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その手柄は、彼女のもの5


 ローズは巣の中の精霊の容態が安定しているのを確認すると、息を弾ませながら青空が顔を覗かせている雲間を呆然とした様子で見上げる。

 いったい何が起きたのか理解できずにぼんやりしていたが、眩暈に襲われたローズはふらりと体を揺らしてから、崩れ落ちるようにぺたりとその場に座り込む。

 自分の周りに、心配そうな様子で精霊たちが集まってきたことに気づいたローズは、無理矢理に笑顔を浮かべた。


「わたくしは大丈夫です」


 そう言って立ち上がろうとするが、うまく足に力が入らずに困惑していると、ローズのお腹が空腹を訴えかけるように激しく鳴り響いた。


「……実は、お腹が空いていまして」


 自分のお腹の音にキョトンとしている精霊たちに対してローズが苦笑いすると、何体かの精霊たちが慌てて飛び立ち、それほど間を置かずに戻ってくる。

 四体の精霊が水の溜まった一枚の大きな葉っぱを運んできて、また別の四体の精霊たちはそれぞれに木の実を両手いっぱいに抱えている。

 各々からじっと見つめられたローズは、驚きと喜びに震えながら問いかける。


「も、もしかして、わたくしのために?」


 それに答えるように、こくこくと首を縦に振られ、ローズは嬉しさいっぱいの笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。いただきます!」


 まずは葉っぱを慎重に受け取って、水を飲み干す。

 ホッと息をついてから、「とっても美味しいです」と運んできてくれた精霊たちに微笑みかけた時、辺りが陰り出し、空を見上げたローズは「まあ」と目を大きく見開き、手から葉っぱを取り落とす。

 光が差し込んでいた雲間を、まるで傷口を塞ぐかのように暗い雲が埋め尽くしていく。そして、周囲に生えている木々の影や、岩の後ろなど陰りが濃くなった場所から、小さな黒いモヤが姿を現し始めた。それらは集まり、ローズの身長と同じくらいの塊を形成する。

 黒いモヤは先ほどよりも薄く、動きも鈍いが、それでも巣の中の精霊へ徐々に近づこうとしている。

 助けなくちゃと気力を振り絞って立ちあがった瞬間、駆け寄ってくる足音と共に「ローズ!」と苛立ち混じりの声が響く。ローズがギクリとし動きを止めた一方で、黒いモヤはパッと霧散し、陰へと身を潜めるように戻っていく。


「探したじゃないの! 普通はもっとわかりやすい場所にいるでしょ? 手間のかかる人ね」

「ミレスティ。ごめんなさい」

「戻るわよ。あなたもハシントン様と踊らなくちゃいけないって、お父様が。分かっていると思うけど、あなた程度がハシントン様に色目を使っても無駄だからね……もう! ローズ、早く来なさいってば!」


 文句を連ねながら今きた道を戻ろうとしたミレスティだったが、自分にローズがついて来ていないことに気づき、不機嫌な声を響かせる。

 しかし、それでもローズはその場から動かない。チラチラと三本の木を気にしていることに気づくと、ミレスティは苛立ちをため息に変えて、ローズへ歩み寄った。


「精霊?」


 横から巣の中を覗き込んだ後、ミレスティはやっと周囲に蠢いている黒いモヤの気配を感じ取ったらしく、気味が悪そうに顔を顰めた。


「あのモヤが、この精霊を狙っているみたいで」


 ローズが告げると、黒いモヤが再び姿を現し、巣の中の精霊へと狙いを定めたように、真っすぐ近づいていく。その様子を、ミレスティは怯えながら見つめていたが、ハッとしたように目を大きく見開く。


「この精霊が、もしかして国守りの精霊? ……だとしたら、すごいチャンスだわ。ローズ、邪魔よ!」


「国守りの精霊」という聞いたことのない言葉に、ローズは思わず首を傾げる。そんなローズをミレスティは横へと押しやって、巣の目の前へと立ち、最初にローズがそうしたように、精霊へと両手をかざした。


「ローズ、あなたも少しは光の魔力が使えるのだから、私の補佐をしなさい」


 周囲から感じる負の気配に、自分の力だけでは足りないと感じたようで、ミレスティは焦り気味にローズへそう要求する。

 言われた通り、ローズもミレスティの傍へ立ち、同じように精霊へと手を伸ばす。しかし、先ほどの攻防で力を使い切ってしまったようで、ローズの手はほんの僅かしか輝きを保てない。


「本当に、あなたは役立たずね! もういいわ、退いて」

「……ご、ごめんなさい」


 ミレスティに睨まれて、謝りながらゆっくりと後退したローズは、庭の至る所から集まってきた黒いモヤが、再び塊となるのを視界に捉えた。

 それが「国守りの精霊」と呼ばれた彼女の元へ向かって進み始めたことに気づき、ローズはミレスティと巣を背中に庇うようにして、黒いモヤに向かって己の両手を広げた。

 黒い塊の進みは止まらない。自分の身ひとつでは食い止められないかもしれないが、時間くらいは稼がないとと、ローズが恐怖心に抗うにように唇を噛んだ時、横から伸びてきた手がローズの腕を掴んだ。


