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掴んだのは温かな未来6


「枯れてただの木となったが、ローズによって力を取り戻し、より強力な聖樹となった。あの木を大切にしていけば、いずれまたこの国に精霊が姿を現す。その時、精霊が王子の志に共感すれば、自ら力となってくれることだろう」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げたハシントンに対し、バレンティナは僅かに口元を綻ばせた後、ローズとジェイクに向かってぴしゃりと言い放った。


「ふたりとも、期限を伸ばしたりはしないゆえ、早くシェリンガムに帰ってきなさい」


「一日だけでも伸ばしていただけると嬉しいのですが」と涙目で訴えかけてくるローズを無視し、バレンティナは「さあ帰りましょう」と精霊たちに声をかける。

 そのままバレンティナは、ミアとフェリックスだけを残して、光となった精霊たちと共に姿を消したのだった。


「君たちも……色々ありがとう。後は僕がなんとかするよ。ジェイクのように、完璧とまではいかないかもしれないけれど、アルビオンの王子としての誇りを持って、やってみせるよ」

「頑張ってください! わたくし応援しておりますわ!」


 ローズが真剣な表情で両手を握りしめて、心からの応援の言葉を送ると、ハシントンは嬉しそうに目を細めた。


「ローズ、ジェイクの花嫁になれなかったら、いつでも戻っておいで。僕の正妃の座はローズのためにしばらく開けておくから」


 ジェイクに冷たい目で見られてもハシントンはお構いなしで、「僕たち恋のライバルだね」と笑った。




 精霊が消えたため、アルビオンがこの先、更なる悪天候に見舞われることを予想し、不安を隠しきれずにいるハシントンに、フェリックスは聖樹の恩恵を受けているこの町に畑を増やすことを提案する。

 そして、ジェイクもシェリンガム国内で生産されている農作物を少しでも多く分けられるよう尽力することをハシントンに約束した。

 ハシントンも、エドガルドを解任し、パーセル家も一掃し、一新した聖女宮でローズがくれた希望の木を大切に守っていくと誓い、シェリンガムヘ帰る彼らを見送ったのだった。

 遠ざかっていくアルビオンの街並みをローズは馬車の窓からじっと見つめ、ぽつりと呟く。


「叔父様たちは、これからどうなるのでしょうか」

「俺なら……国守りの精霊を逃した責任を問い、厳しい任務と共にエドガルド一家を辺境の地に追いやるかな。ハシントンもそうすると思う」

「身内に対して冷たいことを言うようですけど……何かしらの罰は受けていただきたいです」


 アデリタの弱りきった姿を思い返しながら、ローズは思いを口にした。

 エドガルドたちはジェイクの言う通りの顛末を迎えることとなったのを知るのは、それから数か月後のことである。




 そして、バレンティナの試練終了日がやって来る。

 前日の夜にようやくジェイクの屋敷へ戻ってきたローズは、あまり眠れぬまま朝を迎え、思いの結晶をためていた瓶を袋に入れて、ミアと共にバレンティナの元へ向かう。

 木の枝にはバレンティナが立っていて、その横でアデリタが座っている。木の根元には王妃とジェイクが並んで立っていて、ジェイクは帰国すると同時に城に向かい戻ってこなかったため、それぶりだ。

 周囲の木々の上や、岩、草花には精霊たちの姿が多く見られ、彼らの視線をローズとミア、そしてべネッサとドロシーが一身に浴びている。

 精霊たちの中には、アルビオンからやってきた者も多く、彼らは主にローズとミアに注目しては、心配そうに騒めき立っていた。

 べネッサとドロシーが自信たっぷりの表情で胸を張っているというのに、ローズとミアは表情が暗く俯きがちだったからだ。


「約束の時が来た。思いの結晶をどのくらい溜めることができたか、見せてもらおうか」


 バレンティナの求めに、べネッサは元気よく、ローズは小声で「はい」と返事をした。

 べネッサは意気揚々と袋の中から瓶を取り出し、高々と掲げてみせた。


「満杯になりました!」


 言葉通り、瓶の上部ぎりぎりまで思いの結晶が詰まっている。バレンティナは「確かに」と認めると、促すようにローズに視線を移動させる。

 ローズは泣きそうな顔のミアと顔を見合わせてから、諦めたように袋をずらして、瓶の上部を露わにさせた。


「割れてしまいました」


 声を震わせて申し出た通り、ローズの持つ瓶は上部が無くなっていて、鋭く尖った割れたガラスがきらりと光を反射する。


「昨日の夜までは、確かに無事だったのですが、朝になったらなぜか割れてしまっていましたの。でも思いの結晶は結構溜まっていましたわ。……瓶の天辺までは届いていませんでしたけど」


