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歩き出した道3

 室内に入ってきた顔色の悪い男に、微笑みながら症状を聞いているローズには声をかけずに、ジェイクはフェリックスと共に居間を出ようとしたが、途中で踵を返し、薬箱の中を確認しているアーサの元へと向かう。


「アーサ、すまない。ローズは次から次へと治癒しようとすると思うけど、合間にしっかりと休憩をとらせてくれ。それから、ローズが辛そうだと感じたら、そこまでにさせるように。訪ねてきた人々にも、日を改めるように言って帰ってもらってくれ。ローズの体調が最優先だ」


 ローズを想ってのジェイクの要求にアーサは目を輝かせて「わかりました!」と答えた。

 ジェイクがいなくなった後、アーサは使命感に燃えながら、ローズの手伝いを行う。

 少しでも疲れをみせるようならば、すぐさま割って入って、休憩や中断を言い渡そうと考えていたが、アーサの思うようにはいかなかった。

 定期的に「少し休憩を」と声をかけるが、ローズに「必要ありませんわ」とことごと拒否される。そのため、強制的に休憩を取らせるべく、お茶やお菓子を準備するが、それらは瞬く間にローズに平らげられ、すぐさま次の患者を室内へ呼び込んでしまう。

 仕方なく、アーサはローズの表情を注視する。しかし、ローズは穢れに対して集中する時、表情を固くするのみで、あとはずっとニコニコ笑っていて、疲れをまったく感じさせない。

 思う通りの成果を得られない中、どうか限界まで頑張らないでほしいとアーサは心の中で祈り、一方で、笑顔で疲れを隠してしまうところはお嬢様らしいと苦笑いを浮かべた。

 結局、ローズを訪ねてやって来た人々の列は途切れることなく、日が暮れたところで、アーサによって、「今日はここまでにさせてもらいます!」と終わりを宣言された。


「さすがに疲れましたわ」


 人々帰った途端、ローズは疲労困憊で魂の抜けたような顔をし、それを見たアーサが「そのお顔をもっと早くお見せくださいませ」とぼやいた。

 ローズは思い出したように瓶の前へと走り、まだ半分には届かないが、今朝見た時よりも明らかに増えている思いの結晶に歓喜する。


「ミア、しっかり増えていますわ! 努力の結果が形になって見えると疲れも吹き飛びますわ」


 ローズに呼びかけられ、フラフラと飛んでそばにやってきたミアも、疲れ切った顔を明るくさせ、嬉しそうに手を叩く。


「それにしても、穢れに苦しんでいる方があんなにたくさんいらっしゃるなんて。狂った獣たちからの被害は深刻ですわね」


 ローズは顎に手を当てて、窓の外に見える穢れの森へと真剣な眼差しを向ける。


「皆さんの話を聞いて、穢れの森が一番の原因なのだと、改めて実感させられましたわ」


 仕草はそのままで数秒考え込んだあと、ローズは何かを決意したかのように、力強く頷く。


「明日は、皆さんから穢れを払うのをお休みしますわ」


 てっきり、ローズは明日も張り切ってするだろうと考えていたミアは、あっさりと宣言されたことで、面食らった顔をする。


「誰か訪ねていらっしゃるようでしたら、そうお伝えくださいな」


 続けてそうお願いされたアーサも、ミアと同じ気持ちだったらしく驚いた顔をし、「かしこまりました」と返事をした。

 炊事場で夕食の準備が進んでいるようで、漂ってきた美味しそうな匂いにローズはいち早く気がつき、「何かお手伝いできることはありますでしょうか」とにこやかに独り言を言いながら、居間を出ていった。

 アーサは「お嬢様は座って休んでいてください」とローズを追いかけていき、ミアはその場に一人取り残される。

 明日は休むとあっさり言い放ったローズの態度に違和感があり、それに嫌な予感が混ざり合っていく。ポツンと宙に浮かびながら、明日は休めないような気がすると、ミアは渋い顔をした。




