試練と成長2
「ただ研修を行うだけでなく、それを通して、あなた方は今手にしている瓶の中に思いの結晶をためることも重要となります。その瓶が反応して吸収する結晶は、嬉しさ、癒し、感謝、感動など、精霊や人間が発するプラスのエネルギーです」
ローズは改めて瓶を見つめ、自分の傍らにいるミアと顔を見合わせる。ミアも、ローズ同様、不安混じりの表情で見つめ返した。
「ふたつめの試練は……あなた方の行動力を見させていただきます。残りの三週間で思いの結晶を集めてください。方法は問いません。王立医院での研修を引き続き行ってもよし、パートナーと共に考え、協力し、新たな方法で集めるのもよし」
「最終的に瓶の中へより多くの結晶をためたペアに、次の世代を任せたいと思う。あなた方がどのように動くか、楽しみにしているぞ」
ジュリアから言葉を引き継ぐようにバレンティナが宣言し、明日の朝、王立医院へ集合として話を締めくくった。
解散となったことで、精霊たちがざわめきと共にその場を離れ始める。
「フェニックス。四週間後までに、おおよその式の日取りを決めておいてくださいなと、ジェイク様にお伝えください」
べネッサはフェリックに伝言を頼むついでに、余裕たっぷりの笑みをローズに向けると、ドロシーと共に勝利を確信しているかのような大きな態度で、小島を後にした。
「そんなの伝えたら、ジェイクにキレられる。今のは聞かなかったことにしよう」
嫌そうな顔でブツブツ呟くフェリックスに、「それでよろしくて?」とローズが問いかけた瞬間、ローズの背中に勢いよく何かがよくぶつかってきた。
ローズは小さく悲鳴をあげつつ、そのまま前のめりに倒れ込み、その拍子に持っていた瓶を地面へと落としてしまう。
「大変!」
さすがのローズも、血相を変えて瓶を掴みあげ、ヒビが入ってないか状態を確認し、ミアとフェリックも慌てて瓶に近づく。
「瓶は大丈夫、そうだな」
「ええ、ヒビも入っていない様です。ホッとしました」
「思ったよりも頑丈みたいだけど、割らないように気をつけろよ。もしかしたら、ペナルティもあるかもしれないし」
フェリックスは言われていないが、その可能性は大いにあると、危なっかしいローズに苦い顔をする。
一方、ローズはミアに手を貸してもらいながら立ち上がり、何がぶつかったのかしらと後ろを振り返り、「まあ」と小さく呟く。
すぐそばにアイレン、そして少し距離を置いて涙を浮かべたサーリアとその母親がいて、サーリア以外の二体はローズとミアを睨みつけている。
位置的にローズにぶつかってきたのがアイレンだというのも判断でき、ミアも負けじとアイレンを睨み返した。すると、集会に参加していた他の精霊たちから、非難するかのようなざわめきが起き、思わずミアは唇を噛む。
「ナディアは受け入れてくださったみたいですが、皆さんは納得いきませんのね。困りましたわね」
憤りをぶつけてくる精霊たちにローズは小さく息をついてから、のんびりとした口調のまま、にっこり笑ってはっきり言い放つ。
「……でもまあ、ミアを選んだ理由はそういったところですわ」
笑顔での宣告に、アイレンとサーリアたちは顔を強張らせ、動きを止める。
「選んであげられなかったことは謝ります。ごめんなさい……けれど、ミアを選んだことに対し、わたくし少しの後悔もございません。どうぞわかってくださいまし」
ローズはアイレンたちを真っ直ぐ見つめながら力強く言い切って、頭を下げた。
アイレンに加勢するように、ミアが選ばれたことに対して不満でざわついていた精霊たちも、揃って気まずそうな顔をする。
「明日に備えて、いっぱい食べて、早めに就寝しなくてはいけませんよね。そろそろ屋敷に帰りましょう」
変に静まり返った空気など全く気にかけていないかのように、ローズはミアとフェリックスににっこり笑って話しかけた。「それではみなさま、ごきげんよう」と明るく別れを告げた後、ローズは「王立医院は屋敷から近いんですの?」とフェリックスに問いかけながら、歩き出したのだった。
