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試練と成長6

 べネッサとドロシーにも思いの結晶は見えていないようだが、「より多く」と評されたことで、ローズとミアに対して勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「明日と明後日は休日とします。しっかり休んだ後、バレンティナから言い渡された試練を始めてください。可能な範囲で力を貸しますので、相談などありましたら、遠慮なく私の所へいらしてください。それでは、次にふたりと会う日を楽しみにしています」


 ローズとべネッサは軽く膝を折って王妃に別れの挨拶をしてから、共に応接間を出た。長い廊下を進み始めると同時に、べネッサがローズに問いかけた。


「残りの三週間をどのように動くか、あなたは決めた?」

「いいえ、まだですわ。べネッサさんは決まりまして?」

「私は、この五日間で王妃様と行なったことを繰り返そうかと考えています」

「そうなのですね。……わたくしはどうしましょう」


 首をわずかに傾げて悩み出したローズへと、べネッサは真剣な顔で切り出した。


「あなたはどれくらい思いの結晶が溜まった? 半分くらい? 四分の一くらいは溜まってる?」

「わたくしは、数えるくらいしか溜まっていませんわ」


 ローズの返答を聞き、べネッサは堪えきれないように笑みを浮かべた。


「……あらそう。まだその程度なのね。残り三週間、頑張りましょうね」


 余裕たっぷりの笑顔で好意的に告げて、べネッサはさっさと廊下を歩き出した。あっという間に遠ざかっていく後ろ姿を見つめて、ローズはついため息をつく。


「わたくしよりもべネッサさんの方が、はるかにたくさん溜まっているのは、わかっています。彼女に贈られた思いの結晶を、この目でたくさん見てきましたから」


 俯いたまま足を止めてしまったローズへと、ミアが心配そうに近づく。オロオロしながらミアがローズの顔を覗き込もうとしたその瞬間、ローズは勢いよく顔をあげ、ミアの右手を両手で掴んだ。


「落ち込んでなどいられませんわね! まだ三週間ありますもの、挽回するチャンスだってあるはずですわ。ミアが国守りの精霊になれるように、わたくし、最後までしぶとく頑張ります!」


 熱い宣言と共に目に闘志を燃やすローズに、ミアは呆気に取られる。しかし、すぐに嬉しそうに笑ったあと、自分の手を掴むローズの手に左手を添えて、同調するように握り返した。




 休日となっている二日間、ローズはミアと屋敷でのんびり過ごし、そして、やる気いっぱいでバレンティナの試練の開始日を迎える。

 どうやって思いの結晶を集めるかを、身振り手振りで必死に伝えてくるミアとなんとか意思疎通を図りながら、ローズは真剣に話し合った。

 結局、良いアイディアが浮かばず、ちょうど居間で書類を読んでいたジェイクを見つけたため、相談しようと声をかけたが、彼が自分に手を貸すことを禁止されていることを思い出し、慌てて口閉じ、そそくさとその場を離れた。

 次の行動を決められないまま、一日を無駄に過ごしてしまい、ひとまずべネッサと同じように、自分たちも王立医院で手伝いをさせてもらうことにする。

 ローズは意気込んで医師の手伝いに励むも、三日が経つ頃には、落ち込みがちになっていった。

 手伝いを終えて、王立医院を後にすべく、ローズとミアはどんよりとした表情で廊下を進む。


「手応えどころか、邪魔になっているようにしか思えませんわ」


 雑用に慣れて、テキパキと動けるようにならなければ、思いの結晶を集めるのは難しいとわかっているのに、ローズは前と同じように、転んでカルテをばら撒いてしまったり、医院内で迷ってしまって、戻るのに時間がかかってしまったりと、ミスばかり連発してしまう。

 一方で、べネッサはしっかり動けているため、順調に思いの結晶を集められている。どんどん差を広げられていることが、焦りとなってローズを余計に落ち込ませる。


「このままでは、結果が目に見えていますよね。やっぱり、何か考えないといけませんわね」


 ミアに話しかけながら王立医院の建物を出たローズは、敷地内の菜園で精霊と話をしているジェイクとフェリックスの姿を見つける。

 精霊に対してジェイクが笑みを浮かべたその瞬間、沈んでいたローズの心に陽が差し込み、重苦しさからわずかに解放される。そんな心の変化と、自身が自然と笑みを浮かべていたことに戸惑いを覚えつつも、ローズはジェイクへ歩み寄っていった。

