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試練と成長5

 思いの結晶が二粒となり、迎えた三日目。

 三日目と四日目は王立医院の立ち入り禁止となっている裏庭の中でおこなわれる。そこは、精霊の孤児となってしまった精霊たちの住処となっていて、ここで育ったミアは懐かしむようにしきりに周りを見回している。

 名簿に載っている順番で一体ずつ精霊に声をかけ、様子などを確認しつつ、具合の悪そうな子には王妃が光の魔力で治療を施していく。

 全員見て回ってから、まだ若い聖樹の様子も確認し、それからは花壇の手入れや、庭の掃除に取り掛かる。

 掃除は得意な方であるローズは、手や服が土で汚れるのも気にせずに、花壇の雑草を引き抜いたり、躊躇うことなく裸足となって人工的に作られた小川の中へ入っていき、苔や汚れなどをブラシで磨き始めたりする。

 ミアも同様に、今までの恩返しをするかのように、木になっている果実を丁寧に収穫しはじめた。

 時折、嫌そうに箒を掃く手を休めるべネッサや、ただ様子を眺めているドロシーと違って、ローズたちは終始楽しそうにしていて、自然と幼い精霊たちはローズの周りに集まっていく。


「綺麗になったら、たくさん水遊びしてくださいね」


 苔で滑りそうになりながら、精霊たちに話しかけた時、ローズは茂みの中から姿を現した子犬に気づいて、小川から出た。


「ここでは子犬も一緒に暮らしていらっしゃるの?」


 ブラシを地面に置いた手で、ローズが子犬を抱きかかえると、王妃が大きく驚く。


「いいえ。どこからか入り込んだみたいね。獣が入り込んで何かあったら大変だわ。柵を確認してきてちょうだい」


 同行している看護師チームのチーフの女性は、王妃の指示をうけ、すぐにローズの元へやってくる。

「渡してください」と要求され、ローズが抱きかかえていた子犬を手渡すと、女性は子犬を抱えて、裏庭を出て行った。ローズは手に残る子犬の温もりに寂しさを覚える。


「王妃様、わたくし、昨日の帰りに、ブラウンさんとお会いしましたの。その時、昼間は普通でも、夜になると穢れの森のせいで凶暴化してしまう獣が多く良いるという話を聞きまして、純粋無垢なあの子犬も、そうなってしまう恐れがあるということでしょうか?」

「ええ、その通りよ。だから、あの子は裏庭から出す必要があるわ。もし穢れに囚われてしまったら、その子にここにいるみんなが襲われてしまうから」


 王妃の言葉に納得はするものの、なんの罪もない動物たちが邪魔者として扱われているのを目にすると、気の毒に思えて仕方ない。


「悪いのは森の穢れですわね」

「そうね。あの森には聖樹が三本もあるから、穢れを取り込み過ぎてしまうみたいなの。歴代の王妃である大聖女たちが定期的に浄化を行い続けているけれど、手に負えないというのが本音ね」


 王妃がため息をついた所で、孤児の精霊たちが王妃の前にやって来て、催促するような仕草をみせた。

 その仕草で、王妃はすぐになんのおねだりか分かったようで、優しく微笑んだ。


「何か歌って欲しいのかしら? 良いですよ」


 王妃はすうっと息を吸い込んで、シェリンガムでは誰もが知っている童謡を優しい声で口ずさむ。ねだった精霊たちや、ローズとミアがうっとりとした表情で澄んだ歌声に耳を傾けていると、他の精霊たちや、箒を手にしたままのべネッサも王妃の元へ自然と集まってくる。

 一番を歌い終わったところで、王妃がローズとべネッサへ視線を向ける。


「あなたたちのどちらかが、私の仕事を引き継ぐことになります。そうなれば、こうして歌を歌ったり、本を読んだり、かくれんぼをしたり、一緒にお遊ぶことも必要となります。せっかくですし、みんなで歌いましょうか?」


 先ほど歌ったシェリンガムの童謡をローズが知っていることを確認してから、王妃が再び最初から歌い始めた。

 そこにべネッサも加わり、なかなかの美声を響かせる。ローズも歌詞やメロディなどをうろ覚えながらも、二人と一緒に歌い出し、三秒後、ミアが両手でローズの口を塞ぎにかかる。


「ミア、いったいなんですか? ……あら? みなさんもどうかされまして?」


 王妃とべネッサの歌声も止まり、ふたりは苦笑いで、そして幼い精霊たちは困惑した面持ちで、ローズを見つめている。


「メロディはわかりますが、歌詞を正確に覚えてなくて、お聴き苦しかったですわよね。ごめんなさい」


 みんなの視線を受け、ローズが気まずそうに謝罪すると、べネッサが呆れたように、ため息をつく。


「あなた、歌詞よりもメロディが問題よ。簡単なメロディなのに、そんなに音を外して歌う人初めてみたわ」

「ローズさんは、歌のレッスンもしておいた方がいいかもしれないわね」

「……わ、わたくし、そんなにひどいですか?」


 これまで、鼻歌を歌っていると、ミレスティから「イライラするからやめて!」と苦情が入ることが多々あった。その度、彼女の虫の居所が悪く、ご機嫌斜めなだけかと思っていたが、苛立ちの原因が自分の歌声だったと気付かされ、ローズは口を両手で隠すように塞いだ。


「わたくし歌うのは嫌いじゃありませんの。でも、皆さんを不快にさせるわけにはいきませんものね。これからはうっかり歌わないように気をつけなければなりませんね」


 しゅんと落ち込んだローズを、王妃が「練習すれば、きっと良くなりますよ!」と明るく声をかけ、ミアも頑張れと励ますようにローズの肩に手を置いた。

 王妃と共に行動して五日目、人々との交流も兼ねて、ローズたちは町の様子を見て回る。町の中で一番人気がある診療所を訪ねては、王妃と医師が最近の町の様子について情報を共有する様子を見学させてもらい、その後は、通院するのが難しい患者の自宅へ直接赴いて具合を確認し、他愛ない世間話に花を咲かせた。

 全ての予定をこなして馬車で城に戻り、ローズたちは応接間へと通される。


「五日間、お疲れ様でした。私の場合は試練というよりも、普段の仕事の一部分を体験してもらったようなものですけれど、慣れない場所でよく頑張りました」


 城の中へ通されたことに緊張した面持ちでいるふたりに王妃は温かな言葉をかけてから、改まるように凛とした眼差しを向ける。


「一区切りとして、私がここまでの評価をあなたがたに差し上げます」


 ローズとべネッサはハッとしたように姿勢を正し、黙って王妃の次の言葉を待った。


「ローズさん、不器用なところもあるけれど、必死に、そして丁寧に向き合おうとする姿が素敵でした。あなたの頑張りを私は評価します」


 王妃はまずローズと向かい合うように立ち、目を瞑って、両手を広げる。すると王妃の肩から思いの結晶が次々と放たれ、それらは窓をすり抜けるようにして屋敷の方向へと消えていった。


「ありがとうございます!」


 ローズが膝を曲げつつ、お礼を言うと、王妃はわずかに口元に笑みを浮かべた後、べネッサの前へと移動した。


「そして、べネッサさん、全てにおいて安定してこなしていく姿は、とても素晴らしいものでした。優秀という言葉につきます。あなたの頑張りを、より多く、私は評価します」


 王妃が生じさせたべネッサの評価に値する思いの結晶は、「より多く」という言葉通り、ローズの時よりも量が多かった。キラキラと輝く思いの結晶を見つめながら、ローズは自分の心の中に生まれた悔しさを堪えるように、軽く拳を握りしめた。



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