表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/51

歩き出した道6

 果物を厨房に運んでおこうと、ローズはひとまず一袋抱え持って歩き出す。エドガルドに対して怒りのおさまらない様子のミアにローズは苦笑いを浮かべながら袋を運び終え、玄関の前まで戻って来た時、扉が叩かれ、ゆっくと開かれた。


「失礼する。ここに、ローズ・セレイムル嬢がいらっしゃると聞いてやって来たのだが……」


 開いたドアから室内の様子をうかがうように覗き込んできたフードを被ったマント姿の男に対して、ミアはまた変なのが来たとばかりに警戒を露わにする。

 一方で、その声に聞き覚えのあったローズは果物入りの大袋へと伸ばした手を引き戻し、ゆるりと扉へ振り返った。

 フードの奥の瞳がしっかりとローズの姿を捉えると、すぐに男は屋敷の中へと入って来る。


「ローズ! 会えて良かった。久しぶりだね、元気だったかい。話をしたくて来たんだ……わっ。やめてくれ」


 エドガルドの時と同じようにミアが男に掴みかかっていく。「ミア、お待ちになって」とローズが慌てて声をかけた瞬間、ミアがフードを引っ張ったために、男の顔が露わになった。

 ブロンド色の髪と品のある面持ちに、一瞬動きを止めたミアにローズが説明する。


「ミア、そのお方はアルビオン国の王子、ハシントン様で、ジェイク様のご友人でもありますわ」


 相手が隣国の王子だと知って、ミアは掴んだままだったフードをパッと離し、愛想笑いを浮かべながら後退する形で、ゆっくりとローズの側へ逃げ戻ってくる。


「ハシントン様、ごめんなさい。でも決して、ミアに悪気があった訳ではありませんの。わたくしを守ろうとしただけで」

「ローズにはとても頼もしい仲間がいるんだね。前もって連絡もせずに来た僕がいけないから、こちらこそすまない」


 ハシントンはミアに対して真摯に謝ってから、ローズへと真剣な眼差しを向ける。

 彼は改まったように「話がしたくて来たんだ」と同じ台詞を繰り返し、固い声音でその続きを口にした。


「単刀直入に言う。アルビオンに帰ってきてもらえないだろうか」


 まさかエドガルドと同じことを言われるとは思っていなかったローズは唖然とし、目を大きく見開いた。


「実は先ほど叔父様もいらっしゃって、同じことを求められました」

「エドガルド公爵が? そっ、それでは」

「お断りいたしました。わたくしはもうアルビオンに帰るつもりはありませんので」


 エドガルドがすでに説得したかもと期待に目を輝かせたハシントンに対し、ローズは首を横に振って、バッサリと否定する。


「何とか、考え直してくれないだろうか」

「考えは変わりませんわ。やらねばならないことも山積みなので、ここを離れるわけにいきませんし」


 これでもわたくし忙しいのですといった口ぶりのローズに、ハシントンは今のローズの立場を思い出し、頷く。


「そうだった。君はジェイクの婚約者候補になったと聞いているよ。そんな君にとって、今がとても大切な時期だっていうのはわかっている……それでも、アルビオンのために帰ってきて欲しいんだ」


 こちらの都合が分かった上でもなお、懇願してくるハシントンの姿に、ローズは不満を覚え、わずかに頬を膨らませた。


「ハシントン様も、わたくしにミレスティのために生きろとおっしゃるの? わたくしは、皆様の力をお借りしながら、自分のための人生を歩き始めています。だからもう、誰かの影となって生きていくのは嫌なのです。どうかわかってくださいませ」


 ローズがエドガルドに何を言われたのかをハシントンは察すると、信じられないといった様子で大きく目を見開いた。


「ミレスティのために生きろだなんて……僕はそんな役目を君に押し付けるために、ここまで来た訳じゃない」

「それではいったい、わたくしに何のご用が?」


 ハシントンに強く否定されたことで、ローズの中で萎みかけていた疑問が再び膨らみ出し、彼をじっと見つめて、次の言葉を待った。


「アルビオンの国守りの精霊を、助けてほしい」

「確か、アデリタさんと言いましたよね。彼女は、ハシントン様の誕生日にミレスティが回復させたはずでは?」


 ローズはかつて目にしたアデリタの様子を思い出す。嫌な予感と共に鼓動が重々しく鳴り響き出した。


「これまで聖女院は、シェリンガムからのアデリタとの接触の申し出を、散々断ってきた。ずっと調子が悪かったにも関わらずだ。だから僕は勝手に、アデリタの様子を見てもらおうと、自分の誕生日にジェイクを招いたんだ。あの後、聖女院の長である君の叔父に苦言を呈されたよ。精霊のことに関しては我々に任せて欲しいと」


