試練と成長1
ローズが自分の相棒にミアを選んだその翌日、バレンティナとの一週間前の約束を果たすべく、ローズは意気揚々と屋敷を出た。
前と同じ場所に馬車を停めて、湖の小島に向かって歩き出すと、今回の同行者であるミアとフェリックスがローズの両脇に並ぶ。
「そう言えば、俺昨日早く寝ちゃって、ジェイクに会わなかったな。ミアを選んだって話はしたんだろ?」
「ええもちろん。ジェイク様は、やっぱりなって笑っておられましたわ」
「そうだろうな。俺もあの中だったら、ローズはミアを選ぶだろうなって思ってたもん」
フェリックスの言葉にミアは驚いた顔をし、そして嬉しそうに、でも気恥ずかしげに口元を綻ばせた。
「今回はジェイク様が同行されませんから、なんだか心細くて不安な気持ちをついこぼしてしまいましたの。そうしたら、ここまで来たら楽しんだ者勝ちだ、心のままにやって良しと励ましてもくださいまして、お陰でわたくし、今はとってもワクワクしております」
その時自分に向けられたジェイクの優しい眼差しを思い返し、ローズはふわりと微笑む。ミアはその表情にハッとし、苦しそうにフェリックスへと話しかけた。
「……え? ……ああ、まあ、その辺りはあまり気にしなくて良いと思うな」
ミアへ歯切れ悪く答えるフェリックスに、ローズが「どうしましたか?」と問いかけると、フェリックスの困ったような顔と、ミアの不安そうな顔が同時にローズへ向けられた。
「上位精霊にもなれない自分の力不足のせいで、きっとローズはジェイクの正妃になれない。そんなの悪い。ペアを組む相手は本当に自分で良いのかって、ミアが不安になってる」
聞かされた不安にローズはほんの一瞬キョトンとしてから、ミアの不安を吹き飛ばすようににっこりと笑いかけた。
「ジェイク様の正妃問題でしたら、本当にお気になさらないでくださいな。ポンコツな自分が正妃だなんてとんでもないというのが本音ですし……あ、でもミアには国守りの精霊になっていただきたいから、試練とやらには真剣に取り組むつもりでおりますわ」
おっとりとそんなことを言うローズを見つめながらフェリックスは腕を組み、深く感じているかのように予言する。
「俺、ローズは正妃になれなかったとしても、第二妃にしっかり収まるような気がする」
「第二妃! なんて幸せな響きでしょう。三番目でも四番目でも、ジェイク様に娶っていただけたら、幸せでしょうね」
湖へと向かっていくローズのウキウキと楽しそうな様子を、町の人々は遠巻きからうかがっている。「すごい娘だわ。ジェイク様だけでなく、精霊にも好まれるだなんて」と囁き合った。
人々の微笑ましげな視線を背に受けながら、ローズたちは湖に到着する。
小島へと通じる桟橋を通り、聖樹のある場所までゆっくりとした足取りで進んでいく。
この前と同じく、聖樹の前には多くの精霊が集まっていて、そこにはバレンティナはもちろんのこと、べネッサやドロシー、候補となっている三名の精霊たちの姿もあった。
ローズがやって来たことにいち早く気づいたバレンティナが、声を響かせて呼びかけた。
「待っていたぞ。ローズ」
その瞬間、多くの目が自分達に向けられたため、ローズたちは思わずその場で立ち止まった。アイレンたちはローズの登場を心待ちにしていたかのように目を輝かせたが、彼女の横にミアの姿があることに気がつき、まさかと嫌な予感を募らせて徐々に表情を強張らせていく。
「選ぶ者は……しっかり決めてきたようだな」
バレンティナだけは面白がるように目を輝かせた。それをローズは真剣な面持ちで真っ直ぐに受け止めると、周囲からの戸惑いの眼差しにすっかり狼狽えているミアに「気持ちを 強く持って。行きますわよ」と小声で、しかし力強く話しかけ、再び歩き出す。
ローズはべネッサの横まで進むと、前回会った時と同じように木の枝の上に立っているバレンティナに向かって膝を折り、恭しく頭を垂れた。