 声をかけるよりも先にジェイクはローズに気付き、ゆっくりと立ち上がると、草の束を両手で抱えていた精霊はローズに軽く頭を下げてから、ふわりと空高く舞い上がっていった。


「ローズ、お疲れ様」

「ジェイク様も、お疲れ様です。精霊たちと何を話していらっしゃいましたの?」

「研究に使う薬草を摘みに来たみたいで、屋敷の温室でも育てているから、今度見においでと誘っておいた」


 言いながら、遠ざかっていく小さな姿へと優しい眼差しを向けるジェイクを見つめて、ローズは微笑みを浮かべていたが、そんな彼と不意に目が合ってしまい、気恥ずかしさから目を泳がせた。


「も、もしかして、ジェイク様は王妃様にご用事があって、王立医院にいらしたの? 王妃様なら城に戻られましたわ」

「……あ、いや。ローズに会いに」

「わたくしに?」

「今朝、元気がなかったから、なんとなく気になってしまって」


 ほんのりと赤く染まった頬をかきながらボソボソと発せられたジェイクの呟きに、ローズは心が温かくなるのを感じながら、そっと自分の胸元に手を添えた。


「ありがとうございます。とっても嬉しいですわ。正直、ついさっきまで、自分の不甲斐なさに落ち込んでおりましたの。でもジェイク様の優しいお顔を見たら、心が軽くなりました。ジェイク様の存在は、わたくしにとって癒しです」


 ローズの笑顔に、ジェイクはハッとしたように息をのんでから、いつもより声を張って話を切り出す。


「ローズ、この辺りをちょっとだけ散歩しないか? 最近仕事が立て込んでいて、さすがに疲れた。俺の気晴らしに付き合ってほしい」


 ジェイクは視線を向けずとも、自分の後方を気にするような仕草をみせた。ローズはすぐに建物の陰からこちらの様子をうかがっているバレンティナの右腕であるジュリアの姿があることに気づき、自分たちの会話は聞かれているのだと察する。

 ジェイクはローズに対し、手伝ったり知恵を貸したりするのを禁止されている。

 それを破るのではないかと疑い、こちらの様子をうかがっているジュリアに対して、あくまでこれは「俺の気晴らし」であるとジェイクは主張しているのだと分かり、ローズは芝居ががった口調でジェイクに返事をした。


「仕方ないですわね。ちょっとだけなら、付き合ってあげてもよろしくってよ」


 上から目線で言い放ってから、単に自分が相談を持ちかけなければ良いだけなのに気がつき、ローズは苦笑いを浮かべてから、いつもの調子で声を弾ませた。


「わたくし、オリントの洋菓子店に行きたいですわ! 実はこの前、行列ができていて、買いそびれてしまいましたの」

「そう言えば、つい最近この近くに新店舗が開いたらしいな。多分混んでいるだろうけど、行ってみるか」

「ありがとうございます!」


 ジュリアの視線を感じながらも、ローズは楽しそうにジェイクと共に歩き出した。

 オリントの洋菓子店は、先日ブラウンと鉢合わせした時よりは人の列は短く、ジェイクに対して恐縮したり、ふたりの仲の良さを微笑ましく見つめたりと、人々の注目を集めながら列の最後尾へとジェイクとローズは移動する。

 思い出のマロンクリームタルトを四つ、無事に購入した後、ローズがブラウンを治療したベンチに腰掛けた。


「はあー。やっぱり絶品ですわ」


 ペロリとマロンクリームのタルトを平らげたローズは満足そうにお腹を摩ったあと、すでに暗くなっている空をぼんやりと見上げた。


「幸せですわ」


 幸福感いっぱいに呟くも、一拍置いて、ローズは表情を曇らせる。ずっと心の片隅で、「残りの時間で、どのように思いの結晶を集めたら良いのでしょう」という不安が渦巻いているからだ。



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