 我々という言葉に、自分を意地悪く見下すミレスティとエマヌエラの顔を思い出し、ローズは僅かに身震いする。


「君がアルビオンを出てから、またアデリタの具合が悪くなったのに、ミレスティは何もできず、聖女院も手をこまねいている状態だ。見ていられない。それで僕は、ジェイクに精霊の回復の手伝いをお願いしようと考えて、勝手に国を出てきた」


 ハシントンはわずかに開いたまま扉を振り返り見て、自分の体験を思い返しながら、続きを口にする。


「シェリンガムに入って、君の噂をたくさん耳にした。毎日たくさんの人々の穢れを払い、救っていること。穢れきっていた森を浄化し、憩いの場として精霊や動物たちが住み着くようになったとも聞いた」


 来るときにすぐ側を通ってきたのがその森だと、ハシントンはまったく気づいていないようで、ただただ感心したように言葉を並べていく。


「抱いていた疑問が確信に変わっていったよ。僕の誕生日に、アデリタを回復させたのはミレスティではなく、本当はローズ、君だったんだな」


 ジェイクにはすでに本当のことを打ち明けているため、このまま認めてしまおうかとローズは考える。しかし、ハシントンを見ていると、どうしてもミレスティの影がチラついてしまい、正直に打ち明ける気が起きず、困り顔で黙り込んだ。

 そんなローズの態度に歯痒さを募らせつつ、ハシントンは必死に訴えかえた。


「このままではアデリタが死んでしまう。そうしたらアルビオンも滅びる。ミレスティも聖女院も駄目だ。もう頼れるのは君しかいない。ローズ、どうか一緒に国に戻ってくれないか」


 そのままハシントンは、床に平伏し、ローズの足元で土下座をする。一国の王子らしからぬ行動にローズは慌ててその場に膝をつき、「ハシントン様、どうかお顔をあげてくださいな」と声をかける。

 ローズの呼びかけに、ハシントンが顔をあげ、縋るように見つめた。疲れ切っている顔を見つめ返した後、ローズはぽつりと問いかけた。


「そんなに具合がよろしくないのですか?」


 真剣に頷かれ、ローズはわずかに言葉を失う。ミレスティだけのことなら切り捨てられるが、バレンティナの娘であるアデリタの生死に関わることとなると、気にならずにはいられない。

 様子だけでも見に行こうかと、ローズの中にそんな考えがちらりと顔を出すが、それでもミアの姿が視界に入ると、今ここを離れるわけにはいかないと改めて思い、気持ちを正す。


「……ごめんなさい。わたくしやっぱり、今はどうしても、アルビオンには帰れません」


 きっぱりと言い切っていた先ほどまでの勢いがなくなり、ローズに僅かながらも迷いが生じているのを感じとって、ハシントンはそのままローズの手を両手で掴んだ。


「もし共についてきてくれるなら、ミレスティとの婚約は破棄する。僕があなたを正妃として迎えると約束しよう」


 明言された交換条件に、ローズはキョトンとして瞬きを繰り返した後、ようやく意味を飲み込み、「……あ、いえ、そういうのはちょっと……」と今の話を絶対にミレスティの前でしないで欲しいと微かに顔を青ざめさせた。

 そんなローズには気づかずに、ハシントンはローズの手を掴んだまま、ゆっくり立ち上がる。


「明日の朝には帰国の途につかなくてはいけない。今夜は、オリントの洋菓子店のそばの宿屋にいる。期待して待っている」


 心を込めてそう言葉にすると、まだ少し心残りのような顔をしつつローズの手を離し、「失礼する」と屋敷を出ていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