「無茶なことを」


 呆れ声を耳でとらえると同時に、ぐっと力強く引っ張られ、ローズはそのまま機敏な動きに巻き込まれる形で、視界を一回転させる。

 黒いモヤが炎と共に燃え上がるように消えるのを目にしてから、ローズは自分を支えるように抱きしめている人物へと恐る恐る視線を上げる。


「……あなたは、さっきの」


 目があったのは、先ほど大広間でも倒れそうになった自分を支えてくれたあの黒髪の男性だった。彼の右手に握りしめられている剣の刃先は赤い炎を纏っていたが、やがて炎も消え、男性はローズから左手を離し、丁重に鞘へ剣を納めた。

 大勢の人々と共にハシントンも駆けつけて、巣の中にいる精霊を確認し、ホッと息をつく。


「何事もなく良かった」

「今さっき具現化した邪気を追い払った。国守りの精霊が無事なのは彼女たちのお陰だ。感謝するといい」


 自分の発言に、すかさず黒髪の男性から訂正を入れられて、ハシントンは息を飲み、ミレスティとローズへ順番に視線を向けた。


「あなた方ふたりが、国守りの精霊を守ってくださったのですか?」

「……ふたりで庭を散歩していたら、精霊に危機が迫っていることに気づきまして、私が光の魔力で精霊をお守りいたしました。……この子は魔力が低いので補佐役にもなりませんでしたけど……それでもそばに居てくれただけで、心強かったです」


 小声で毒を含ませながらも、ミレスティは優等生の顔で状況を説明する。

 ローズはキョトンとした表情を浮かべたが、ハシントンと共にやってきた人々から「素晴らしい。さすがパーセル家の母を持つだけある」と称賛の声が次々と上がる。

 すると、人々のどよめくような声が届いたのか、巣の中で横たわっている国守りの精霊が目を開け、ゆっくりと上半身を起こした。

 自分の胸に手を当ててから、彼女は顔をあげ、巣のすぐ近くにいるミレスティに視線を止める。


「私の中に、あたたかな光の魔力が残っています。これはあなたの力ですか?」


 か細い声が、問いかけた相手であるミレスティだけでなく、居合わせた魔力の高い人々の脳内に直接響き渡った。


「えぇ。私の光の魔力です!」


 誇らしげに答えたミレスティへ向かって、精霊は祈りを捧げるように、胸の前で両手を組む。


「あなたが私を癒し、守ってくださったこと、心より感謝いたします。この先も、どうか私と共にあらんことを」


 厳かに発せられた言葉の意味に、ミレスティは「まあ!」と一気に目を輝かせ、ハシントンは動揺するようにミレスティと国守りの精霊を交互に見つめた。


「国守りの精霊が、セレイムル公爵の娘が大聖女になるのを望んだということか」

「大聖女に選ばれたということは、ハシントン様の花嫁の最有力候補になったのも同じ」


 誰かの会話から人々の間に興奮が広がり、「めでたいじゃないか」と皆が巣のそばにいるミレスティとハシントンの元へ押し寄せていく。

 ローズはその内のひとりから遠慮なくぶつかられ、弾き飛ばされる形で三本の木から一気に離れた。

 巣のそばで、まんざらでもない顔で人々から称えられているミレスティに対して、ローズがこっそりため息をつくと、そこへ精霊たちが集まってくる。

 中には不満げな顔でミレスティを指差しながらローズに訴えかけてくる精霊もいた。言葉は分からなくても、ミレスティに対して納得していないのが伝わってきたため、ローズは穏やかな笑みを浮かべながら、そっと人差し指を己の唇の前にかざした。


「ミレスティがここに到着する前のことは、どうか秘密にしておいてください。それがわたくしのためだと思って、お願いいたします」


 精霊たちは不満な表情を浮かべていたが、ローズに頭を下げられ、懇願されてしまえば、渋々でも受け入れるしかないといった様子へと変化していく。

 木の実を抱えていた精霊がローズに近寄ってはにかみ顔で差し出すと、木の実を持っていた他の精霊たちも一斉にローズの元に集まり渡そうとする。


「ありがとうございます。いただきます」


 ローズは嬉しそうに笑ってから、最初に差し出された木の実を受け取って、その場でパクリと頬張った。

 甘ずっぱさが口の中に広がり、ローズは目を輝かせる。

 和やかな空気の中、他の精霊からも木の実を受け取って、そのまま口へ運ぶ。

 しかし、遠くから自分を見つめていたあの黒髪の男性と目が合い、ローズは顔を逸らした後、なんとなく居心地が悪くなり、そっとその場を離れた。


「あの方は、本当にどこのどなただったのでしょうか」


 大口を開けた所を見られたことに恥ずかしさを覚えただけでなく、自分を見つめる男性のあの深緑色の瞳に、全てを見透かされてしまうような気がして、少しだけ怖くなったのだった。





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