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掴んだのは温かな未来5


「わたくし、ジェイク様からアデリタ様を守るように申し付けられています。その役目、わたくしなりに立派に果たしてみせますわ」


 ローズはそう宣言してから、アデリタに「少しだけ力をお借りしても?」とお願いし、剣と向き合った。そのまま剣と穢れで錬成を行い、呪われた剣と言っても過言ではないような、穢れを纏った禍々しい見た目の剣を見事生み出した。


「ハシントン様、お使いください!」

「こ、これ、触っても大丈夫だよね? 穢れを受けたりしないよね?」

「それは……やってみないとわかりませんわ! さあ、どうぞ!」


 嫌々ながらも、ハシントンは禍々しい剣を受け取り、男たちと相対する。どうにでもなれと、ハシントンは勢いよく男たちへと突進していく。何度か鍔迫り合いをすると、剣の穢れが襲い掛かかってきて、男たちは後ずさった。


「錬成と言ったって、結局はローズのやったこと。見た目だましでしかない、怯むな!」


 どこまでもローズを見下しているエドガルドはそんなことを言い放つが、実際、穢れは光の魔力できっちり制御されていて、ハシントンが剣を振り下ろすたび、飼い慣らされた犬のように穢れが牙をむく。

 優勢に立ったのも束の間、エマヌエラが光の波動で剣の穢れを弱めた。そうなると、ハシントンは一気に追い込まれていく。

 ローズはなんとかしなくちゃと周りを見回し、光の網で捕らえたもう一体の穢れに目を止めた。それをがっちり掴み上げると、アデリタが横たわっていた聖樹と向き合った。

 今度は聖樹と穢れとで錬成術を試みる。すぐさま聖樹は禍々しさを取り戻し、「ハシントン様に加勢を!」とのローズのひと言で、穢れの葉を鋭く飛ばす。

 要求通り、葉はハシントンを器用に避けて、男たちに命中する。「やりましたわ!」と喜んだのも束の間、自分にも剣を持った男が向かってきたのに気づき、慌ててふためきながらさらに光の魔力を聖樹に送り込んだ。

 すると、聖樹は暴走を始め、穢れと光の魔力の含んだ葉を交互に、そして大量に飛ばし始める。向かってきていた男は倒れたが、葉はハシントンの頬に擦り傷を作り、ジェイクも敵の剣先だけでなく葉っぱも避けなくてはならなくなり、「やりすぎてしまいましたわ」とローズは青ざめる。

 このままでは不利だと悟ったのか、場が混乱し始めたのに乗じて、エドガルドはゆっくりと後退り、ミアの入った鳥籠を持ったエマヌエラとミレスティと共に、その場から逃げ出そうとする。

 そばにいたフェリックスと精霊たちがそれを阻止しようとするも、エドガルドから短剣を振るわれ、うまくいかない。


「ローズ! 助けて!」


 ミアの叫びに、ローズはハッとし、追いかけようとするも、男たちに憚られ動けない。ジェイクもハシントンもすぐにミアの元へ駆けつけられる状態ではなく、ローズも力一杯叫んだ。


「ミア!」


 その声に導かれるように、木製のアーチ付近に無数の小さな光が現れ、それらは素早くエドガルドたちを取り囲んだ。


「お母様」


 ローズの傍らにいるアデリタが、エドガルドの前にある一際強く輝く光を見つめて、感極まったように涙をこぼした。


「何をしている、愚かな人間め」


 声音と共に、光の中からバレンティナを先頭にして、多くの精霊たちが姿を現す。


「精霊だと? なぜ結界を張り巡らせている城の中に入ってこられる!」

「それは俺が、ついさっき、結界をすべて破壊したからだよ。今までは結界で、バレンティナの目からアデリタの姿をうまく隠していたようだが、ここまでだ」

「貴様!」


 涼しげな顔でそう言ってきたジェイクに、エドガルドはやはりお前は忌々しいとばかりに顔を歪めた。


「何が愚かな人間だ! 精霊ごときが偉そうに!」


 そして、バレンティナの威圧感に狼狽えながらも、エドガルドは強い口調で言い返す。その瞬間、バレンティナが手を振るう。すぐさま伸びてきた蔦がエドガルドの頬を掠め、うっすらと血を滲ませた。