「バレンティナ様、一週間お時間をいただきありがとうございます」
静かに感謝の言葉を述べた後、ローズは顔を上げて、力強くバレンティナを見つめる。
「アイレンもサーリアもナディアも皆優れた精霊たちで間違いないですけれど……わたくし、ミアと手をとって、試練に取り組むことに決めましたわ」
それを聞いた精霊たちが一斉にどよめいた。サーリアはショックを受けて涙をこぼし始め、ナディアはミアを選ぶとは予想していなかったようで驚き顔となる。そして、アイレンはローズの元へと飛んできて、「よりによってミアだなんて納得できない!」と語気を荒げて訴えかける。
困り顔を浮かべて「ごめんなさいね」としか言わないローズから、ビクビクと身を強張らせて周囲の精霊たちの様子をうかがっているミアへと、アイレンは怒りの矛先を変えた。
「上位精霊にも進化できていないあなたがどうして選ばれるのよ! 何か裏があるとしか考えられない。どう考えてもおかしいもの!」
反論するようにミアが訴えかけると、アイレンから勢いよく詰め寄られ、そのまま掴み掛かられる。
「あなたみたいな、能無しが……」
アイレンがミアの両腕を掴み、そう叫んだ瞬間、ローズがむぎゅっとアイレンの体を掴む。
「そこまでにしてくださいな。それ以上ミアを貶すようなら、わたくし怒りましてよ」
にっこりと笑いながら話しかけてきたローズの妙な迫力に、アイレンは思わず口角を引き攣らせた。
「ミアはわたくしの大切なパートナーですから」
はっきりと言い切ったローズに精霊たちは目を奪われ、ざわつきも徐々に収まり、そこで「ははは」と大きな声でバレンティナが笑ったことで、その場は完全に静まり返った。
「アイレン、残念だったな。仕方あるまい」
それでもアイレンは、バレンティナに対しても不満を訴えかけようと口を開くが、言葉を発するよりも先に、バレンティナが釘をさす。
「私が選び、選択を一任した者が、ミアを選んだ。それゆえ、その不満は私に向けられているのも同然だと捉えるが、良いか?」
そこまで言われてしまうと、アイレンは黙るしかなく、不満を飲み込みながらもバレンティナに従う意志を示すように頭を下げた。
その姿に、バレンティナはよろしいといった表情を浮かべ、べネッサとドロシーへ視線を移動させる。
「あなた方も、異論はないな」
「ええもちろんです」
バレンティナからの確認にべネッサは嬉しそうに笑って答えてから、そばにいるローズにしか聞こえないくらいの声で、「もうこの時点で私の勝ちが決まったようなものですもの」
と呟いてみせ、ドロシーと共に笑みを浮かべる。
それにローズは不思議そうな顔をし、ミアは悔しそうな表情となる。
「それでは試練を発表しようか。試練は魔法石を混ぜて作られたこの瓶を用いて、今日から四週間かけて行うこととする」
バレンティナから合図を受け、連絡係となっているあの上位精霊が、べネッサとローズそれぞれに火の模様を象った紋章入りの瓶を一本ずつ手渡す。ローズの顔よりも大きく、下が大きく丸みを帯び、上は長細くなっている形状から、それはフラスコの様に見えるが、口の部分は閉じているため、中に何か入れられる代物ではない。
これをいったいどのように使うのでしょうかと、受け取った瓶を逆さまにしたりしながら首を傾げるローズにバレンティナは苦笑いしながら、次の指示を飛ばす。
「ジュリア、説明を頼む」
ジュリアと呼びかけられたその上位精霊は頷き返し、神妙な面持ちでふたりと向き合った。
「試練はふたつとします。まずひとつは、王妃様の指導のもと、明日から一週間、王立医院にて研修を行います。新たな国守りが誕生すれば、あなた方のどちらかが王妃様の役目を引き継ぐことになりますから」
ふむふむと納得しつつ大変そうですわねと不安そうに話を聞くローズと、大したことないわねと余裕の表情を浮かべるべネッサの対照的な様子を、フェリックスは苦笑いで見つめる。