同僚的な関係なのかと……。共同研究のことだって、お互い利益があるから……とか、そんな感じかと思っていた。ち、違うの?
「まあ俺がこっちに来るまで、実際に会ったことはほとんどなかったんだが。十年ぶりくらいか?」
「そうだね」
「それがどうしてマ……、お友達に?」
危ない。つられてマブダチと言いかけて一度咳払いをした。
「八つのころ、俺が親父の公務にくっついてこの国に来たんだ。そのとき初めて顔を合わせたんだが、俺とエルヴィスがたまたま同い年だったこともあって、言葉と魔法の習得にいいだろうと国に戻ってからも定期的に魔法通話をさせられることになった」
「最初は週一くらいだったね」
そうか、この二人……同い年なんだ。エルヴィス様は去年学園を卒業された十八歳。リアムも最初に会ったときに、母国で学位を取ってから来たためにわたしの二つ上だと言っていた。
「意気投合したはいいものの、子供とはいえ他国の王子同士の会話だ。下手なことを喋るとまずいから当然大人が同席していたし、魔法通話機は使う都度回収された」
「けれど僕たちはもっと自由に、もっとたくさん話したくなった」
「そこで、エルヴィスの当時の家庭教師を巻き込んで、お互い通話機を自作したんだ」
「そうそう。最初はひどかったよねえ、音がガビガビでろくに聞こえなくって」
「今思うと、お互いよくあれで喋れていたものだなあ」
「あはは、本当に」
二人があまりにもさらっと話すので、一瞬聞き流しかけた。……うん?
「……魔法通話機を、自作?」
「ああ」
「八歳で……?」
「もう九つになるところだったと思うが」
いや、それでもおかしいけど……っ!? 子供どころか、大人だって普通はできない。驚きのあまり声も出せないわたしに気付いたのか、リアムが「さすがに二人じゃ無理だったぜ」と言った。そういう問題じゃない。
「バレなかったの? というか、大丈夫だったの? その家庭教師の方も含めて」
「結構長いことバレなかったよな。そりゃあバレたときには大騒ぎになったが」
「怒られたのは僕たちだけだったね。家庭教師は怒られるだけで済まないだろうから、僕らは二人でやったと言い張ったし」
「まあ、そもそも家庭教師はバレる以前にちゃっかり転職してたがなあ」
リアムが半笑いで視線をホールの前方に移した。その視線を辿ると、真面目そうな魔法工学の教授がすんとした顔で立っている。…………まさかね?
「これでもかと怒られたわけだが、そのころにはもうすっかり機械馬鹿と魔法馬鹿だったからな。結局、俺たちの遊びは公認になったというわけだ」
「禁止されようが隔離されようが結局やったと思うしね」
けらけら笑う二人は悪戯好きの子供みたいだ。……飛び抜けて才能のある子供たち、だろうけど。だからこそ魔力増幅器なんてとんでもないものが編み出せたのだろう。
「昔から、いつか二人で発明をしようと言ってたんだ。なのに、こいつと来たら俺を待たずにさっさと学園を卒業して!」
「僕の立場で留年なんて許されるわけがないし、許されたとしても弟と同学年になるなんて御免だったしね。来るのが遅いのが悪いよ」
「君なあ! 俺がここに来るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ! 一年くらい待ったっていいだろ!?」
エルヴィス様の肩に回していた腕を外して、リアムはぎゃあぎゃあ騒ぎ始める。そういえば以前、ここに来るための条件があるとか言っていた。王子ともなると、留学を承諾させるのは大変だったのかもしれない。
「制約は多いし! 守護の魔法具もこんなに着けさせられて!」
リアムがばっと腕を広げた勢いで、たくさんのアクセサリーがぶつかり合い音を立てた。……これ、全部魔法具だったんだ……。王子が単身他国に留学するなんて普通はありえないし、ありえるとしたらこれくらいやって当然なのかもしれない。チャラチャラした趣味だと思っていたことを心の中でこっそり謝罪した。