 しゅんとしたローズとミアに向かって、べネッサが呆れたように言い放つ。


「私に勝てないとわかって、わざと割ったんじゃないの? 勝負をうやむやにしてしまおうとでも考えたんでしょ」

「違います!……確かに、あと二、三日だけでも、どうにかして期限を伸ばせないかしらと一晩中考えていましたけれど……誓って、割ったりなんてしておりません」


 全く溜まっていないだろうと思っていた思いの結晶が、帰国後、思いの外溜まっていたこと、そして、べネッサがどのくらい溜めているのが分からないこともあり、実際、朝起きるまでは、もしかしたら引き分けくらいに持ち込めるかもしれないとローズは考えていた。

 しかし、朝早く、割れてしまっている瓶を目の当たりにし、ミアと共に絶望に打ちひしがれたのだ。

 ミアを国守りの精霊にしてあげられなかったことが申し訳なく、そして、思っていた以上に、ジェイクの花嫁になれなかったことに自分がショックを受けているのをローズは感じていた。


「ごめんなさい」


 ローズは隣にいるミアにぽつりと呟いてから、遠くにいるジェイクを見た。

 見つめるうちに、徐々に目に涙が溜まってきてしまい、ローズは慌てて視線を足元に落とした。


「バレンティナ様!」


 その瞬間、ジェイクの声が響く。彼は木の前に出ると、バレンティナを見上げた。


「代替わりの決定には従う。次期国王として、国守りの精霊とそのパートナーを全力で守っていくと誓う……しかし、己の花嫁に関しては自分で決めさせていただきたい。俺はローズと結婚したい」


 強く響いたジェイクの思いに、ローズは感激し、片手で口元を押さえて涙をこぼし、ミアは満面の笑みを浮かべる。

 しかしその隣で、べネッサが顔を強張らせて異議を唱えた。


「なっ、なんですって! ここまで必死に頑張ってきたって言うのに、それじゃあ話が違うわ! 受け入れられない!」


 精霊たちもざわつき始めると、バレンティナが持っていた杖の石突の部分で足元の枝を叩き、静寂を促した。


「ジェイクには、試練の結果に従ってもらう」


 告げられたひと言に、ジェイクは悔しげに拳を握りしめて、逆に、さっきまで不満げだったべネッサは上機嫌に笑みを浮かべる。


「私の跡を継いで国守りの精霊となるのは……ミア、お前だよ」


 バレンティナの指名に、みんなは呆気に取られ、その場がほんの一瞬静まり返った。そんな中、今度はドロシーが異議を唱える。


「バレンティナ様、どうしてですか! さっきその子は、瓶の天辺までは溜まっていなかったって言っていましたよ! しかも瓶を割ってしまっているし、失格を言い渡されるのならまだしも……ミアが選ばれるだなんて納得できません!」

「なに、簡単なことさ。それは割れるのが正しい。思いの結晶が集まりすぎて、瓶が内側から破裂したんだ。そもそも、それは外側から衝撃を与えても割れないようにできている」


 べネッサとドロシーが唖然とし、その隣で、ローズとミアは驚きで言葉が出てこないまま、顔を見合わせた。


「……わたくしたちが試練を突破した、ということですよね……わたくし、ミアを国守りの精霊にしてあげられたのですね! これほど嬉しいのは初めてです!」


 ローズはどんどん感極まっていき、声を震わせる。再び目に涙を浮かべながら、ミアの小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「ローズ!」


 そして、走ってきたジェイクに、ミアごときつく抱きしめられ、ローズは頬を赤く染めつつも、笑顔となる。


「まだまだ結構なポンコツですけれども、こんなわたくしでも本当によろしくて?」

「俺はお前しか考えられない」

「ジェイク様に娶っていただけるなんて……夢のようですわ」

「夢じゃない」


 言うなり、ジェイクはローズの白い頬に口付け、そのままローズを抱きあげた。


「ローズ、俺と共に生きてくれ」


 微笑むジェイクの肩にローズは手を添えながら、胸を熱くさせて返事をした。


「喜んで、どこまでもついていきますわ」


 ローズの肩へ移動したミアの側に、フェリックスがやって来て、「おめでとう」と祝福を贈る。それにミアが照れ臭そうにすると、アルビオンから来た精霊たちはもちろん、シェリンガムの精霊たちからも、一斉に拍手が鳴り響いた。


 思いを繋げて、温かな息吹を手繰り寄せながら、シェリンガムは今、新しい時代への一歩を踏み出した。



<END>



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