 翌朝、玄関で「行ってらっしゃいませ」とにこやかに見送りに立ってくれたローズへと、ジェイクは疑うような眼差しを向ける。


「今日は休むと言っていたな……本当に休むんだよな?」

「ええ本当に休みますわ。先ほどお見えになった方にも、謝って帰っていただきましたでしょう?」


「そうだが」と納得しながらも腑に落ちない様子のジェイクに、ミアも同意するように繰り返し頷く。


「今日はこれから子犬さんとお散歩しに行こうと思います。ジェイク様も頑張って行ってらっしゃいまし」


 にこやかに手を振られてしまい、ジェイクはローズの笑顔と、彼女が手にしたリードの先にいる聖獣化した子犬を気にしながらも、玄関の扉を押し開けた。

 そのままローズたちも外に出て、ジェイクの乗った馬車が視界から消えるまで見送る。


「……さてと」


 不安げに子犬を見下ろしていたミアだったが、ローズから発せられた声音がとても嬉しそうに聞こえたことにぎくりとして、顔をあげる。

 そして目が合った瞬間にっこり微笑みかけられ、ミアは嫌な予感と共に身構えた。


「わたくしたちも行きますわよ!」


 休むんじゃなかったのかと唖然としてから、やっぱりなという思いがじわじわと込み上げてきて、今まで覚えた違和感は気のせいではなかったと理解する。

 そうなると、今度はどこに行くのかという疑問が湧き上がってきて、子犬と共に庭をずんずん進んでいくローズの後ろ姿を、ミアはじっと見つめる。

 途中でくるりと振り返ったローズから、「ミア、早く来てくださいな」と声をかけられ、ミアは覚悟を持ってローズを追いかけたが、不意にどこに行こうとしているのか分かったような気がして、顔を強張らせた。

 すぐさまミアはローズの前に回り込むと、それ以上、先へ行かせないように両手を広げて通せんぼする。

 進んだ先には結界の一つとなっている魔法石ランプが置かれてある。それが問題なく作用しているか確認をしにいくだけということも考えられるが、昨晩、部屋の窓の外を見つめ、ブツブツ言っていたのを思い出してしまうと、その可能性は低いのではないかと思えてくる。

 昨晩、ローズが窓から真剣に見つめていたのは、穢れの森だ。


「ミア、どうかなさいましたの?」


 目の前で何かを訴えかけてくるミアに、ローズは可愛いですこととにっこり微笑む。しかし、次の瞬間、視界に何かを捉えたらしく、目をきらりと輝かせ、空いている方の手でミアを掴んで持ち、足早に歩き出す。


「今、何かいましたわね。獣でしょうか……もちろん狂っている方の」


 ローズは魔法石ランプなどには目もくれず、ミアの予想通り、そのまま屋敷の敷地と隣接している箇所から、穢れの森へと突入していく。

 ミアは必死にもがいてローズの手の中から抜け出すが、すぐそばで蠢く穢れの気配に恐れ慄き、ローズの左肩にしがみつく。

 子犬も過去の記憶があるせいか怯えた様子だったものの、ミアに迫ろうとする穢れの気配を察知すると、すぐに光をたなびかせながらローズたちを守るように前へと出た。

 聖獣、しかも光の魔力によって進化したためか、ひと吠えしただけで、ゆらゆら近づいてきていた穢れは茂みの中へと戻っていった。

 その頼もしさにミアは感激して、背中にまたがる形で子犬にしがみつく。

 ローズは普段と変わらぬ様子で森を見回しながら、雑草が生えている木々の間を縫うように進んでいく。


「穢れの棲家となっている場所はいくつかあると思いますけれど、その中でもこの森は群を抜いて危険な場所になってしまっていますよね」


 少し歩くと、しっかりと舗装されている小道に出る。ローズは勢いよく飛び掛かってきた穢れを、さらりと手で叩き落としたあと、自分達を取り囲むようにざわめいている穢れの気配に小さくため息をこぼした。


「面倒ですわね」


 ローズは持っていたリードを足元に落とすと、集中するようにゆっくり目をつぶる。両手を頭上へ伸ばしたあと、地面と並行になるようにゆっくりと体の横へ下ろし、勢いよく目を開ける。すると、ローズを中心に光の波動が四方八方へ放たれた。

 まとわりつくような穢れの気配を一掃したのを確認してから、ローズは小道を森の奥に向かって、のんびりと進み始めた。


「苦しむ人々や動物たちをちょっとでも減らすために、わたくしも微力ながら、ここの穢れを時々払って、清浄な場所に近づけていくためのお手伝いができたらと思うのですよね」


 使命感に突き動かされてというよりは、近所に住んでいるからお掃除をしに来るような気軽な様子でそんなことを言うローズを、ミアは本気かと見た。



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