「僕が来られない日でも学園を満喫していたくせに。よく言うよ」
「それはそれだろ」
「はいはい。まあ、今日の発表も間に合ってよかったよね。正直無理かと思った」
エルヴィス様の言葉にはたと思い出す。そういえば……。
「そういえば、どうしてわたしが脅されてるとわかったの?」
小声で尋ねると、リアムは「あー……」と少し気まずそうな声を出した。
「日が出ている時間帯なら、俺は人よりちょっといろんなことができる」
「魔法じゃなくて?」
「似たようなもんだ。王族の血だな」
「……もしかして、一昨日以外にも……わたしが困ってると助けに入ってくれていたのは、その力のおかげ?」
「まあ」
曖昧に笑ったリアムに、エルヴィス様が「言ってなかったの?」と声をかけた。リアムが「当たり前だろ。一応国家機密だぞ」と返すのを聞いて、わたしはそれ以上深く追求するのをやめた。
「一昨日、中庭で会っただろ。あのとき、君の後ろでこそこそ第二棟に入っていくジェラルドが見えたし……ろくなこと考えてなさそうだと思って、ちょっとな」
そういえばあのときも、傾きかけていたとはいえまだ日が出ている時間帯だった。
「君に脅しをかけた時点で殴り飛ばしにいってもよかったんだが、一般生徒の分際で王子にそれをやるとまずいだろ。下手すると君の立場も悪くなるし」
「そんな心配……」
「自分のためでもあったんだ。身分が知られると強制帰還させられるから、正体は明かしたくなかった。増幅器が完成するまで帰りたくなくて、俺は一晩君を不安にさせたんだよ」
怒ってくれていいとリアムは言ったけれど、わたしは到底怒る気になんてなれなかった。きっと、リアムはわたしのことだけじゃなく、エルヴィス様のことも考えたんだろうと思ったからだ。
あの場でリアムが正体を明かして第二王子を断罪したらどうなるか。きっと大ごとになっていたはずだ。第二王子はリアムの身分を確かめさせろと騒ぎ、わたしを脅してなんかいないと言い張っただろう。下手したら国際問題になって、調査が入ればわたしの薬も検証のためだと取り上げられたかもしれないし、エルヴィス様は弟と親友が対立することになるし……。
わたしの薬を守ること、エルヴィス様との発明を完成させること、彼の弟に反省の機会を与えること。きっといろんなことを考えて黙っていたんだと思う。なんとか丸く収めようとしてくれて、結果的にうまくいったのに、それなのに、わざわざ自分を悪く言ってまでその優しさを隠してしまう。リアムがこういう人なんだって、わたしはもうわかっているつもりだ。
「とはいえ、増幅器すら未完成だったのに魔力の識別機能までつけるなんて言い出したときには驚いたね」
「そうするしかなかったのは誰の弟のせいだ。おかげさまで、人生で一番寝不足だ」
「それは本当にそう」
今立っているだけ奇跡だと笑ったエルヴィス様いわく、増幅器の完成に向け近ごろはもともと寝不足だったらしい。そこに本来であれば残りの年度いっぱいかけて開発するつもりだった魔力識別機能をつけることになり、二人して丸二日以上寝ていないんだとか。
「一刻も早く寝たい」
「僕も。さすがに二度と御免だな、このスケジュール」
「だから君の弟のせいだろ……」
「ごめんって」
リアムの言い方も、エルヴィス様の返事も決して嫌味っぽくはない。軽口を叩き合っているのを見ると、二人が本当に仲良しなのがわかる。
「まあでも、楽しかったな!」
「ああ、楽しかった!」
いくらかの軽口の応酬の後、最終的に二人はけらけら笑い合ってお互いの肩を叩いた。年相応に笑い合う光景に、リアムがわざわざ無理を押して留学してきた理由が全部詰まっている気がした。