 その一方で、バレンティナの元まで凶暴化させた聖樹の葉が飛んでいってしまっているのにローズは気付き、慌てて聖樹から穢れを引っ張り出し、錬成解除しようとする。

 なんとか解除に成功するが、今ので聖樹に大きな負担をかけてしまったようで、一気に萎れ始めてしまう。ローズは「大変ですわ!」と目を大きくさせ、取り出した穢れを消滅させてから、全力で聖樹の回復を試みた。

 バレンティナはゆっくりと周囲を見回して、やがて、涙きじゃくっているアデリタに目を止め、少し悲しげに微笑みかけた。そして視線をエドガルドに戻し、バレンティナは厳しく睨みつける。


「思い上がった人間どもめ。許さんぞ」


 言い終わると同時に、エドガルドを狙った蔦にあった蕾が一気に大きくなる。弾けるように開花したそこから、甘い香りのする花粉が撒き散らされた。

 アデリタが慌ててローズを守るように結界を張った。「あなた方も!」とアデリタから呼びかけられ、すぐさまその中へジェイクとハシントンが飛び込んでくる。

 花粉は幻覚作用を及ぼすものだったようで、結界の外で男たちは怯え叫びながら見えない何かと戦い始める。

 エドガルドも同様に、罵声を浴びせながら短剣を振っていて、ミレスティは「私は悪くないわ」と頭を抱えて、その場にうずくまった。

 エマヌエラも、慌てふためきながら何かから逃げ出すように走り出したが、途中で石に躓いて転び、その拍子に手にしていた鳥籠を手放した。

「来ないで!」と錯乱状態のエマヌエラのポケットから出ている紐の鎖をフェリックスは引っ張り取って、急いで鳥籠へ向かう。

 紐の鎖の先には鍵があり、それを使って鳥籠を開け、ミアを助け出した。

 人々は、錯乱状態からやがて心安らかな表情へ変化していき、ひとり、またひとりと、その場に倒れていく。

 その光景に息をのんだ三人へ、アデリタは「大丈夫、眠っているだけです」と説明した。

 エドガルドたちも倒れ、気を失う。その場が静まり返ったところで、強い風が吹き荒び、花粉を空高く舞いあげていった。


「みんな、私の元へ帰ってきなさい」


 呼びかけに応えるように、精霊たちはバレンティナの元へと集まっていく。その中には、ミアとフェリックスの姿もあり、途中でふたりは、心配そうにローズとジェイクに向かって振り返った。


「ひと言もなく勝手にシェリンガムから出ていったこと、許します。アデリタも帰ってきなさい」


 バレンティナの呼びかけに、アデリタは目に涙を浮かべながら、頷く。結界を解くと、ハシントンに僅かに笑いかけた後、ゆっくりとバレンティナに向かっていく。

 すべての精霊がアルビオンを離れていく、そう感じたハシントンはバレンティナに訴えかけた。


「待ってくれ。アルビオンの人々を見捨てないでくれ。頼む。お願いだ」


 アデリタは頭を下げたハシントンを振り返り見てから、その場に止まり、何か言いたげに僅かに手を伸ばした。

 ジェイクも、ハシントンを庇うように彼の前に出て、バレンティナに話しかける。


「ハシントンはアデリタを心配していた。具合が悪いのをなんとかしてあげたいと、俺に相談してきた」

「けど結局、何もしてあげられなかった。すべて王子として僕が力不足だったからだ」


 ハシントンはアデリタに「ごめん」と囁きかけてから、決意に満ちた瞳をバレンティナに向ける。


「約束する。このようなことは二度と起こさない。僕が聖女宮を一から立て直してみせます。だからどうか……アルビオンの民たちを見捨てないでくれ!」


 大地を司る精霊たちがいなくなると、荒れた気候となり、土地も寂れて農作物が育たなくなる。前にハシントンから食糧不足の危機あることを聞いていたローズは、彼の切なる訴えに胸が締め付けられる。


「確か、あなたはアルビオンの王子ですね。あなたがアデリタを助けようと動いていたのは、精霊たちから聞いています……良いでしょう。あなたに免じて希望を残そう」


 そう言って、バレンティナはアデリタが寝床としていた、あの三本の木を指差した。


「あの木があなた方に残された希望だ」


 その木は、ローズが回復を試みた後から、生命力を取り戻したかのようにキラキラと強い輝きを放っていた。



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