楽しそうに去っていく様子が、新たなステージへと向かっている姿にも見え、残されたアイレンたちは、諦めのため息をつく他なかった。
翌朝、緊張であまり眠れず、あくびが止まらないミアとは逆に、しっかり睡眠をとって、元気いっぱいのローズは、昨日帰宅後に届けられた白を基調とした王立医院の制服へとワクワクしながら着替えた。
部屋を出ると、今まさに階段を降りようとしているジェイクの姿を見つけ、ローズは自然と笑みを浮かべた。
「……でも、ハシントンから直接ジェイクに要望の連絡が来たんだろ? ジェイクに来てもらいたいのは確実だし、結構深刻かもしれないぜ」
「だとしても、俺は今、国を離れる訳にはいかない……離れたくないんだ」
「今まで、引き止められても言うことを聞かず、国を出て飛び回ってたくせに。そんなに心配か?」
「うるさい」
懐かしいハシントンの名前と共に、ジェイクが深刻そうな表情を浮かべていることが気になりつつも、昨日も今朝の朝食時も彼と顔を合わせなかったため、少しだけでも話がしたくて、ローズは我慢できずに足早に歩み寄っていく。
「ジェイク様、お早うございます!」
「ローズ! お、お早う」
ローズの呼びかけにジェイクはギクリとした様子で足を止め、微妙な笑みを浮かべながら彼女が自分の元までやって来るのをその場で待った。
「ハシントン様がどうかなさいましたの?」
「いや、別になんでもない。気にするな……それより、ローズは今日から王立医院での研修だよな?」
「ええそうです。どんなことを学べるのか、今とってもワクワクしております」
「それなら良い。ここから四週間、俺はローズに、もちろんオトゥール嬢にも対しても、手伝ったり、知恵を貸したりすることを禁止されている。何もしてあげられないけれど、無理だけはしないで」
申し訳なさそうなジェイクの顔の横で、フェリックスも同じように切なげな表情を浮かべた。
「俺も今日からローズたちとの同行を禁止されているんだ。おまけに、ジェイクをローズに肩入れさせないようにって、お目付役も言い渡されている。俺がいなくて寂しいと思うけど、ふたりでなんとか乗り越えてくれたまえ」
ジェイクとフェリックスを頼れないのは、正直心細い。しかし、ミアとふたりで力を合わせることが重要なのだから、この流れを受け入れなければならないと、ローズは納得し頷く。
「少し不安ではありますけれど、わたくし、ミアと力を合わせて頑張り抜きますわ」
ローズがにっこり笑うと、ジェイクも穏やかな眼差しでローズを見つめたまま、つられるように微笑んだ。
その瞬間、ジェイクの肩の辺りに小さな光が現れ、ふわりと浮かび上がり、そのまま階段を通り、一階へと向かっていく。
ジェイク自身は気づいていないその小さな光をローズは目で追いかけながら、ジェイクと共にゆっくり階段を降り始めた。
玄関前でジェイクたちを見送ってから居間に移動すると、ローズはあることに気づいて、急ぎ足でローチェストへ向かう。
ローチェストの上には、バレンティナから渡された瓶が薄い敷物の上に丁重に置かれている。朝食時には、瓶の中に何も無かったのに、いつの間にか、とげとげとした突起の付いた光り輝く小さな粒が目視できた。
「もしかして、これが思いの結晶というものなのでしょうか」
ローズの言葉に反応して、慌ててミアとアーサがやって来て、ローズの両隣から瓶を覗き込んだ。
「お嬢様! そうです、これが思いの結晶でございます! まだ研修も始まっていないというのに、驚きました」
「先ほど、ジェイク様と挨拶を交わした時、ジェイク様から出てきた光に似ているように思えますわ」
ついさっき目にしたことをローズが呟くと、アーサが「まあ!」とわずかに頬を赤く染めた。